(2)
「…………訳解らない」
「…………は?」
昼休み。
屋上へ上がる階段の下段に腰掛けて、一人、焼きそばパンを味わっていた純平の前に、一定のリズムで足音を響かせて現れた輪花は、不機嫌丸出しで自身の手元――サラダ巻きを見下ろしていた。
サラダ巻きは4つあり、何故か弁当箱の蓋に乗せられていた。
「彼女。訳が解らない」
その一言で、ようやく思考が追いついた。
言われてみれば弁当箱の蓋に見覚えがある。
大方、弁当箱の持ち主が、嫌がる輪花に押し付けたか。もしくは、……あいつの事だ。「一緒に食べよう」とかなんとか、懲りずにしつこく誘いまくって、ついに輪花が根負けし、その場で考えついた最大限の妥協案がこの状況……と、こんなところだろう。
「訳わからんってどういう意味だよ?」
「幼馴染みの貴方にこんな事を言うのは悪いけれど、そのままの意味よ。
つまりは、彼女の頭の中を割って思考回路がどういう構造になっているのか一度見てみたいって言っているの」
「…………まぁ、天沢だからな……」
ボヤくように口にすると、純平は半目のまま輪花の不満げな視線を受け止めた。
天沢萌は思考の切り替えが恐ろしく速い。
さっきまで怒っていたかと思えば、次の瞬間にはもう笑う。
落ち込んでいるかと思えば、瞬きの間にもう立ち直っている。
元々笑い上戸な面もあるのだが――幼馴染みで付き合いの長い自分ですら未だに付いていけずに彼女に振り回される事がある程だ。知り合って間もない輪花が困惑するのも無理もないだろう。
輪花は小さな溜息を零すと、中途半端な距離を置いて純平の隣に腰を下ろした。
屋上へ続く重たげなドアが純平の手によって解放されている。青空の覗く隙間から錆付いた音と共に少し冷たい風が吹き込んで、輪花の憂いを帯びた横顔を長く艶やかな髪が隠した。
「……よくも自分を嫌っている人間に対して、こんなおせっかいが妬けるものよね」
「天沢だからな」
言って、焼きそばパンを咀嚼する純平を輪花は憮然とした表情で見上げる。
無視しようと思ったが、さすがに居心地が悪くなって、コーヒーで一気に喉に流し込むと、僅かに顔を輪花へ傾けた。
「…………なんだよ」
未だクラスメートの妹をまともに直視する事が出来ないでいる自分が少し情けない。
「さっきからド適当な返事。……貴方、人の話、聞いていないでしょう」
「ンなんじゃないって」
「なら、貴方って本当に周囲の動きに対して興味ないのね。我関せず、って言うか」
「は?」
「天沢さんが嫌いって言ったのよ? アタシ」
「聞いてたよ。確かにそう口にしたな」
「……彼女のフォロー。する気ないんだ」
フォローしてほしかったんかい……。
輪花の屈折した想いに溜息を吐く。ここ数日間、輪花と二人で居る機会が多々あったのだが……いい加減気づきはじめていた。この女。相当に面倒臭い性格をしている。
「……俺がフォローして、なにか変わるのか?」
「…………そういう意味じゃない」
「そもそも。フォローが必要な程、おまえ、天沢の事嫌ってないだろ」
「………………は?」
猫目と言うのだろうか。少々つり気味で他者にキツい印象を与える輪花の瞳が見開かれた。
彼女が初めて自分に見せた間の抜けた表情に僅かに驚いた純平は、今度こそ美少女と呼べる程整った細面を正面から直視した。
「…………なんか、自覚ないみたいだけど。相手を嫌ってる奴が口にしないような事言ってた。輪花」
「? っていうか、どこをどう聞けばそうなるのよ。……その、陰口言ったのよ? アタシ」
「陰口だったのか? さっきの。言い方キツいだけだろ」
「………………」
「てか、今日の話ってそれだけ? なら俺、もう行くけど」
パンの袋を乱暴に丸め立ち上がる。
「そ、そんな訳ないでしょう。って、純平! 待ちなさいよ!」
焦ったような甲高い大声が校内にキンキンと響く。『(あらゆる意味で)噂の転校生』と二人きりだなんて、こんな状況、他人に見られたらなんと噂されてしまうか解らない。驚いた生徒達が様子を見にくる事を恐れた純平は、仕方なく足を止めると段下の輪花を振り返った。
勝手な行動に怒り狂っているかと思いきや、予想に反して、輪花は珍しく弱りきった面をしていた。
「…………これ。
食べるの手伝ってよ。
……アタシ、こんなに入らない……」
薄い眉をハの字に寄せた美少女は膝に乗せていた4つのサラダ巻きを改めて純平に見せた。




