(3)
「しっかし。相田君の病院嫌いも治らないわね……」
口調とは裏腹にやけに野太い声に振り返ると、いつの間に復活したのか、忍木戸アフロが自分の隣で腕組みしていた。
白衣に付着した足型はそのままに、優しげな表情でドアを眺めている。
「なんだ。生きていたのか」
「当たり前でしょ! 途中から何事もなかったかのように無視された時はさすがに泣けてきたけどね!」
「ははは。そりゃあよかったな。しかし、おまえさんだって知ってるだろ。飯沼はあの通り相田に夢中だ。おかげでおまえさんは床に転がった奇天烈オブジェと化し、晴れて人畜無害となった訳だ」
「よくないわよ! 人の不幸を笑わないで頂戴! 大体人畜無害ってどういう意味よ!」
「そのままの意味だろ妖怪。……って、自覚ないのか……つくづく幸せな奴だな」
「悪かったわね。あたしは幸せよ! 世界の中心は自分なんだから幸せじゃなくちゃ救いが無いでしょ!」
「おまえさん、もう40近いんだろ。いつまでもガキみたいな事言ってるなって……。
……しかし病院嫌い、ね……。相田もまた随分ガキ臭い野郎だな」
苦笑すると、忍木戸アフロはまた、先程の穏やかな――どこか哀愁漂う歳相応の顔付きになった。
「……まぁ無理もないわね。いつか彼、小学生の頃から病院の世話にならない月は無かったって愚痴っていたもの」
「へぇ。あの驚異的な怪我率の高さはガキンチョの頃からだったか……そりゃあ、」
さぞかし親の手もかけさせただろうな、と考えて、相田家の事情を思い浮かべた。
確か相田純平は母親を亡くしていた。父親とは疎遠だったか。
「おかげで、彼。病院でもちょっとした有名人らしいわよ」
「そりゃ、毎月毎月違う怪我でかかっていたら顔くらい覚えられるだろうな。……それにしても飯沼が来てくれて助かった。相田の奴、普段は話す事すらメンドクサイ、って面してやがるのに、いざ病院に連れてこうもんなら文句は人一倍言うからな」
だったら初めから怪我するなって話だ。……まぁ、今までの事故を統計すると、本人の不注意以外の要因の……防ぎようの無い事故に遭う確率の方が高いのだから仕方の無い話なのだが。しかしそう考えると、毎回かすり傷程度で済んでいる相田は逆に運が良いのではないだろうか。
「仲いいわねあの子達」
「ん?」
「相田君と飯沼君よ」
「なんだ。妬いているのか」
「そうなのよ、飯沼君に愛されて相田君って本当羨ましいな……って――何言わせるのよ」
「否定せん所がまた恐いな……」
「だって……そうじゃない? 飯沼君って相田君の事情も把握してるんでしょう? それでああやって自分の事のように心配して駆けつけてきてくれて……あたしが高校生の時、そんなクラスメートなんていなかったわよ」
「…………まぁ」
飯沼は普段からあの通り「目に入れても痛くない」並に相田を猫可愛がるし。
相田も、本気で飯沼の差し出す手を振り払わない所を見ると、口で言う程嫌がってはいないようだ。
そういえば天沢と飯沼妹もあいつらを心配して、振り回し、振り回されている感じがある。恐らく今回も、飯沼だけではなく彼女らも来たがっていたに違いなかった。
「問題児同士、気が合う……という所じゃないか?」
奴等はまだ高校生。時間を共有できるのは、最長で3年間という、長い人生においてとても僅かな時間だけ。
だが、奴等はこの先――何年経っても変わらずつるんでいる。なんの確証もなく、唐突に。そんな気がした。
数年後に開く同窓会なんかで、はた迷惑な喧騒を撒き散らすに違いない。なんてったって彼らは羽高の『名物生徒』なのだ。
散々な有様を想像し笑みながら、自分も立ち去ろうと引き戸を開ける。
と、後ろから妙に弾んだ声がした。
「なら、あたしたちも気が合うって事じゃなぁい? ミキティ」
「……変態が独り。寂しさに耐えかねて群れたがるのも解るが、頼むから自分を巻き込まんでくれ。忍木戸アフロ」
吐き捨ててから、どうせ数日後にはまた足を運ぶ事になるであろう保健室を後にした。
自分が受け持った生徒達の総数は、42人。
内、羽高名物とまで称された問題児がなんと全員集結してしまっている。
おかげで余計な仕事は増える一方だし、同僚達には忘れた頃にボキャブラリー貧困な嫌味を連呼されるし、きっと普通に教師やってる人間の数百倍も苦労している、のだが。
きっと普通に教師やっている人間の数百倍は、楽しみに思う事柄がある。
まぁ『退屈』の二文字とすっかり疎遠になってしまったこんな日常も悪くは無いかと。
美樹本梓、25歳。
折角の青空の下、机に向かって頭を抱えつつ、メモ帳に鬱憤を書き散らしながらも、まぁ、なんとかやっている。




