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clover00  作者: 群青 坊哉
5:アンダンテ
14/15

(4)

 一発重いのをくらった後、「萌を迎えに行け」とのご命令に背けるはずもなく、言われるがまま俺は駅へ直行していた。

 時刻は7時半過ぎ。

 改札口の見える位置で、壁に凭れ掛かる。

 遠くの照明がぼんやりと照らす世界。

 喧騒の中、なんとはなしに、人の流れを眺めていた。


「……………………」


 久々に強烈な拳固を落されて、胸のモヤモヤは少し治まっていた。 



 ――今日はおまえの誕生日だって言うから……



 忘れていた。

 ゲームの発売日の広告なんかを目にする度に誕生日が近い事は把握していたのだが、ゲームに没頭していた事もあり、すっかり忘れてしまっていた。



 ――いなくっちゃダメだよっ なんでそんな事いうの?



 お怒りの原因はそれか……。

 大方、連中と組んで誕生日パーティの計画でも立ててくれていたに違いない。

 それならそうと言ってくれればよかったのに……。

 溜息をついた後、天沢のことだからサプライズでも狙ってたんだろうなと思い直す。

 おふくろが亡くなった後、誕生日というものは俺にとって特別なものでは無くなっていた。

 大体春休み中に来る誕生日なんて、同級生の誰も覚えていない。

 しかし、天沢だけは俺の誕生日に敏感で、毎年俺を家から追い出し、部屋中に飾りを施してはこっちが引く程一人で盛り上がっていた。その姿は、当事者である俺よりも楽しんでいるように見えた。

 しかし、冷静になってよく見てみると。

 その姿は、どこか必死で。

 俺がつられて笑うと、なんだか祝ってくれている天沢の方が嬉しそうだった。

 おふくろもイベントには力を入れてたから。あれで、おふくろの代わりを務めているつもりだったのかもしれない。

 そういえば、天沢の奴。死ぬ前にお袋がいきなり付け始めた「相田家家訓」なるノートを熱心に読んでいたっけな……。

 別にノートの中身は大したこと無い。「一日三回歯を磨こう」だの「ご飯は良く噛んで食べよう」だの、幼稚園の先生なんかが子供に教えるような事がつらつらと書かれてあるだけだ。

 その中には確か、「イベントには力を入れよう」なんてのもあったかもしれない。



「どうしたの? 純平」



 唐突に降って来た高音が、俺の意識を現実に引き戻した。

 気がつけばいつの間にか、間近に天沢が立っていた。

 朝見たラフな格好とは違い、ひらひらのレースの付いたキャミソールに短パン、小ぶりのヘッドのペンダント。キラキラした二つの髪留めでクセ毛を押さえて、止めに華奢なサンダルなんて履いている。

