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第四章からエピローグまで

第四章 結


 帰宅した俺はベッドの上で、ぼんやりとしていた。

 自然と、花恋(かれん)のことが浮かんでくる。

 やがて、階下で、姉のめぐみが帰宅してきた音がした。

 俺はあることを思い出した。そうだ、花恋は、俺とみこの命をどうして狙うのかと(しずく)、つまり、めぐみの親友に問いただしたはずだ。まさか!

 俺は部屋を出て、階段を慌ただしく降りた。

 めぐみは、俺の顔を見て、ただいま、あんた、どうしたの? と言ってくる。

「姉貴、ちょっと、いいか。大事な話があるんだ」

 怪訝そうにしていた、めぐみをリビングルームに連れて行く。

「めぐみさん、あんたの友達、雫さんのことなんだが」

 俺たちはテーブルを挟んで座った。俺は訊ねる。

「彼女はどんな人なんだ? 魔術師を目指しているという話は知っている。どんな性格なんだ?」

 めぐみは、俺の質問に、

「変わった()ってことも知ってるわよね。あんたが何を知りたいのかは分からないけど、性格は私と似たようなもんよ。そうでなかったら、友達やってないし」

「例えばさ、例えばの話なんだが……猟奇的な趣味とかはないのか? 魔術師にありがちな危険思想とか」

 めぐみは嘆息した。

「ない、ない。あの()は神秘的なものに惹かれてはいるけど、それ以外はごく普通よ。だって異常な思想を持った人が生徒会長なんか務まると思う? それより、どうして、そんなことを訊いてくるの?」

 俺はこの際、すべて話すことにした。昨日、志樹高校で、また女子生徒が飛び降りを図ったこと、俺の知る限りでは二度目だということ、彼女に自殺の原因が見当たらないこと、等々。

 めぐみは大人しく聞いていたが、

「それと雫がどう関係があるの? まさか雫が相手を呪い殺した、とでも言いたいの? それはないな。あの()はそんなことしない。私だって、友達くらい選ぶわよ。彼女はそんな悪いことはしない」

 きっぱりと、めぐみはそう言う。

 本当だろうか……?

「そんなに疑うんなら」

 めぐみは言った。

「あんたが直接、彼女に会いに行けばいいじゃない。生徒会本部があるでしょう? その部屋まで行って、自分の目で確かめてみれば? そうでもしないと納得しないって、顔に書いてあるわよ」

 そうだな。そうするか。

「分かったよ。時間取らせて悪かったな。ありがとよ」

 俺はめぐみの案を受け入れた。明日、生徒会長と直接会って徹底的に話をしてやろうじゃないか。



 翌日。

 俺は、みこと一緒に登校した。昨日の寂しかった通学も、みこと一緒なら楽しかった。やはり、俺の隣には、みこが必要だと痛感する。

 俺は、草薙さんは自らの意志ではなく、他人に操られて飛び降りを図ったのではないか、という話をした。

 みこは、俺の話を聞き終わると、自分も一緒に生徒会室まで行きたい、と言ったので、二人で訪ねることにした。

 そして、昼休み。

 急いで昼食を取った後、みこと二人揃って、生徒会室まで行ってみた。しかし、『休憩中』と書かれたプラスチックの札が下がっていた。

 今日中に、生徒会長に会えるのか不安になる。

 仕方なく、放課後にまた出直すことにした。

 そして、すべての授業とホームルームが終わり、また生徒会室を訪ねてみる。今度は先の札が下がっていない。誰か在室しているようだ。

 一応、ノックしてみる。

 部屋の中から、はい、と言う声がした。俺は扉を開けた。

 生徒会室は長机を挟んで、椅子が並んでおり、両脇には、おそらく書類だろうファイルが押し込められた書棚があった。正面にはホワイトボードがある。

 室内には、眼鏡をかけた女の子が一人いて、椅子に座って、ペットボトルのお茶を飲んでいた。

「生徒会長に会いたいんですが、いつ戻ってこられるか分かりますか?」

 そう俺が訊ねると、眼鏡の女の子は、

「ちょっと分かりません。すみません。いつも放課後にはいらっしゃるんですが、たまに来ない日もありますので」

 そう返事をした。

 どうしたものか……?

