世界の半分を我が物に!
世界の半分を手中に入れた時、W氏を取り巻く世界は変わった…!
地球は疲弊していた。
戦争、貧困、不況。ありとあらゆる問題が一度に起こり、複雑に絡み付き、更に各国の思惑がそれをややこしくしていた。
誰もがそう気付いていながら、しかし己の利益の為にどうする事も出来なかった。
国連本部の廊下で、有力者として知られるE氏とW氏が話をしていた。
「W氏、この状況をどうやって打破したらいいだろうか」
「E氏、それは何度も話してきた事じゃないか。国連がどんなに頑張ったところで、それぞれの国の人間が、首長が好き勝手やるわ、ルールは守らないわ、文句は言うわでまともに統制なんて出来なかった。そうだろう?」
W氏の指摘はもっともであった。何せ国連には強制力がなかった。軍事力を持っていても、『国連の言う事を聞かせる為』に動かす事は出来ない。経済制裁をしようにも、財布の紐を握られているのは国連の方だ。
E氏はしばらく悩んでいたが、何かを閃いた風にW氏を見た。
「そうだ、国連が国連だから駄目なんだ。一つの国家として束ねれば、国内の紛争解決に軍事力が使えるし、税金を直接吸い上げて活動費に充てる事も出来る!」
「E氏、それは良い考えだ。しかし皆がそれで納得するかな?」
「何、そこは僕と君の弁舌の力があれば何とかなるだろう。
心配なのは、一カ国に束ねた時に、不備があってはいけない。そこでどうだろう、君と僕とで世界を二カ国に分割し、お互い競い合うようにして技術力の向上などを図れればいいんじゃないか?」
「それはいい、そうしよう」
E氏とW氏はそう決めて、決議案を提出した。
紛糾はしたものの、結局は世界を二カ国に分けて統治する事に決まった。
「さて、どうやって分割しようか。不平等があってはいけない」
「そうだ。これまでの戦争は資源や領土などを巡って繰り広げられてきた。そこに不平等があっては僕らの国の間で戦争になってしまう」
散々シミュレーションしたが、結局は上手くいかず、最終的には
「グリニッジ天文台の経度0の線を挟んで東をE氏が、西をW氏が統治する」
と言う事に決まった。
W氏はウキウキとしていた。出世欲の強い事は自認していたが、まさかこうして世界の半分を統治出来る立場になれるとは!
新しく用意した総統の、自分の部屋。その中央に位置するいかにも高そうな椅子――玉座と彼は密かに呼んでいる――に腰掛けてご満悦である。
しかしまずは仕事だ。目下急がなくてはならないのは、国境線の明確化である。下手に国境を越えられると、人員の管理その他が上手くいかず、滞ってしまう。この点はE氏とも一致しており、折半して壁を作る事になっている。その資材や人足の確保を急がねばならない。
書類上の数値をあれこれと弄りながらあ~でもない、こーでもないとやっているとドタドタッと凄まじい足音が振動と共に近づいてきた。
「総統! W総統! A地方で総統に不満を持った民族が反乱を!」
「総統! B地方では元の隣国との融和政策が上手くいかず対立が暴動に発展してます!」
「総統! C地方で落盤事故が!」
「総統! M地方とN地方の貨幣価値の不一致から経済格差が!」
わーわーと情報を持ってくる部下達。どれも喫緊の課題で、総統の決済待ちだという。
W氏は頑張った。頑張って頑張って、解決に向けて奔走した。それこそ玉座に座っていられる時間などほとんどないほどに走り回った。
一つ問題が解決すれば、別なところから問題が起こる。それを解決すればまた別な場所が。
部下に任せようと思ったが、最終的な決断は結局自分に回ってきて、一つ一つの案件に十分な時間を割けないまま決済。それがまた別な問題を引き起こして却ってW氏の仕事は雪だるま式に増えていった。
W氏は、疲れてしまった。
せっかく、半分だけとはいえ世界の支配者になれたというのに、その実態は誰よりも扱き使われる社畜のような状態だったのだ。
更に不幸な事に、建国の際に総統を交代するシステムを組み込んでいなかったのだ。
いや、正確に言えば、意図的に組み込まなかったのだ。
総統になった時の彼はこう思った。
せっかくこの地位になれたというのに、交代出来るようにしては不埒な人間が私の座を狙って余計な企みをするかも知れない。私が建国したというのに、私を追い落として誰かが総統に就くなど許される事ではない!