 よそ行きの天沢が、大きな瞳をさらに見開いたまま、不思議そうに俺の顔を見上げている。


「……なんでこんな所にいるの?」

「………………別に」


 なんとなく、気恥ずかしくてそっぽを向いた。

 と。

 すっと天沢の片手が伸び、俺の前髪を掻き上げる。


「怪我してる」


 天沢に言われて、ああ、と思い出す。

 拳固の後、天沢の家から飛び出してから間も無く、履いていたサンダルが唐突に壊れた。

 足の甲に当たる部分が取れてしまったのだ。

 思いっきりバランスを崩してよろけたその時、こちらに向かって走ってきた自転車を無理に避けようとして……近くに立ってた電柱に額をぶつけた。こんな訳である。

 渋々事情を説明すると、笑い上戸な天沢はたちまち声をあげて大笑いした。

 笑って笑って、俺の顔を見てはさらに笑って、周りに注目されても笑い続けて……ようやく発作がおさまった後で、


「大丈夫?」


 と、何事もなかったかのように訊いてきた。


「………………大丈夫じゃない」


 目線を合わせずに、その場にしゃがむと、


「うそ。病院行く?」


 天沢は膝に手をついて屈むと、心配そうに覗き込んでくる。

 僅かにそちらを見る。天沢を何故か直視出来なくて、思わず憮然とした表情になってしまう。


「……怪我じゃない」

「ならなに?」


 つっけんどんな物言いに、それでも天沢は食い下がってきた。


「……………………」

「純平?」


 どこまでも無邪気な瞳に、観念して口を開く。


「……、……今日」

「…………ん?」

「…………どこ行ってたんだよ」

「……………………」


 天沢はしばらく、黙って俺を見ていた。

 気まずくて、そっぽを向きながら早く離れてくれないかなと考えていると、その内、すっくと立ち上がった天沢。

 俺の隣に来ると、彼女は再びその場にしゃがみ込んだ。

 そのまましばらく二人して、人波を眺めていた。

 人工の音……人の立てる音。エンジン音、電車の声……人々のざわめきが俺達の前を通り過ぎる。

 俺達の姿に気づかないのか、誰も俺達を視界に入れない。気にも留めない。

 曇天に隠れて月も見えない。星の代わりに電光が真っ暗な街に大きく咲く。それぞれの光に小さな虫が集っていた。

 世界をボーっと眺めていると、徐々に、心が鎮まっていくのを感じた。


「カラオケ」


 天沢が、正面を向いたまま、ボソっと声を上げる。


「え?」

「6時間耐久カラオケだよ。クラスのみんなで」

「………………」

「……行きたかった?」

「……全然。……むしろ、行かなかった自分に、乾杯したい」

「あははは」


 からからと天沢が笑う。

 その横顔を盗み見て、ほっとした。

 今朝感じた違和感は、もう無い。


「……天沢。……あのさ……俺…………」

「ごめんね」

「…………は?」


 言おうとしていた言葉を先に言われて、思わずそちらを見る。

 先程まで明朗に笑っていた天沢は、膝を抱えて俯いていた。


「何、謝ってるんだよ? おまえが謝る事なんて何も……」

「……純平、少し寂しそう」

「べ、別にそんなんじゃ……」

「こんなはずじゃ」


 腕の中に顔を埋めて、表情を隠して、


「なかったのになぁ……」


 そうやって溜息混じりに呟いた言葉に、どうしようもなく、胸を締め付けられた。


「…………天沢」


 いつも俺を引っ張りまわしていた元気な体が、小さく見える。

 その姿は、儚くて。

 今にも消えてしまいそうな印象を受けた。


「…………」


 唐突に、底なしの不安を覚えた。

 どうしてだろう。

 否、決まっている。

 天沢がいなくては、この世界は保てない。

 単調な世界を土足で踏み荒らして、

 俺を外へ――光の中へ連れて行ってくれたのは天沢だった。

 どんなに暗い闇の中にも、隙間を見つけて、手を伸ばすように差し込む、光の帯のように。

 必死に手を差し伸べて、俺を引っ張り上げたのは天沢だった。

 単調な世界に、変化を。

 モノクロームだった俺の視界に、好き勝手にメチャクチャな色をつけていった女の子。


「…………本当、振り回すよな。おまえは」

「え?」


 俺の言葉に、ぴょこっと顔を上げる天沢。

 大きな瞳は僅かに、不安で翳っている。


「うそ。わたし、また何かした?」

「ああ。した。悪い意味でも、……いい意味でも」

「……いい意味?」


 訳がわからないと言った風に、天沢が小首を傾げる。

 どこか小動物を思わせるその仕種に思わず笑ってしまった。


「いいよ」

「……?」

「いいよ。例えば今日みたいに俺がキレようが、荒れようが、…………好きなだけ、振り回せば」

「…………」


 俺は一体、どこで間違えたんだろう。

 面倒臭いのは天沢じゃなかった。

 面倒臭いのは、周りや俺自身で、天沢は面倒臭くなんか無い。

 俺、きっと、天沢に甘えていただけだったんだ。

 ………………。

 ……ガキかよ。俺。


「…………わかった」


 天沢は一言口にすると、すっと、立った。

 しゃがんでいた俺に手を差し伸べる。


「とりあえず。家帰るとね、昨日作ったケーキがあるんだ。それ、1ホール全部食べてもらうから。

 おっけー?」


 いつもの笑顔で、俺を見下ろす。

 苦笑して、その手をとった。

 小さくて、少し冷たい手。

 引っ張られてよいしょと立ち上がってから、ジト目で天沢を見る。


「あのな。おまえの作るケーキってのは、あれだろ? 毎年出てくるあの、でけー生クリームのケーキ。

 全部、は、無理だ。手伝え」

「えー。だって純平、去年だって切り分けた半分しか食べなかったじゃない」

「知ってるだろ。俺は甘い物は苦手なんだよ。少しは加減しろ」

「だめだよ。おばさまのノートにもあったでしょ。甘さと大きさは愛情に比例してるんだから」

「そんな重い愛はいらん」

「あー。ひどいんだ! そんな可愛くない事言うんなら、もう作ってあげないからっ」

「あぁ、そう願いたいね」

「本っ当可愛くないのっ」

「可愛くなくて結構」


 歩き出した俺の後を、天沢がついてくる。

 天沢の歩幅に合わせて、穏やかな気持ちで帰路を歩く。

 流れる空気は、幼い頃から変わらず、

 毎日繰り返してきた、日常という、俺達の世界だ。

 ――しかし。





 それがどんなに、かけがえの無いものだったのか。


 俺が気づくのは、まだもう少し先の話だった。

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