 待たせてもらうべきかどうか迷ったが、よく知らない女の子と一緒に部屋で待つのも、何だか気が引けた。

「お昼休みに活動はされていますか?」

 俺がそう問うと、

「あまりしていませんね。大抵、活動するのは放課後なんです」

 彼女が答える。

「では、見沢(みざわ)めぐみの弟が、生徒会長に会いたがっている、とお伝え願えますか」

 はい、承り(うけたまわり)ました、と、その()は言った。

「今日は、これで帰ろうか」

 俺の言葉に、みこは頷いた。

 俺たちが生徒会室を後にしようと振り返ると、目の前に、背丈の高いソバージュの女の子が立っていた。彼女は鎖に繋がれた緑の宝石のような物を首から下げている。一瞬驚いたが、向こうはまったく動じていない。

「めぐみちゃんの弟さんね。その節は、河合駅でジュースを奢ってくれてありがとうございました。この意味、分かりますか?」

「あなたは……!」

 俺は、その女の子がゴールデンウイークの遊園地で、同じゴンドラに乗っていた()だと気づいた。

「そして、あなたが御国(みくに)みこさん」

 みこの方を見て、微笑む彼女。

「生徒会長。このお二方が、あなたにお目にかかりたいと、先ほど来られたんです」

 眼鏡の女の子は、そう告げた。

「あなた方が、今日辺り、私に会いに来ると思っていました。どうぞ、中へ」

 彼女はそう言って、部屋に入っていく。

「メイちゃん、ごめんね。ちょっと席を外してもらえるかしら」

 お茶を飲んでいた女の子は、分かりました、と言って、ペットボトルを鞄に入れて、俺たちに頭を下げて出て行った。

「さて、と」

 椅子に腰掛けた彼女は、俺たちの方を見て、どうぞ掛けてください、と促した。

 俺とみこは、顔を見合わせてから、彼女の前に座った。

「もう一度、改めて、自己紹介させてもらうわね。私が生徒会長の有馬雫(ありましずく)です。入学式の時にスピーチをさせてもらったけど、覚えていらっしゃるかしら?」

 俺が観覧車の中で、彼女のことを何処かで見たような気がしたのは、そのせいだったのか。入学式の時は、彼女の言葉を聞き流していたが、記憶の片隅に残っていたのだろう。

「お二人は、先日の女子生徒の事件について話を聞きに来たのでしょう?」

 何故か、彼女は俺たちの用件を知っていた。

「私が一方的に話をするのも、不自然ね。お訊きになりたいことがあれば、何なりと訊いてくださいね」

 彼女のペースに流されていた俺は、話を切り出してみた。

「率直にお伺いしますが、先日の草薙さんの事件に、あなたは関わっていらっしゃいますか?」

 有馬さんは、溜め息をついて、

「関係者ではあるわね。あっ、そうそう、この会話や話の内容は他言無用でお願いできるかしら」

 分かりました、と言う俺に、

花恋(かれん)ちゃんは、私が個人的に、趣味であり、ライフワークでもあるところの魔術を教えていたの。勿論、他の人には内緒でね」

 まるで、みこのようだな。みこの場合は、布教がライフワークだが。

「はっきり言っておくけど」

 有馬さんは、そう前置きして、

「彼女にあなた方お二人の命を狙わせたのは、私です。あの()には何の落ち度もないの。彼女は私の指示に従って動いていただけ。それは彼女の名誉の為に言わせてくださいね」

 有馬さんは言葉を継ぐ。

「私は、お二人を危険な目に遭わせようとしました。でも、それは仕方の無いことなの。私も、あなたがたに、この世から消え去ってもらうことは望んでいなかった。花恋ちゃんは、まだまだ、ひよっこだったし。万一の時には、私が介入して阻止するつもりだったの。信じてもらえますか」

 そういえば、俺たちと話をしている生徒会長の姓は“有馬”だし、宗教学研究会の副部長のあいつの姓も“有馬”だな。だが、二人は学年が同じだから、兄妹関係でもないだろう。いや、新学期は四月で始まるから、血縁関係がないとも言い切れないか。