W氏は愚かだったあの時の自分を責めた。彼は死ぬまで、国の為に休むことなく働かなくてはならなかった。
数年して、W氏も年を取った。無茶な生活をしていた為か、大分健康状態もよろしくない。
体があちこち痛んではいるが、彼は却ってその事を喜んだ。
そうだ、死んだら働かなくて良い。この責務から解放されるんだ!
そう考えていた矢先、技術研究省から報告が届いた。
「総統閣下! お喜び下さい! この度生体の細胞の若返りの研究が成功しまして、ただ一粒薬を飲めば体中の細胞が活性化し、理論上では無限に生き続けられる事が判明しました!
貴重な研究成果ではありますが、誰もが欲しがるこの技術。取り合いになれば戦乱が巻き起こりかねない為、これを世界中に知らしめる訳には行きません。そこで、最も有効な活用方法があります。
偉大な総統閣下にこの薬を服用して頂き、未来永劫、この国の繁栄を導いて頂きたく同封致しました!」
要するに、私は死ぬ事も許されないし、無限に働き続ける事ができるらしい。お付きの人間が私が薬を飲むのをじぃっと見ている。飲まざるを得ないじゃないか。
おかしい。絶対におかしい。私はこんな事など望んでいなかったはずなのに。
苦しみの日々。後悔を重ねながら仕事をしている内、悪魔的な考えがW氏の頭の中を過ぎり始める。
それは禁じ手だ。絶対に取ってはいけない手段だ。駄目だ、私。駄目だ、絶対。
いや、私が解放される為だ、致し方ない。しょうがないよ、うん。
最終決断はあっさりと下された。
W氏が解放される唯一の手段。
それは、E氏の国との全面戦争だ。
そう、総統という立場に疲れたW氏は、己のその地位を投げ捨てる為にE氏に戦争をふっかけ、そして負けるつもりでいるのだ。
手っ取り早い話、己に課された責務をE氏に擦り付けようと言うのだ。
極力手を抜いた、勝つ気どころか負ける気まんまんの、史上最低な戦争の幕開けである。
W氏は自国の戦線に散々嫌がらせをした。
武器の配備が行き届かないよう配慮した。兵站が少なく届くように手配した。補給が滞るように尽力した。
戦争はあっという間に終わるはずであった。
が、国民感情は全く別なところにあった。
「我らが愛するW総統の為に! 国家の為に尽くすのは今だ!」
「そうだそうだ! 物資の不足が何だ! 精神で補うのだ!」
「閣下の為に!」
「総統閣下万歳!」
大熱狂であった。W氏のこれまでの国内における尽力が実を結んだ瞬間であった。国民は全て、国家の父であるW氏を崇拝していたし、その為に死ぬ事を厭わなかった。
W氏は頭を抱えた。
これだけ盛り上がっていれば、一気呵成にE氏の国を攻め落とせそうなものの、敵も然る者、猛然たる反撃を繰り出し続け、なかなか決着はつかなかった。
10年程の激戦の後、戦争はE氏とW氏によって和平を結ぶ形で終結した。
W氏は和平交渉の為に久々にE氏に会って、ぎょっとした。
自分は若返りの薬を飲んでいた為、精々目から生気が失われるくらいで済んでいたが、E氏はおよそE氏の形をしていなかった。
「ヤア、久シブリダネ」
「E氏……なのか?」
「驚イタダロウ? 寄ル年波ニハ勝テナクテネェ。スッカリコノ様サ」
E氏は肩をすくめておどけてみせる。その度に鳴るモーター音が痛々しい。
そう、E氏はロボットになっていた。
「最初ハ世界ヲ半分手ニ入レタツモリデ有頂天ダッタンダガ、実際ドウダ。忙シイバッカリデチットモ楽シクナイ。挙ゲ句、無限ニ働ケト改造手術サ」
「どうやらそちらでも、大体同じような事があったみたいだな」
戦争が長引いたのも、恐らくはE氏の意図とは別に国民が張り切った結果なのだろう。
「アァ、世界ナンテ支配スルモンジャナイナ、全ク」
こうしてE氏とW氏は和平を結び、世界を一つにまとめあげた。
その後の政治体制については、前回の反省を活かし、総統に任期を設け、再任を禁じ、休暇を持つ事を義務づけたのだった。
世界の統治なんてのは、なかなかうまくいかないもんでございます。