(3)
間も無く、天沢は帰っていった。
「じゃあね」と笑って扉を閉める。
邪魔者が退散した後、早速俺は居間に入ると、ゲーム機の電源を入れた。
テレビ画面に映し出されるタイトル。
コントローラーを握るとソファに凭れかかって――
――そうして、何周目かのオープニングムービーを眺めていた。
あれだけやりたかったゲームを前にして、プレイする意欲が何故か湧かない。
この、胸の奥の重りは……罪悪感というやつなのだろうか。
「…………は?」
頭の中にぽっと出てきた単語に、眉を顰める。
「……なんだよ。罪悪感って」
俺が悪いってのかよ。
「………………」
……大体。天沢は面倒臭いんだ。
頼みもしないのに、勝手にずかずかと。俺の世界に踏み込んでくる。
………………。
……俺の、世界……か。
カチカチと壁時計の音。
写真たての中の、褪せた世界。
穏やかで、静かな空気。
広い居間に一人。
ソファの背に後頭部を預けて、四角い天井を仰いだ。
おふくろが死んで。
親父は、人が変わってしまった。
口を利かなくなり、留守がちになって。
必然、俺は一人でいる事が多くなった。
それは、至極、普通で、
すごく、仕方の無い事だと思った。
何もすることがなくて。
何もやる気がしなくて。
自分の部屋の隅っこに座っている事が多くなって。
重い時間に、膝を抱えて丸くなっていた。
その内、朝が来て。
昼が来て、夜が来て。
また朝が来る。
閉ざした青色のカーテンの隙間から陽光が差す。
光の帯に照らされて舞う埃を、なんとなく綺麗だなと眺めながら、思った。
改めて向き直ってみれば、俺の住んでいた世界――『毎日』は、その単純な繰り返しでしかなかった。
夜まで終わると、日が一日経ったという事になって、間も無く朝が来る。
たったそれだけの話だった。
壁にかけられた、大好きなキャラクター物のカラフルなカレンダーを見るのが億劫になっていた。
整然と並べられたこの数字は、一体どれだけ在るのだろう。
この繰り返しは、後どれくらい続くんだろう。
一体どこにゴールというものはあるのだろうか。
四角い部屋。色々な物が在る室内。目に映る元気な色。なのに、単調な世界。
一人、ただ単純に、そんな事ばかりを思っていた。
「………………んぁ」
気がつけば、世界は真っ暗だった。
真っ暗な室内で、ただ、オープニングムービーを繰り返すテレビ画面だけが煌々と光を放っている。
「って、おい……寝ちまってたのかよ……」
なんてこった。
ソファに寝そべっていた身体を起こして電気を点ける。眩しさに、僅かに目を細めた。
すぐに光に慣れ、壁の時計を見ると、時刻は7時を回っていた。
「8時間も寝てたのか……どんだけ……」
折角の休み。総てをゲームに費やせる貴重な一日だったのに。
確かに、昨夜は明け方近くまでゲームしていたが、こんなところで、こんな時間まで寝てしまうとは……。
損した気持ちで一杯になって、頭を掻き毟った。
「………………あー、もう……」
…………なんか、すっきりしない。
胸の奥は未だに重たいまま。ゲームをする意欲さえ殺ぎ落とされて、結局時間を棒に振ってしまった。
「……こんなことなら、素直に天沢についてけばよかったかな……」
朝の天沢とのやり取りを思い出す。
天沢に言った言葉は、全部、本当の事だ。
俺が日頃思っていた――溜まっていた、文句。
今朝のは、それが豪快に溢れただけだ。
……だけど。
悔しいが、頭の中から天沢が離れない。
真っ暗で掴み所の無いものが、胸の奥の方でモヤモヤしてて、ムシャクシャする。
ゲームどころではない。
「…………ったく、面倒臭ぇ」
ゲームの電源を切ると、庭のつっかけを履いて、俺は隣へ走った。
天沢は、おやっさん……天沢祖父と二人暮しだ。天沢の両親は海外に住んでいる。
天沢が豆狸なら、その爺さんであるおやっさんは……ほら、どっかの店先に置いてある大きな黒い狸。あれとそっくりだ。
おやっさんはそれはそれは厳しい人で、天沢の家には門限というものまで存在している。平日は18時、休日は15時。ちょっとでも過ぎてしまうと、天沢は散々雷に打たれた後で、一週間の外出禁止令を食らってしまうのだ。
俺は隣の家に行くと、チャイムを鳴らした。
この時間なら、天沢は帰ってきているはず……、
「……ん。なんじゃ。純平か」
ドアを開けて出てきたのは、黒狸な爺ちゃん――おやっさんだった。
「……れ? おやっさん? 天沢の奴、今、手が離せないのか?」
俺の顔を見上げて、怪訝の色を浮かべる。
「萌なら、まだ帰っとらんが……。それより、おまえ。なんでここにいるんじゃ?」
「は?」
「今日はおまえの誕生日だって言うから、特別に門限を8時まで延ばしてやったんじゃぞ? なんじゃ、帰りは別々だったのか?」
「…………………………」
たん、じょうび?
「なんじゃ、普段以上に間の抜けた面しおって」
「……えっと、その…………すんません。すっぽかしました」
呆然としたまま、なんとか発した俺の言葉に、ピクリと僅かに身体を揺らしたおやっさん。
間も無く、小さな体からドス黒いオーラのような何かがゆらゆらと立ち昇った。
「………………そーか。
我が孫の誘いを跳ね除けるとは……純平。おまえ、いい度胸じゃのぅ……」
はっと気づいた時には、もう遅かった。
怒りの炎――いや、怒りの炎の中を泳ぐドラゴンを背負ったおやっさんが、般若のような面で、俺を見下ろしていた。
「見下ろした」とは、別に過言ではない。
おやっさん……背が低いのに、いざ怒らせるとたちまち巨大化しやがるんだよなぁ……ははは。