「どうして俺たちの命を狙うような真似を?」

 それは、と、有馬さんは言う。

「ある人物に探りを入れてみたかった、としか言えないわ。説明が不十分で申し訳ないのだけれど、今はこれ以上は訊かないでほしいの」

 随分勝手な言い分だな、と思わないでもなかったが、その点は目を瞑った。

「では、生徒会長さんは草薙さんを死に追いやった真犯人をご存じですか?」

 俺は真っ正面から、そう問いただした。

 有馬さんはしばらく、俺を見ていたが、

「分からないわ。心当たりはあるのだけれど、それは信じたくないことなの」

 彼女は少しの間、目を閉じていたが、

「人間、誰しも信じたくないことの一つや二つ、抱えているものではないかしら。だから、私はそれを口にしたくはないし、あなた方にも申し訳ないけど、訊いてほしくないの」

 しばしの沈黙が降りる。

「魔術の中に、誰かを意のままに操る類いの術はあるのでしょうか?」

 黙って聞いていた、みこが問う。

「あるわ。とても高度な術で、世界各地で密かに魔術師を志している者なら、是非とも習得したい魔法みたいなもの、それは確かに存在するの」

 有馬さんは続ける。

「でも、それは難度が高くて。熟練の魔術師でも行使すると、被術者に不安定な挙動をもたらすことすらあるくらいだから、何度も繰り返し練習する必要があるわ。一度、成功したからといって、完全に自家薬籠中(じかやくろうちゆう)のものになるとは限らないの」

まさか。

 俺は訊ねる。

「ちょっと前の三年生の女の子、そして今回の草薙さんも、その練習台にさせられた可能性はありますか?」

「そうね」

 有馬さんは言う。

「私は多分、そうじゃないかと考えているの。どうして、犯人が女の子ばかり狙ったのか、その理由は分からないけど、おそらく、見沢くんの読み通り、その線は濃厚だわ」

 花恋が、あの花恋がそんなくだらない魔術師の実験道具のように扱われた挙げ句、殺されてしまったというのか。

「許せない!」

 俺は自然と大きな声になっていた。

「そんな身勝手な奴は、俺は絶対に許さない!」

 怒りで頭がどうかなりそうだった。今にでも、そいつを探し出して、首根っこを引っ捕まえて、殴り殺してやりたかった。

「見沢くん」

 有馬さんは言う。

「酷な言い方だけど、犯人はかなり高度な魔術の使い手だと思うの。今のあなたが、その義侠心に駆られて、闇雲に闘いを挑んだとしても、あなたの勝ち目はほとんど無いわ」

 では、どうすればいいんだ?

「それに」

 と、有馬さんが言う。

「今は、あなたが行動を起こすべき時ではないの。私はもっぱら星々の運行から、未来を予測することが多いのだけれど、まだ時が満ちていないの。どうか、自重してください。あなたまで犠牲者になったら、残されたみこさんの悲しみは如何ほどのものか、考えたことがありますか?」

 俺は肩を落とした。

 俺には、どうすることもできないというのか……。

「考えたくはありませんが、三人目の飛び降り事件も起こるのでしょうか? もし、そうなら、それを未然に阻止することは出来ないものなのでしょうか?」

 みこが訊ねる。有馬さんは、

「難しい話ね。でも、あなたたちが、せめて花恋ちゃんのような悲劇を避けたいと思っているのなら、上手くいくかどうか分からないけど、やってみる価値はあるかもしれないわ。多少リスクは伴うけど、その覚悟はおありですか?」

 俺たちは頷いた。

「分かりました。じゃあ、電話番号を交換しておきましょう。私にその予測が可能だったらお知らせします」



 めぐみの言うように、志樹高校(うち)の生徒会長、有馬雫はおそらく犯人ではないのだろう。先ほど話をしてみて、彼女は悪巧みをするタイプではない気がした。

 となると、やはり怪しいのは、宗教学研究会の方の“有馬”しか思い付かない。

 俺たちはその足で、部室までやってきた。

「失礼します」

 部室には有馬の姿はなかったが、代わりに霧島(きりしま)さんが、西の窓の外を眺めていた。

 彼女はブルーのTシャツの上に、黒を基調とした花柄の入ったワンピースをレイヤードした格好をしていた。霧島さんなりの衣替えだろうか。

「あら、いらっしゃい」

 霧島さんは、俺たちの方を向いて微笑んだ。

「霧島さん。有馬先輩はいらっしゃらないのですか?」

「ええ」

 そう答えて、また彼女は窓の外、天音(あまね)市の街並みを眺めている。

 俺たちはテーブルの上に、鞄などを置いて、霧島さんの傍まで来た。

「ねえ、見沢くん。ここら辺一体は昔、B―29の爆撃を受けたそうなの」 

「そうなんですか」

 そんな話を俺も中学校時代に学校で聞いたことがある。

焼夷弾(しよういだん)が雨あられと降ってきてね、皆、死んでしまったわ。友軍の警報が鳴ると、皆、防空壕へと急ぐのだけど、間に合わない子もいてね、爆風で手足が吹き飛んでしまったものよ。半分身体のない人も見かけたけど、私は何とも思わなかった。そんな余裕はなかったから」

