“花”を知る前の俺の記憶。
夏の祭典に向けて、頑張らねばならない時に何をやっているんだ。と言う感じで、一次創作リハビリの短編二つ目です。
コレは、書きかけの小話の前日譚?をイメージした即興(3時間程度)徒然小話です…(汗)
時間つぶしに使って頂けたら幸いです(平伏)
【追記】
誤字について助言を頂いた為、修正させて頂きました。
お声かけ有難うございました…!(感謝)
「――…姉が、帰ってくる」
悪友が溢したその一言に、へぇ。と、その時の自分は特に何も感じる事も無く。
暦を数え、まだ夏の長期連休の期間ではないと、頭の中で指折り数えるくらいはしたが、それまでで。
悪友の表情を見ることなく、淡々と眼下に広がる紙面と睨み合うだけの俺が居た。
――この時の悪友の表情を見ていたら、何かが変わっていただろうか?
コレは別件で知った事だが、この時の悪友の表情は…普段、世俗のお嬢さん方の大半が好む温和な表情に、性格は自分の立場を理解してか真面目であるが、家族や友人の間だけではフレンドリーと、良い所づくめなそんな悪友が、だ。人を射殺すばかりの眼光と背後にどす黒いオーラを纏っていたらしい。
何も知らずにソレを知ったなら、我が目や耳を疑うだろう。
けれど、その理由を知ってしまえば、自分も悪友と似たような物を纏っていたかもしれない。
悪友の姉は、数年―精確には、五年―振りに我が国へと戻ってきた。
簡易ではあるが、儀式的な物を一通り終えた後。悪友と、今ではその側近となる自分の所に、件の姉から茶会のお誘いが来た。
ソレは、執務の合間の小休止には好い頃合いの時で。悪友に確認をする為に視線を向ければ、余り見ない悲愴を帯びた表情を見せている。
「?」
この時の俺は、その意味が判らず首を傾げるだけだったが――既に、悪友は知っていたのだろう。自分の姉が帰ってきた理由を。
◆ ◆ ◆
「私、婚約破棄されちゃった」
「……は?」
「………」
茶会の場に設けられたのは、悪友の住まいである城の中庭。その一画に存在する、東屋に悪友とその姉と自分。小振りの円卓に三脚分用意されたウッドチェア。
――昔と変わらないその組み合わせに懐かしさを見出していた中、そんな言葉が彼女から齎された。
言葉の意味が判らない。と、顔を上げて見た彼女の表情に、一気に呼吸が止まる。
この国を出るまで、彼女は快闊で。多少お転婆ではあるが、人好きのする優しい性格をしていた。
そして、世話好きな家族大好き人間だった。悪友とは幼馴染と言う事もあり、自分のその環―内側―に入れられていた。笑顔がとても似合う人だった。
だから、知っている。こんな表情を、彼女が今まで見せた事が無いと言う事実を。
悪友が無言に徹していたのは、既に見ていたのだろう…この、彼女の表情を。
五年ぶりに見た、国を出る前は義理の姉のように慕っていた彼女は、泣きそうな表情にぎこちない笑みを…一生懸命に微笑もうと頑張る物を作ろうとしていた。
茶会の後。
あの後、何とか気を取り直して、ここ数年で起きた、国で楽しいや不思議と思われる…昔の彼女であれば好奇心に満ちた眼差しを向けるような物を、思い出しては話し出す。
悪友も、時折合いの手を入れる。逆に、悪友の話に自分が合いの手を入れる感じで、良い感情を引き出す物だけを話した。茶会が終わるまで、話し尽くした。
その間、彼女は微かな笑みは浮かべる事が有っても、昔のように態度で判るような反応を見せない。
寧ろ、あの頃とは逆な…良く言えば、控えめで淑やかだが、悪く言えば、薄い表情の変化は大して興味がないように感じ、ソレのせいなのか…まるでこの場に自分が居る事すら申し訳なさそうに、所在無げな様子を時折見せる。
茶会を設けた事を悔いているのだろうか?そんな事が頭を擡げ、久し振りに会えた事が嬉しい旨を態度でも判るように伝えた。
ソレに何処かホッとしたような反応を見せる様に、チラリと悪友に視線を向ける。
此方の意図に気付いたのだろう。後で。と、唇だけが動いたのを確認し、昔話に花を咲かせる事にシフトチェンジした。
◆ ◆ ◆
「姉上は、アイツのせいで戻ってこられた」
悪友が言う〝アイツ〟は、今も昔も概ね一人しかない。自分も自然と眉間に皺が寄る。
それは、ここ一~二年で起きた、彼女が今まで居た国での情報を思い出してだった。
悪友の姉こと彼女は、シェリー・ロージッド・ケラスス。
花の形に模した大陸の一画に置かれた我が国、ケラスス国の第一王女。王位継承権は第二位。
悪友としては、姉が王になり自分が補佐役になっても良いと考える程、家族仲は良好。
けれど、その思惑はアイツのせいで打ち砕かれた。
海を隔てた隣の大陸の一つである、名前を覚える気もない国の王太子とやらが、彼女を見初めてしまった時から。
キッカケは偶然だった。
彼女と悪友を連れだった王と王妃一家が、大陸の皇家主宰―第一子の生誕祭―に赴いた時だ。
その式典で、その王太子とやらが彼女を見初めた。
――当時、彼女は十四歳。王太子は十二歳。アイツは、俺らと同い年だった。
拒否権は、生憎と与えられなかった。
無礼講の場と言う事もあったが、その国と皇の国は貿易などで懇意にしている仲だったからだ。
政略の一つとして組み込まれた意図がありありと判る、此方から見れば人身御供とも取れる結果だった。
その知らせは、後日、正式な書面として送られてきた。
それからの悪友は、荒れた。荒れに荒れて、温和で優しい貴公子―まあ、実質的に王太子になる予定だからそのままだが―と言われていた彼の、王太子の教育の一環として携わり始めたばかりの政務は、慈悲のない凄惨な物へとなっていた。
彼が担当していたのは、地方領主の納税制度や治安対策についてだった。
少しでも後ろ黒い点を見つければ、例え黒子のような小さな物まで、ネチネチと穿り返して膿と言う膿を吐き出させた。――約一年で。……こんな十三歳、嫌だ…。
ソレをストップをかけたのは、誰でもない彼女だ。
誰よりも幸せになると約束するから、笑って?
