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clover00  作者: 群青 坊哉
5:アンダンテ
13/15

(3)

 間も無く、天沢は帰っていった。

 「じゃあね」と笑って扉を閉める。

 邪魔者が退散した後、早速俺は居間に入ると、ゲーム機の電源を入れた。

 テレビ画面に映し出されるタイトル。

 コントローラーを握るとソファに凭れかかって――

 ――そうして、何周目かのオープニングムービーを眺めていた。

 あれだけやりたかったゲームを前にして、プレイする意欲が何故か湧かない。

 この、胸の奥の重りは……罪悪感というやつなのだろうか。


「…………は?」


 頭の中にぽっと出てきた単語に、眉を顰める。


「……なんだよ。罪悪感って」


 俺が悪いってのかよ。


「………………」


 ……大体。天沢は面倒臭いんだ。

 頼みもしないのに、勝手にずかずかと。俺の世界に踏み込んでくる。

 ………………。

 ……俺の、世界……か。

 カチカチと壁時計の音。

 写真たての中の、褪せた世界。

 穏やかで、静かな空気。

 広い居間に一人。

 ソファの背に後頭部を預けて、四角い天井を仰いだ。


 おふくろが死んで。

 親父は、人が変わってしまった。

 口を利かなくなり、留守がちになって。

 必然、俺は一人でいる事が多くなった。

 それは、至極、普通で、

 すごく、仕方の無い事だと思った。


 何もすることがなくて。

 何もやる気がしなくて。

 自分の部屋の隅っこに座っている事が多くなって。

 重い時間に、膝を抱えて丸くなっていた。

 その内、朝が来て。

 昼が来て、夜が来て。

 また朝が来る。

 閉ざした青色のカーテンの隙間から陽光が差す。

 光の帯に照らされて舞う埃を、なんとなく綺麗だなと眺めながら、思った。

 改めて向き直ってみれば、俺の住んでいた世界――『毎日』は、その単純な繰り返しでしかなかった。

 夜まで終わると、日が一日経ったという事になって、間も無く朝が来る。

 たったそれだけの話だった。

 壁にかけられた、大好きなキャラクター物のカラフルなカレンダーを見るのが億劫になっていた。

 整然と並べられたこの数字は、一体どれだけ在るのだろう。

 この繰り返しは、後どれくらい続くんだろう。

 一体どこにゴールというものはあるのだろうか。

 四角い部屋。色々な物が在る室内。目に映る元気な色。なのに、単調な世界。

 一人、ただ単純に、そんな事ばかりを思っていた。




「………………んぁ」


 気がつけば、世界は真っ暗だった。

 真っ暗な室内で、ただ、オープニングムービーを繰り返すテレビ画面だけが煌々と光を放っている。


「って、おい……寝ちまってたのかよ……」


 なんてこった。

 ソファに寝そべっていた身体を起こして電気を点ける。眩しさに、僅かに目を細めた。

 すぐに光に慣れ、壁の時計を見ると、時刻は7時を回っていた。


「8時間も寝てたのか……どんだけ……」


 折角の休み。総てをゲームに費やせる貴重な一日だったのに。

 確かに、昨夜は明け方近くまでゲームしていたが、こんなところで、こんな時間まで寝てしまうとは……。

 損した気持ちで一杯になって、頭を掻き毟った。


「………………あー、もう……」


 …………なんか、すっきりしない。

 胸の奥は未だに重たいまま。ゲームをする意欲さえ殺ぎ落とされて、結局時間を棒に振ってしまった。


「……こんなことなら、素直に天沢についてけばよかったかな……」


 朝の天沢とのやり取りを思い出す。

 天沢に言った言葉は、全部、本当の事だ。

 俺が日頃思っていた――溜まっていた、文句。

 今朝のは、それが豪快に溢れただけだ。

 ……だけど。

 悔しいが、頭の中から天沢が離れない。

 真っ暗で掴み所の無いものが、胸の奥の方でモヤモヤしてて、ムシャクシャする。

 ゲームどころではない。


「…………ったく、面倒臭ぇ」


 ゲームの電源を切ると、庭のつっかけを履いて、俺は隣へ走った。




 天沢は、おやっさん……天沢祖父と二人暮しだ。天沢の両親は海外に住んでいる。

 天沢が豆狸なら、その爺さんであるおやっさんは……ほら、どっかの店先に置いてある大きな黒い狸。あれとそっくりだ。

 おやっさんはそれはそれは厳しい人で、天沢の家には門限というものまで存在している。平日は18時、休日は15時。ちょっとでも過ぎてしまうと、天沢は散々雷に打たれた後で、一週間の外出禁止令を食らってしまうのだ。

 俺は隣の家に行くと、チャイムを鳴らした。

 この時間なら、天沢は帰ってきているはず……、


「……ん。なんじゃ。純平か」


 ドアを開けて出てきたのは、黒狸な爺ちゃん――おやっさんだった。


「……れ? おやっさん? 天沢の奴、今、手が離せないのか?」


 俺の顔を見上げて、怪訝の色を浮かべる。


「萌なら、まだ帰っとらんが……。それより、おまえ。なんでここにいるんじゃ?」

「は?」

「今日はおまえの誕生日だって言うから、特別に門限を8時まで延ばしてやったんじゃぞ? なんじゃ、帰りは別々だったのか?」

「…………………………」



 たん、じょうび?



「なんじゃ、普段以上に間の抜けた面しおって」

「……えっと、その…………すんません。すっぽかしました」


 呆然としたまま、なんとか発した俺の言葉に、ピクリと僅かに身体を揺らしたおやっさん。

 間も無く、小さな体からドス黒いオーラのような何かがゆらゆらと立ち昇った。


「………………そーか。

 我が孫の誘いを跳ね除けるとは……純平。おまえ、いい度胸じゃのぅ……」


 はっと気づいた時には、もう遅かった。

 怒りの炎――いや、怒りの炎の中を泳ぐドラゴンを背負ったおやっさんが、般若のような面で、俺を見下ろしていた。

 「見下ろした」とは、別に過言ではない。

 おやっさん……背が低いのに、いざ怒らせるとたちまち巨大化しやがるんだよなぁ……ははは。


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