 霧島さんはそんなことを言って、

「でも、私にもその時が来たわ。私は下の弟や妹をかばって……」

 霧島さんはいつしか、涙声になっていた。

「私、何を話してるのかしら。今更、こんなことを言っても仕方ないのに。でも、終戦間際に死んでいった人たち、その人たちにも幸せになりたい気持ちはあったのよ。今の子たちと同じように、いえ、それ以上に勉強したかったし、できれば遊んでみたい気持ちもあったわ。その子たちが、もし生きていたのなら、きっと私みたいにお洒落な服を着て高校で学びたかったと思うの」

 俺は黙って、霧島さんの独白を聞いていた。

「生きていたいって思ってはいけないのかしら。自分の死を受け入れないといけないものなのかしら。たとえ魔術を使ってでも、この世に存在し続けたいと思ってはいけないかしら」

 俺は何も言えなかった。

「ごめんね」

 霧島さんは、俺とみこを見て言った。

「変な話をしてしまったわ。忘れてくれる?」

 彼女は、再び窓の外を眺めた。そして、悪いけど、今は一人にしてください、そう言った。

 俺とみこは、霧島さんを残して部室を去ることにした。



 それから黙って、実習棟の廊下を歩いていた。

「悠一さん、さっきの、霧島先輩のことなのですが……」

 みこが言う。俺はそれを遮った。

「別にいいじゃないか。誰でも感傷的になるときはあるさ。俺たちがとやかく言うべきじゃない」

 みこは腑に落ちない顔をした。

 霧島さんのことは、そっとしておこう。

 俺はそう思った。

 彼女が何であれ、霧島さんには変わりない。それだけのことだ。

 俺は花恋のことを考えた。そういえば、彼女に花を手向けてすらいない。

「ちょっと、2―Cの教室に行ってみようか」

 俺たちは教室棟へと渡って、階段を登る。二年生の教室が並ぶ廊下まで来た。放課後を過ぎて時間が経っているせいか、残っている生徒もまばらだ。

 2―Cのクラスを覗いてみる。花恋の席の上に、花瓶に生けられた淡い赤色の蓮華草(れんげそう)が飾ってあった。

 俺たちは机の傍まで来て、その花を眺めた。

「花恋は本当に亡くなったんだな」

「ええ……」

 俺は目を閉じて、手を合わせた。

 花恋、仇は必ずとってやるからな。安心して眠ってくれ。

「見沢くん」

 不意に自分の名を呼ばれた。俺は目を開けて、声の主を見た。宗教学研究会の方の“有馬”だった。

「君はいつから二年生になったのです? 最近、よくこの階で見かけますが。その女の子とあなたは知り合いだったのですか?」

 有馬は教室の入り口で、無表情な顔でそう言った。

「知り合いじゃない。大切な人だった」

 俺は有馬を警戒しながら答えた。

 そうだったんですか、と有馬は大して興味を示さない声で、

「それより、この前は話の途中でした。見沢くんに時間があるのでしたら、誤解を解いておこうと思っているのですが、どうです? お付き合い願えますか」

「分かりました、いいですよ」

 俺の言葉に、彼は、

「ついてきてください」

 有馬はそう言うと、廊下へと姿を消した。

俺はみこと頷き合うと、有馬の後ろを歩いて行った。



 有馬が案内した場所は、教室棟と実習棟を繋ぐ、中庭回廊だった。

「ここなら、誰も来ないでしょう。皆さん、この場所を避けますから」

 確かに有馬の言うとおりだった。何しろ、ここは飛び降りた生徒たちが、この世を去って行った場所に、一番近いのだから。

 花恋も、この付近で……。

 いや、ダメだ。情に流されるのは、もう止めよう。

「さて、見沢くん」

 有馬は、そう前置きをして、

「君は僕のことを疑っていると思います。僕はタロットカードを使って占いをしますし、魔術について、個人的に研究している身ですから」

 有馬は回廊の柵にもたれ掛かって、

「ですが、僕は自分の力を(いたずら)に誇示する趣味はありません。そして、僕が魔術を学んでいるのは、人を殺める為ではなく、活かす為です」

「有馬先輩」

 俺は言った。

