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短編集「死の物語」

言葉の重み

作者: 九十九疾風

 君は言ったよね?だから私は今から飛ぶんだよ。

 自分の言葉に責任くらい持ってよ。簡単に「死ね」って言わないでよ。命の重みも知らないくせに。

 さようなら。私の未来。さようなら。命の尊さを知らない馬鹿野郎共。


「ありがとう」


 最後の言葉だけでも、せめて美しく。私らしく。

 そして、空へと身を投げ出した。




 ・・・




 雨が降っていた。私の心には、常に雨が降っていた。理由は単純明快。いじめ。言葉で表したり、実際にやったりすることはすっごい簡単だよね。でも、いじめる側がいるってことはいじめられる側もいるんだよ。

 そして私は、いじめられる側の人間。男子からも女子からもいじめられる日々。簡単に言うと、教科書やノートを破られるのは日常茶飯事。シューズは水浸しならマシなくらい。ひどい時は焼却炉に入れられてた。毎日サンドバッグのような扱いを受けてて、長い時は放課後2時間近く殴られ続けたり、縄で縛られてトイレに閉じ込められたりもした。

 神様は本当に意地悪だ。こんなにもひどい仕打ちを受けているのに、救いの手1つすらくれない。周りの大人なんて信用出来ない。もちろん、私の親もね。

 きっかけは、本当に些細なことだったし、正直私は何も悪くない。


「先生、そこ間違ってます」


 この一言だけだった。先生のうっかりミスを指摘した。ただ、そんな行為で。それに、小中一貫校だから、小一からこんなことしてたらいじめっ子からしてら良いカモだ。その日から私はいじめを受けてる。


