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clover00  作者: 群青 坊哉
5:アンダンテ
12/15

(2)

「…………別に朝飯なんて。作りにこなくたって、適当に食うし……」


 台所に用意されたトーストとベーコン、目玉焼きとサラダを前に、ぼそりと呟くと、またしても天沢の頬が膨れた。


「純平、自炊しないじゃない。戸棚の中はインスタント食品ばっかりだし。栄養偏っちゃうでしょ」

「いいよ、別に。腹さえ膨れれば」

「そう。お腹いっぱいになればなんでもいいんだ。なら、いつまでも文句言ってないで早く食べちゃってよ。その間にわたし、お洗濯やっつけちゃうから」

「………………」


 言うや否や天沢は洗濯機のある洗面所の方へ歩いていった。

 なんとなく腑に落ちないが、湯気立つ朝食に湧き上がる食欲には勝てず、文句を丸呑みして着席するとトーストを頬張った。

 こんな事は日常茶飯事だった。

 と、いうのも、天沢は昔――俺のおふくろが亡くなった頃から、家事をする為に毎日のように俺の家に上がり込んでいた。

 頼まれもしないのに、目に付くものから手当たり次第に手を伸ばす。こちらが「いいから」と断れば断る程、余計に意地になってやる。

 とはいえ、小さい頃はさすがに家事なんて何一つ出来なかったから、おやっさん――天沢祖父を引き連れては教えを乞い、自分に出来る事だけをやっていた。

 俺も、大きな掃除機を引きずって四苦八苦やっている天沢を手伝っていた。

 それが年を重ねる毎に、できる事が一つずつ増えていき――今では家事の総てを天沢一人が担っている。

 俺が居ようと居るまいと、2、3日に1回は勝手に俺の家に侵入して、家事を済ませて帰っていく。俺が帰ってくると家には誰も居ないはずなのに誰かが居たような気配がして、台所にはまだ温かいおかずがラップをかけて置いてある、といった感じだ。

 理由を聞けば「趣味だから」「純平がやらないから」との事。俺には到底理解出来ない答えだった。


「………………」


 目の前を、洗濯物の入ったカゴを抱えた天沢が慌しく通り過ぎる。

 成る程。俺を起こす前に洗濯機廻してたんだな。

 って事は天沢の奴。随分前から家に入り浸ってたんだな……。


「……大変だな」

「純平が悪い」

「いや、頼んでないし。俺」

「むー。頼まれなくてもね? 何日か経つと、頭の中を純平ん家の洗面所の溜まりに溜まった洗濯物が占領しちゃって……とにかく、こっちは気になって、居ても立ってもいられなくなっちゃうんだから」