「その根拠を示してくださいませんか。口ではどうにでも言えますよ。何か説得力のある証拠みたいなものはないんですか」

 有馬は俺を見て、

「魔術は痕跡を残さない、証拠を残さないのが定石です。派手な呪文を使うという(やから)はその辺のことを理解していません。魔術は秘術にして、深遠なるもの。魔術師には品格というものがあります。呪文使いとは違います」

(けむ)に巻く議論は止めてください。あなたが、あの三年生や、草薙という女の子を死に追いやっていないという根拠をお願いします。そうでないなら、信じろという方が無理だとは思いませんか」

 有馬は俺を見て微笑んだ。嫌な笑い方だ。

「では、もう一人の“有馬”さんについては、どう思っているのですか? 生徒会長の方ですよ。彼女が、その実、あなたを丸め込んでいると何故思わないのですか? 彼女にも魔術の心得が有り、あの草薙という少女を使って、あなたを襲わせたことに関しては?」

 有馬は続ける。

「草薙という少女が意を翻したので、有馬雫は邪魔になった彼女を消した。辻褄(つじつま)が合いませんか。あなたが彼女に全幅(ぜんぷく)の信頼を置くことの方が、僕には不思議に思いますが」 

 一瞬言葉に詰まらなかったといえば嘘になる。しかし、俺は自分の直感を信じた。

「有馬先輩の言うとおり、辻褄は合うかもしれません。ですが、彼女はそんなことをするような人には見えませんでした」

 有馬は笑った。

「見沢くん、君は何も分かっていない。魔術を志すものが、他人を(あざむ)けないようで、どうするというのです? 話になりません。実を虚と為し、虚を実とする。魔術の基本中の基本ではないですか」

 そう言うと続けて、

「彼女の柔らかそうな物腰に騙されてはいけません。以前、中世の魔女狩りの話をしましたね。あれはほとんどが政治的に、また、自分にとって都合の悪い人物を、魔女という名の罠に掛けて、公然と私怨を晴らす為に行われたものです。真に魔術の心得のある者は、巧みに生き延びたんです。そして、現代のこの世界に、その血脈を残しているのです。有馬雫もその惨禍をくぐり抜けたクチでしょう」

 有馬は俺に言った。

「彼女を信じていると、あなた、あの少女たちの二の舞になりますよ。これは良き友としての忠告です。僕と、あの“有馬”。そのどちらを信じるのかで、あなたの命運が別れます。御国(みくに)さんは彼女がマークしている人物です。恋人の為を思うのなら、あなたは思慮のある考え方をするべきです。これ以上はもう何も言いません。くれぐれもあとで後悔することのないよう、判断してください」

 そう言い残すと、有馬は去って行った。

「悠一さん、有馬先輩のことをどう思いましたか? わたくしは、正直よく分からなくなりました。生徒会長さんを信じるべきでしょうか、それとも、あの先輩でしょうか」

 みこの言葉に、俺は言った。

「あいつは詭弁(きべん)を弄しただけじゃないか。聞くに値する内容なんかなかった」

 そうは言ったが、俺は、生徒会長の方も警戒するべきかもしれない、とも思った。どちらも怪しいのだ。魔術師を目指している時点で怪しいのだが、普通の人間とは判断すべき材料や基準が通用しない、厄介な連中には違いなかった。



 その夜。

 俺はベッドに横になって、スマートフォンの画面を眺めていた。

 指先で電話の連絡先をスクロールしてみる。

『草薙花恋 080―XXXX―XXXX』……。

 花恋と交換した番号だ。一瞬、かけてみようかと思ったが、止めておいた。

 彼女の携帯も、地面に叩き付けられ、粉々になったに違いない。

「俺も未練がましい奴だな」

 そうため息をついて、携帯を持っていた手をベッドの上に横たえた。目を閉じる。

 壁に掛かった時計だけが、静かに時を刻む音を響かせていた。

 もう午前一時近い。物思いに耽っていた俺も、さすがに、そろそろ寝ないといけないと思って、枕もとにスマートフォンを置くと、天井の照明を消そうと、リモコンに手をかけた。

 その時、電話の着信音が鳴った。

 誰だ、こんな夜更けに。イタズラ電話か?