「お〜い東野(あずまの)。ちょっと手伝ってくれ」

「はい。今行きます」


 先生達はいじめを黙認してる。いじめのない学校を目指すとかいう妄言を吐いてる割にはいいご身分だよ。傍観してりゃ良いだけだもん。


「このプリントを職員室に持って行ってくれないか?」

「わかりました。先生の机に置けばいいですか?」

「頼んだよ。あ、ついでに机の中にある印鑑持ってきて」


 先生はそういうと、持ち上げた時に私の目の高さまであるプリントを渡してきた。めちゃくちゃ重い。ただでさえ小さいのに、余計小さく見えちゃう……

 まぁ、もう慣れたけど。一日に5回は先生にこき使われてるし、先生も私をこき使ってる。何も言わないと思って……


「失礼します」


 もう何度も来てる職員室。何度も何度も提出物を置きに来た机。どこに何があるか完璧にわかるほど開けた引き出し……考えれば考えるほど自分が馬鹿らしい。


「失礼しました」


 多分、今の間にも教科書は破られ、ノートは濡らされ、下手したら机すらないんだろうな。それで先生に怒られる…嫌だなぁ。教室戻りたくないや。

 でも、私は戻ってしまう。何故か知らないけど、自ら狩人の住処に身を晒す。単純でバカだから、中2になった今でもいじめられてるんだろうな。


「……あれ?」


 階段を登っていた時、私は急に激しい脱力感に襲われて倒れた。それからの記憶はない。ただ、少し死を感じた。それはとても心地よくて、私がずっと望んでいた世界だった。




 ・・・




東野(ひがしの)さん!よかった〜。今、どこにいるか分かる?」

「いえ……」


 目が覚めた時には真っ白な空間にいた。起き上がろうとしても起き上がれないし、全身が痛い。


「今ね、手術してもらったの。階段から落ちたでしょ?その時に肋骨が折れて心臓に刺さっちゃったらしくて……」

「そう……なんですね…………ところで……」


 私は、目の前に居る人が誰かわからなかった。両親が来るはずがないし、保健室の先生にしては若い。


「誰……ですか?」

「えっと……保健室の先生に頼まれて付き添いで来たクラス委員の山迫(やまさこ)です。今更だけどよろしく」

「あ、はい……よ、よろしく…お願いします」


 クラス委員の人……見たことないや。それに、そんな人いたっけ?なんかもうわかんないや。


「山迫さん授業は?」

「先生に頼まれたことだから出席扱いにするって言われた。クラスメイトが死にかけてるんだもん。私が行くしかないじゃない」


 私は、山迫さんの真っ直ぐな正義感をすごいと思った。これまで曲がった正義感ばかりをぶつけられ、理不尽な暴力ばかり受けてきた私には、彼女は眩しすぎた。


「もう、帰っていいですよ」

「え?でも……」

「ここにいるより、学校で授業した方がいいですよ。私なんて、どうせ必要のない人間なので」


 ううん。人間って言うのすらおこがましいかな。じゃあ私はなんだろう。邪魔者……かな。


「そんな事ないよ!東野(ひがしの)さんは大切なクラスメイトだよ!」

「違うよね。クラス委員だから仕方なくでしょ?」

「なんでそんな事言うの!?私は東野(ひがしの)さんのことを思って──」

「ううん。じゃあ1つ言うね」


 この人も結局はそうだったんだ。根のところではあいつらと変わらない。いじめを知ってて止めに入ってない時点で、私のことを見捨ててる。


「私、東野(ひがしの)じゃなくて東野(あずまの)。昔クラスの男子に、名簿の名前変えられてから誰も直さないし直そうともしない。あなたが本当にクラス委員なら、そこまではして欲しいかな。そういうこと」


 その時の私を表すとしたら、「生きた屍」が正しいと思う。もう、正直全てがどうでもよかった。今は病院という監視棟に入れられて、少しはいじめから遠のいてるけど、多分SNSではボロクソ言われてて私が戻った時のいじめの計画が事細かと練られてるんだろうな。


「で、でも私は本当に!」

「偽善なんていらない」


 その一言を私は彼女にぶつけた。どれだけ本気だったとしても、口だけなら全て偽善と言える。実際何も行動してないんだから。すると彼女は泣きながら病室を出て行った。所詮はそんな程度。

 あれ?久しぶりに眠くなってきた……そっか。こうやって布団の上にいるのってもう10年以上してなかったから……もう寝よう。寝て、起きて、学校行って───



 ───死のう




 ・・・




「もう学校に行っても良さそうですね」


 担当医にそう言われた。入院期間はわずか4日。多分、体が小さいからその分1部に対しての自己治癒力が高いらしい。知らないけど。

 私は、軽く自嘲気味に笑いながら制服に腕を通す。もう成長しないであろう体にピッタリのサイズ。だった。その制服は少し大きくなってて、少し寂しくなった。


「お願いします」


 私は、タクシーで学校まで向かうことにした。歩いてもよかったけど、担当医に止められてしまった。もういいのに……多分、今日が私の命日になると思う。

 誰にも知られず書いた遺書は、カバンの中に入れておけばいいよね。


「着きました」

「ありがとうございます」


 タクシーは校門よりも少し遠い場所に止めて私を下ろした。多分、運転手なりの気遣いなのだろう。まぁどちらにしても変わらないんだけどね。

 私は、少し遠くなった学校までの道を歩く。まだ少し時間が早いらしく、あまり人はいなかった。


「……おはよ───」


 教室に着いて挨拶をしようとした時、私はあまりの恐怖に声が出なくなった。机の上にはでかでかと黒で書かれた「死ね」の文字。そして、机の中にもロッカーにも満タンになるまで詰められた呪いの言葉が書かれたルーズリーフ達……黒板に書かれた「東野死ね」「消えろ」「二度と戻ってくんな」等々……


「……わかったよ」


 私は、靴下のまま学校の1番高いところに向かう。階段を少しずつ登り、ドアを開けると、そこには大きく開けて場所がある。


「まさか、ここに来ちゃうなんて……」

「おい。俺のテリトリーに来んなよ。誰か知らねぇけど死ねよ」

「うん。今から飛び降りるよ」

「そうかよ」


 どこからか聞き覚えのない声が聞こえた。ちょうどいいや。少し死にやすくなった。


「おい。お前、名は?」

「……今から死ぬものの名前なんているの?」

「まぁな。一応言っておく。俺は倉山(くらやま) 隆慶(りゅうけい)だ。ほら」

「私は東野。東野(あずまの) かこ」


 私はあと一歩踏み出せば飛び降りられる場所に立った。怖さは不思議となかった。


「そっか。お前で3人目か」

「そうですか。じゃあ、ちゃんと刻んでおいてくださいね。あなたが軽く言った「死ね」の重み」


 私はそう言って、1歩を前に踏み出す。自然と前に体が傾き、重力に従って落ちていこうとする。

 けど……そうだね。


「ありがとう」


 これだけは言っておかなきゃ。

 そして私は、空に包まれながら衝撃を待つ。飛び降りている時って意外と長く感じる。私は走馬灯は見なかった。というか見るようなものがなかった。

 少し幸せな気持ちになった時、私の生命は終わった。

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