「どういう理屈だよそれ……」

「つまりはね、生活能力の無い純平を放って置くと、わたしの精神衛生上とっても悪いのっ」


 不機嫌に言い放つと、窓を開けた天沢は、晴れた庭へと出て行った。

 外から、少し肌寒い風が吹き込んで、目を細める。


 そんなこんなで。学校で話さなくなったからといって、家では毎日顔を合わせているし。

 俺にとって天沢萌は……幼馴染みというよりかは、世話好きが度を越して――家族と言っても過言ではない存在だった。


「頼んでないのに……」


 天沢萌は……とにかく面倒臭い。

 折角の、宿題すら無い2週間の天国。

 昨夜も遅くまで、買ったばかりのRPGに熱中していたし……本当なら今日は昼過ぎまで寝ていたかったのだ。

 家事だって……天沢が来なけりゃ来ないで、溜まってきたら自分でやるし……っていうか、天沢が来るからやらないだけであって、文句を言われる筋合いはない。それに。

 ちょっと考えてみれば、すぐに想像がついた。

 休みの日の朝。天沢が俺を起こしに来る理由なんて、一つしかない。


「純平、朝食済んだらさっさと着替えちゃってよ。11時半には駅に着きたいんだから」


 ……ほらきたよ。


「……なんだよ。俺出かけないぞ? 今日は1日中、ゲームやるって決めてんだから」


 口内の目玉焼きを呑み込んで、開けっ放しの窓に向かって聞こえるように怒鳴り返した。

 少しの間の後、四角に切り取られた外界から、天沢がひょこっと怒り顔を出す。


「だめだよっ 今日はみんなで遊びに行くんだからっ」


 手にしたバスタオルをぱんぱんと広げながら、きっと俺を睨んだ。


「は? みんなって……なんだそりゃ!?」

「そう決まってたのっ だって、どうせ純平、ゲームをする事以外、予定無かったでしょ? 純平ってば出不精なんだから」

「あのな。好きで外に出ない訳じゃないぞ? おまえは十分知ってるだろ……俺の運の無さを」


 どういう訳か、俺は運が無い。

 一歩外に出れば、注意一生、怪我必須。勿論家の中だって例外ではないのだが、物の配置や構造を熟知していて、尚且つ、あらゆる対策が練られている分、外と比べるとまだ危険が少ないのだ。


「知ってるけど。だからって家の中ばかり篭ってたらだめだよ。折角のお天気だし、外に出ないと勿体ないよ」

「その返し文句は聞き飽きた。悪いけど俺、今日は本当に出る気ないぞ。今だって、ものすげー眠たいし」

「文句なんかじゃ……って、純平ってば、また遅くまでゲームやってたの? もー。昨日の夜、今日は早く寝てねって、あれだけ念を押しておいたのに……」


 言われて、昨夜の事――特に天沢と顔を合わせた屋根上での事を思い起こしてみる。

 …………そういえば、そんな事もあった、か?


「……やっぱり聞き流してたんだ。返事はしてくれてたけど、純平、ゲームの攻略本なんて読んでたしね」

「し、仕方ないだろ。昨日は俺、それどころじゃなかったんだから」


 俺にだって事情はある。

 なにせ、楽しみにしていたゲーム「ファイナルディスタンス」の新作の発売日が一昨日だったのだ。発売日に並んで入手した後はずっと……それこそ寝る間も惜しんで没頭していた。昨日の朝はコントロール握りながら居間で寝こけてた位だし。っていうか、あれをやりこまなければ男じゃない。

 そもそも、ゲームのことを抜きにしたって、俺は暇さえあれば家で寝ていたい奴だ。

 一人で居たい時に、天沢はいつも無理に引っ張ろうとする。


「……ね、純平。お願い、今日だけは一緒に来てよ」


 空になった洗濯カゴを抱えた天沢が、食事を終えた俺の前に立った。

 片手を前に、お願いポーズで、テーブルに着いたままの俺を見下ろす。


「………………今日だけって。おまえいつもそう言うじゃないか」

「そうだけど。みんなに絶対連れてくるって約束しちゃったし」


 どういう訳か。今日の天沢はいやにしつこい。

 いつもなら、2、3回断れば、ブーブー文句を言ってはくるが、すぐに諦めてくれる奴なのに。

 大袈裟に溜息をついて、不機嫌丸出しに天沢を見上げた。

 視線がかち合っても、大きな目は決して俺から逸れる事なく、そのまま見続ける。引く気はないという意思を無言で訴えていた。

 もう一度溜息を吐いてから、席を立った。


「純平?」


 呼び止める声には振り返らず、皿を持って炊事場に運ぶ。

 蛇口を捻ると勢いよく水が出て、そこら中に水滴が跳ねた。その様子を眺めながら、背後にやってきた天沢にボヤく。


「みんなって……どうせ連中が雁首並べてるんだろ?」

「………………」

「そんな大勢居るんならさ、俺がいなくったって別に……」


 皿を浸ける俺の声を遮るように、


「いなくっちゃダメだよっ なんでそんな事いうの?」


 一際大きな声が、後ろから響いた。

 過剰な反応にびっくりして、そちらを振り返る。

 明らかに天沢は怒っているようだった。


「……な、んだよ……? そんなに怒ることか?」


 訳がわからない。

 怒りだす理由も判らない。……っていうか、俺、そんなに変な事、言ったか?