 俺は枕もとのスマートフォンに再び手を伸ばして、画面を見る。

 『着信 有馬雫』と表示されていた。

 俺は跳ね起きた。もしかしたら、また誰かが操られて、飛び降りようとしているのか?

 慌てて、画面をタップした。

「もしもし、私です、雫です。真夜中に申し訳ありません。ですが、緊急事態なので電話させていただきました。窓の外を見てくださいますか」

 俺は急いで、部屋の窓を開けた。

 暗がりでよく分からないが、人影があった。

「……それにしても、あなたも馬鹿な人ね。私、いよいよ御国みこさんを、次のターゲットに選んだわ。果たして、あなたに止められるかしら? 健闘を祈ってるわ……ふふっ」

 電話は切れた。

 何だ? 今の電話は? 口調が急に変わったが……?

 しかし、そんなことを考えている時間はないようだ。

 みこの身の安全を確保しなくては!

 俺は着の身着のまま、玄関を飛び出した。

 と、玄関先には、有馬雫本人の姿があった。彼女は黒ローブをまとっているようだ。夜陰のせいで、その姿はよく分からない。

「こんな夜更けに、こんばんは、そして、ごめんなさいね。でも、御国さんを練習台にするのも、一興かと思ったから」

「みこは何処にいる! あんた、何を考えているんだ!」

「さあ、何を考えているのでしょう? みこさんなら、すでに中央橋の方へ自分から歩いて向かったわ」

 雫はキラリと夜の暗がりでも光る緑の珠をちらつかせる。昨日、初めて彼女と会った時にも身に付けていた代物だ。

「見沢くん、これを見て。これはね」

 雫はそう前置きすると、

「有馬家に代々伝わる『魔力の泉』と呼ばれている物よ。これさえあれば、いかに聖霊に守られている御国さんでも、その力を打ち破ることが出来るの。さあ、彼女は、どんな最期を遂げるのかしら?」

 俺は雫に飛びかかった。が、彼女が右手を持ち上げただけで、俺は吹き飛ばされ、家を囲んでいるコンクリートの外壁に叩き付けられた。

「私が授けた力で、あなたに何が出来るというの? 馬鹿な人ね。せいぜい、追い掛けてきなさいな」

 雫はそう言い残すと、悠然と中央橋の方へと歩いて行く。

 俺は痛む身体に鞭打って、立ち上がった。

 あの女の思うとおりにさせてたまるか!

「うおおおおっ!」

 俺は猛然と雫を追い掛ける。

「うるさい人ね。近所迷惑もよく考えてみなさい」

 雫は何やら呪文を唱えた。

「『静寂結界(サイレント・フィールド)』! これでよし、と。いくらあなたが喚いても、誰にも聞こえたりしないわ」

「黙れ、このクソ女!」

 俺は雫めがけて、拳を振った。しかし、その拳は彼女の目の前で何か堅いものにぶつかり、俺は激痛を味わった。

「馬鹿ね。高位魔術師の周囲には物理攻撃を防ぐ、シールドがあることも知らなかった? 少しは勉強しなさい」

 雫はせせら笑った。そして、ふらふらと歩き続ける、みこの隣に並んだ。

「さあ、御国さん、あなたの脳漿(のうしよう)が飛び散るところを見せてくれるかしら? あの花恋ちゃんみたいにね」

 くそっ!

 このまま、みすみす、みこを死なせてたまるか!

 俺は再び立ち上がると、雫を追い掛ける。雫は面倒くさそうに、片手で俺を吹き飛ばしては、薄ら笑いを浮かべる。

そんなことを何度も繰り返しただろうか。

 ついに、みこは中央橋まで辿り着いてしまった。

「飛び降りてみて、御国さん。あなたの最愛の人の前でね」

 みこは、うつろな目で頷いた。

 こんなに簡単に、みこは死んでしまうのか? 魔術師というものは、こんなにも強大な力を持っていて、そして、俺はこんなにも無力なのか?