慈愛にしか見えないその微笑みを、悪友だけに注ぐように笑って見せた彼女に、チクリと微かな痛みを覚えたような気がしたが、気にしない。
その時は、悪友を止める事が出来ない自分に不甲斐なさを感じる方が強かったからだ。
この一年、悪友は親の仇とでも言う程に、見初めた他国の王子に対して敵愾心露わにしていたせいか、表情は無に近い物となっていた。笑ったとしても、ソレは嘲笑の部類で。
少し前まで見せていた、たまにお人好しだとも思えるような笑顔が消えていた事の方が辛かった。
そんな悪友を救ったのは、人身御供になる彼女。
――アイツは、彼女を見初めた。けれど、彼女はアイツに何の感情も抱いていなかった。政略結婚以外の何物でもなかった。
それでも、だ。悪友は頑張った。家族の願いが第一だと、徐々にだが回復させていった。
彼女が旅立つときは、一年振りに悪友は笑っていた。泣きながら器用に笑っていた。
彼女を見送る時、貴族や庶民など関係なく、微笑みながら手を振って去る彼女を目に焼き付けた。
この国は、彼女を知る者は皆が皆、彼女を好いていた。嫌う者など、一人も居なかった。
――たまに、悪態や嫌悪する者も居なくも居なかったが、彼女が去ってからは心ここに在あらずと言う様子を垣間見せていた者が大半だった。
――――そんな彼女を、だ。
勝手に見初めた他国の王太子が、自分の意志で婚約破棄したと言う。
◆ ◆ ◆
「滅す?」
「滅すか?」
「……親の前で、物騒な会話を始めるでない…」
「王の御前だ、程々にしておけ」
悪友の父―現国王―と、我が父―宰相―が待ったの声を掛ける。
主旨も無く、ただ互いに同じ一言を溢しただけに、聡明なお二人は直ぐに思い立ったらしく、止めの言葉は紡ぐ物の、向ける眼差しはサムズアップしているように見える。――俺の洞察眼が間違いでなければ。
今、この場は公の場ではない。所謂、男が設けるサロンのような物を、とある場所で行っている。悪友の部屋だ。
「父上。姉上が笑えなくなった理由を知った上で、まだソレを言えますか?」
「色々な所を縊りたいな」
「輝かしい表情で物騒な事を言わないでください」
「――そう言うハインスは、どうなんだ?」
「大陸ごと無くなりませんかね?」
「……一番物騒な事を言っていますよ。父さん」
悪友。王。父。自分。概ねそんな順で話し始める。
通路に繋がる扉の前に佇む従者や護衛は、やや青褪める者も居れば握り拳を作っている者も居る。案外、的外れな考えではないようで安心した。
「好きな女が出来た。そして、聡明な姉上がその女を苛めた。…そんな些末な理由で、自分から申し出をした婚約を破棄した上に国外追放を言い放つ―――アイツは馬鹿ですか?」
悪友の言葉に首肯する。
元から彼女は国外ましてや大陸外の人間だ。言い方を変えれば、国に帰れと言っているだけだ。愚かでしかない。
…愚かな上に、彼女をあんな風に変えたのは、アイツだった。
彼女が誰かを苛めたと言う情報は、悪友から見せて貰ったここ数年の彼女の行動についての報告書には記載されていなかった。
大事があった時を考慮して、彼女と共に数人の専属の侍女や護衛が、かの大陸に渡っていた。
その者達全員からも、そんな出来事は一つも無かったと、寧ろ、王太子を中心に迫害的な苛めを受けていたのは彼女の方だと言う。
物的証拠も、差異が無いように向こう側―隣の大陸―の人間による証言を記録した証拠も存在する。
ソレ等を全て加味した上で出た結果は、彼女が冤罪であると言う事実。
その対価は、彼女から笑顔を奪うだけでなく、彼女と言う〝存在〟の否定。
人が好きで、世話をやくのが好きで、この国が大好きだった彼女が。王太子が即位するまでに万全な知識を得られるようにと、花嫁修業と言う名の王妃教育を行うために他国へ早々と連れていかれたのが五年前。
その間、言語や文化にマナー。色々と覚えなくては身に付けなくてはならない事が沢山あっただろう。
それでも、根を上げずに取り組んでいた事は報告書や悪友や家族たちに届いていた手紙で知っている。
多忙の中、アイツと仲良くする為に接する事も励んだのは目に見えている。