「怒ってなんか無いよ」


 だと言うのに天沢は、語る事などなにもないといった感じに、つっけんどんに言ってのける。その態度に、いい加減かちんときてしまった。


「怒ってるじゃないか、いきなり大声だして」

「怒ってない」

「怒ってるよ。

 てか、天沢。おまえ勝手に約束しておいて人付き合わせるの、いい加減やめろよ」

「……勝手にって、あのね純平……っ」

「いつもそうじゃないか。俺は一人でいたいっつってんのに」

「ダメだよ、一人はさびしいよ」

「そんなの、天沢だけだろ」

「…………そんな……、」


 天沢の表情が強張った。

 俺を見上げる大きな黒目がちの瞳が僅かに揺れる。

 …………駄目だ。

 これ以上言ったら駄目だ。

 口を止めなきゃ、と、どこかで微かに声がした。

 が。

 苛立つ感情を抑えらないまま、俺は天沢に向き直った。


「俺は別にいいって、いつも言ってるじゃないか」

「だめ、だよ……そんなの」

「俺のことだろ。俺がいいって言ってるんだから、いいんだよ。大体おまえ、いつもそうだ」

「…………純平」

「家事にしたって、起こしにくるのだって。別に誰も頼んじゃいないのに……文句ばかり」

「………………それは」

「自分の考えを人に押し付けるの、やめろよ」

「そんなつもりじゃ……っ」

「そんなつもりなくても、実際そうなんだよ。……俺はおまえに振り回されてばかりだ」

「…………純平……」

「……いつまでも昔みたく……、ままごと遊びに付き合ってられるかってんだ……っ」


 言うだけ言って、天沢に背を向ける。

 気づけば、皿を浸けた洗い桶から水が豪快に溢れていた。

 蛇口を捻って、激しく流れ出る水を止める。

 と、途端に室内に静寂が満ちた。


「…………」

「……………………」


 天沢は、ついには何も言わなくなった。

 図星をつかれて、返す言葉が無いのだろうか。


 ――………………いいのか。


 そりゃそうだろうな。俺の言ったことは全部正論なんだから。


 ――………………正論だったら。……ってもいいのか?


 だというのに、さっきから頭の隅でチカチカと、警告音が鳴っている。

 怒りで蓋をして、背後に立っている天沢の次の言葉を待ち続けた。


「………………」


 ………………。

 ………………って。

 ……沈黙、長すぎじゃないか?


「…………」


 ……おい。天沢。

 ここはいつもみたいに、がーっと怒鳴り散らすか、軽く「ごめん」で終わるところなんじゃないのか?


「…………………………」


 ……っつうか……まさか……。

 嫌な予感がして、横目でそっと、黙ったまま後ろに突っ立っている天沢の様子を見遣る。

 と、抱えたかごに視線を落としていた天沢が口を開くのは、ほぼ同時だった。



 ――………………正論だったら。



「…………………………純平は、」

「え?」

「……そんな、風に思っていたんだね……」

「………………」




 ――………………正論だったら。

 踏み躙ってもいいのか?




 頭の中の警告の声が、一際大きく鳴り響いて、

 俺が目を見開いたその時には、天沢はにこりと笑っていた。


「ごめんね、純平」

「………………あ」

「わたし、ちょっとしつこかったみたい」


 えへへと、笑う天沢。

 いつものように明朗に笑うその顔に、


「……………………天沢?」


 何故だかとても、違和感を感じた。


「まぁ、ね。言われてみれば確かに純平、目の下のクマひどいし。無理させるのよくないか。ただでさえ純平ってば運が無いんだから。これで怪我でもしちゃったら、目も当てられないし」


 にこにこと天沢が笑う度に、何故か、胸の奥が重くなっていく。

 ずし……ずしっと。

 重りが積まれていく。

 ……なんだこれ。


「うん、わかった。今日は誘ってあげないよ。純平の分まで、みんなで楽しく遊んでくるから」


 いーっとして、天沢はキッチンを出て行こうとした。


「…………って、待てよ、天沢」


 焦って零れた俺の声に、元気に振り返る。


「今晩は、楽しいお土産話たくさん聞かせてあげるんだからね。後から後悔したって」


 自分の中が重くて、

 頭の中は真っ暗で、思考も何故か鈍くて。


「しらないんだから」


 天沢はただ笑うのに。


「…………別……に、後悔なんてしねーよ」


 何故かその顔を、直視出来なかった。


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