(1)
「……、……っ」
「…………ん……」
「………………て、起きて……ってば……!」
「………………っ なんだようるせ…………」
「起っきろー!!」
「どわ……っ!」
大声と共に掛け布団を剥ぎ取られ、巻き込まれた身体がベットから転がり落ちた。
「……っつう……っ」
打ち付けた腰を摩りながら、なんとか瞳を開くと、細い素足が二本、視界に入る。
「いってぇな……! なんなんだよいきなり……っ」
「いきなりじゃないっ さっきから起こしてるのに、全然起きないんだもんっ 純平が悪い」
俺から掛け布団を奪い取った犯人は、頬を限界まで膨らました状態で、人差し指をぴっと立てて俺の鼻先に突きつけた。
栗色の、毛先がぴんぴん跳ねた異様に元気なショートカット。大きな黒目がちの瞳に舌足らずな声。制服を着ていなければ時々小学生に間違われる程身長の低いこの豆狸は……簡単に言えば、隣人だ。さらに詳しく話せば、同じ中学校。クラスメート。つまりは幼馴染み。名を天沢萌と言う。
昨日寝る前に玄関の戸締りは確認したはずだから……、大方、屋根を伝ってこの部屋の窓から上がりこんだのだろう。
「…………悪いって……あのなぁ。毎度毎度人の部屋に無断で忍び込んだ挙句、散々喚き倒しやがって……てぇか、起こすんならもう少しマシな起こし方ってもんがあるだろ。ちったぁ考えろ」
「だからね? 優しく起こしてもね、純平は起きないんだよ。絶っ対。今だって。わたしが何回『おきて』って言ったか。判る?」
「……ん、と。…………10回位、か……?」
「純平が悪い」
「…………なんだよその恨みがましい目は……っ っつうか、一体どうしたんだよ、こんな朝から……。春休み真っ只中だぜ? ちょっとはゆっくり寝かせてくれてもさ……」
「やっぱり……純平、忘れちゃってる……」
片手で顔を隠すようにして、はぁ……と大きく溜息をつくエプロン姿の天沢。
「そんなことだろうと思った」
「は?」
「いいからっ とっとと着替える! わたし、朝ごはんの準備してくるから、用意できたら下に下りてきてよねっ」
「……ぶ……っ」
言うや否や、天沢は抱えていた掛け布団を俺に投げつけた。瞬間、俺の視界はゼロになる。
「だからなんだってんだ……よって……」
視界を遮る布団を排除し、見上げたその先に――既に天沢の姿はなかった。
代わりに階段を下りる乱暴な足音を耳にして……思わず溜息を吐く。
ふと壁掛け時計に目をやれば、針は10時少し前を指していた。
「ったく……なんだってんだよ一体……」
こんな風に、俺の幼馴染み様は、まるで平和を脅かす怪獣のように、俺の日常を無遠慮に踏み荒らしていく。
俺の名前は相田純平。
この春休みが明けたら、天沢共々、中学二年生になる。
……今度もまた、同じクラスなんだろうか……。
布団を定位置に戻すと、思わず口から溜息が零れた。
……もういい加減、勘弁して欲しい。
俺達は、小学校からずっと同じクラスだった。
連続7回だから、結構すごい事かもしれない。
小学校の……そうだな、5年位までは、あぁまた同じか……といった程度で、そんなに気にもならなかった。
けど、……多分、6年からだ。段々周りがやかましくなってきて……。
中学に上がって違う顔ぶれが混じると、天沢と話す度に、周り中から冷やかされた。
「おたくら付き合ってんの?」
「は?」
「大概一緒に居るじゃん」
「……天沢が勝手に寄ってくるだけだよ」
「またまたぁ」
こんな感じの会話が、幾度続いたか。
その度に互いに否定して否定して……天沢は大して気にしてないようだったが、俺にとってそれはひどく面倒臭い事だった。
ただでさえ、不幸体質。一日一不幸。面白おかしく他人に騒がれる事は日常茶飯事で、これが非常にうざったい。
これ以上、からかわれるネタなんて増やしたくはなかった。
だから、最近は極力、天沢の近くに行かない様にしていた。話しかけられても聞こえないフリ。近づいてくれば遠ざかる。一日、一ヶ月、半年と続いて――必然的に学校で会話する事が少なくなった。
天沢は……俺が自分を避けて通る事が気に食わないのか、毎晩人の家の屋根に上がりこんではぶーぶー文句を言ってくる。「最近純平冷たい」だの、「付き合い悪くなったよね」だの、散々な言われ様。先程も口にしていた「純平が悪い」が、最近の天沢の口癖だ。
そんなことを言われたって、どうしようもない。
どう弁解しようか……そうやって天沢に返す言葉を考える事すら面倒臭い。
いつのまにか、天沢萌という存在は俺にとって最も『面倒臭いもの』になっていた。