なのに。なのに、だ。
その最中に、他に好いた奴を作り、彼女を邪険にしだした上に、止めは冤罪を作っての婚約破棄。
悪友から聴いた情報を自分なりに纏めたら、アイツは間違いなく焼却炉行き以外に考えられないのだが。
「……我らが皇は、御存知なのでしょうか?」
「戻る知らせが届いた直後の通信映像では、玉座の上で平伏していたな」
「器用ですね」
「傍らで、皇妃が炎王の如く仁王立ちしていましたから」
「――皇妃様は、唯一止める事を進言して下さった御方でしたね」
ふと浮かんだ疑問を溢す自分に、王と悪友、父の順で続く。
何とか断れないかと打診していた此方の意志を無碍にした結果だと、まだ物足りないと言う表情で溢すのは悪友だ。皇相手にも強気な悪友がたまに怖い…。
けれど、王族ではない自分に出来る事は無いに等しく、その辺は悪友に任せる事にした。
◆ ◆ ◆
「姫さまは、これからどうなるんだ?」
「……何だ?その呼び方」
「いや、だって…」
昔みたく、気軽に〝シェリー姉さん〟なんて呼べないだろ。と、やや眉尻を下げて独り言ちれば、一笑された。
結構、真面目に呼び方を考えたんだ。鼻で笑うなよ。
「姉上は、気にしない」
「俺が気にすんだよ」
「――王太子の俺に対して、気安く出来て、姉上には出来ないと?」
喧嘩を売っているのか?と、軽く細められる双眸の眼光は鋭い。普通、逆じゃね?
まあ、言った理由は建前だったりするのだが……どうも、上手く言葉に言い表せなくてモヤモヤする。
「…何か、俺の勘が、距離を取れって言ってんだよ」
「……。姉上に何かあるのか?」
「否、どちらかと言うと、俺の方…??」
「………」
んー…。と、唸りながら腕を組み天を仰ぎ見る。
今は悪友の執務室に戻って、午後の書類確認中だ。大半がきな臭い匂いのする書類で辟易する。
「フォルス」
「ん?」
「…今の姉上を見て、どう思う?」
「……どう…?」
改めて言われた事に、天を仰ぐ体制のまま視線だけを横に窓の方へと向ける。
時刻は既に太陽を傾ける時分。少し前まで燦々と地上へと向けていた太陽は、紅い色に染まり始めている。
太陽の明るさを思い出すと、自然と彼女に関する記憶が現れる。
国を出る前までは、快闊で笑顔が常のような人だった。けれど、ソレはどちらかと言うと中性的で、誰に対しても差別なく浮かべる物だった。尊敬する天上の人だった。
再会した彼女は、笑いたくても思うように笑えない事が、悲しい・寂しい。と、表面上隠しているが、瞳や微かな仕草で見せるような儚げな人に変わってしまった。
けれど、瞳は表情の代わりをしてくれるらしく。表情に出ない分、瞳は、キラキラと感情の起伏を示してくれた。
その辺は変わっていないと安堵する。でも、やはり――。
「…また、笑って欲しいと思う」
少しずつでも良い。昔のような物で無くても良い。
ただ、心の底から感情によって湧き上がる微笑みを浮かべられるようになって欲しい。そう、切に思ってしまう。
「それまで、護りたいな…」
叶う事なら、その笑顔が見れる日まで、彼女が苛むことがないように護りたい。
悪友や自分が知らない五年は、簡潔な報告書でしか知らない。
その五年は彼女が頑張った年数だ。最低でも、その五年を取り戻す間だけでも、平和に穏やかに過ごせるように見守っていたい。
悪友の誘導により、思った事を淡々と述べてみたが、コレが正解かは判らない。
視線は、仰ぎ見るように天をまた見つめていた。あ。微かなひび割れが。後で修繕を頼もう。
「――――まだ、自覚は無いか」
「ん?自覚?」
何のだ?と、視線を悪友に向ければ、呆れたような焦れたような変な表情をしている。ご令嬢たちが悲しむから、そんな顔は止めてやれ。
「まあ、自覚したらしたで、苦労させてしまうのは目に見えているからな。先に謝っておく、スマン」
「あ?意味判んねーよ」
今は判らなくてイイと、軽く苦笑いされた。モヤモヤが増えたようで解せぬ。
―――コレは、俺が知らぬ内に得ていた恋と、自覚した事で自分に降りかかる厄災に頭を悩ませる羽目になる少し前の話。
最後まで閲覧して頂き有難うございました…!