「ねえ、悔しい? ふふっ」

 雫は妖しげな笑みを浮かべる。

「そうね……このまま、ここで御国さんに死んでもらってもいいのだけれど」

 雫は、少し考えているようだったが、

「それじゃあ、今まで通りの”志樹高校連続女子学生飛び降り事件”のカウントに入らなくて、つまらなくもあるわね……じゃあ、こうしましょうか」

 雫は、息も絶え絶えな俺を見ると、地面を指さした。

「見沢くん、土下座してくださいな。そうしたら、今回だけは見逃してあげるわ。御国さんの命と、あなたのプライド、どっちが大切かしらね」

 傲然とそう言い放つ、雫。

「ふざけるな! 俺はたとえ死んでも、お前に頭など下げるか!」

 俺は激情に駆られて、そう叫んだ。

「あら、そうなの? 御国さんに死んでほしいわけ? 気の毒な彼女。つまらない男の、つまらない意地のために、芳紀まさに十六歳で命を絶つなんて、本当に可哀想」

 雫は肩をすぼめて見せた。

「さあ、早く土下座しなさい。自分の弱さ、醜さ、卑小さを、私に教えてくださいな。御国さんが可愛いのなら、認められるわよね。自分の価値の無さを」

 くっ……!

 俺は怒りでどうにかなりそうだったが、大切な、みこを死なせるわけにはいかない。

 結局、俺は土下座するしかなかった。

 その頭上に。

 雫の足裏が乗っかった。

「哀れな男ね……こんな無様な姿を晒して、恥ずかしくないわけ? 本当に滑稽だわ」

 俺は今にも、この女に飛びかかって殺してしまいたかった。

 しかし、それは出来なかった。

 今の俺は、彼女に指一本触れることが出来ないのだ!

 掠り傷一つ負わせてやることも出来ないのだ!

 なんたる、無念なことか……!

「私に仕返しをしたいのなら」

 雫は言った。

「明日、土曜の図書館。閉館後に待っていてあげるわ。そこで決着を付けましょう。まあ、勝ち目など、あなたたちには、万に一つもないのだけれど」

 そして続ける。

「あの花恋ちゃんを、あなたをダシにして呼び出して、屋上から突き落としたように、あなたたちにも仲良く死んでもらうわ。今から楽しみですこと」

 ふっと、頭上の重みが消えた。

 見上げると、雫の姿は何処にもなかった。

 そして、みこが、

「あれ、どうして、わたくし……こんなところに? ゆ、悠一さんっ、どうしたんですか、そんなに傷だらけで!」

 そう言って、俺を抱きしめてきた。



 昨夜は身体の痛みや、雫に対して怒り心頭だった俺は、ろくに眠れもしなかった。

 しかし、私立である志樹高校の土曜日は休みではなく、午前中にも授業があった。

 俺は、親や姉のめぐみに不審がられないよう登校した。が、

 有馬雫、お前だけは絶対に許さない!

 俺は学校の先生の言葉など耳に入らなかった。

 やはり、雫は俺たちを裏切っていた。

 昨夜は、みこを危険な目に遭わせただけではなく、入学したての頃に、三年生の女生徒、そして花恋にまで、あの女は手に掛けやがった。

 やがて、手短なショートホームルームがおわると、みこを連れて、生徒会室まで足を運んだ。

 今日の閉館後の図書館、すなわち、午後十時を回ったあの洋館で、あの女と決着を付けることになっている。

 しかし、そんな悠長に待っている気など、俺には更々なかった。

 一刻も早く、あの女の息の根を止めてやる!

 生徒会室の『休憩中』の札が下がっていないことを確かめると、俺はノックもせずに、ドアを開けた。

 中には、あの有馬雫が一人きりだった。ペットボトル入りのお茶と一緒に、ポリポリと呑気に煎餅を食べている最中だった。

 そのふざけた態度に、俺の堪忍袋の緒が切れた。

「まあ、いらっしゃい。今日はどんな御用向きかしら?」

 そう微笑む雫に近づくと、いきなり彼女を突き飛ばした。雫は派手に転倒し、椅子から床に叩き付けられた。

 ざまあみろ! しかし、こんな程度で許されると思うなよ!

 俺は、そのまま馬乗りになって殴りつけるつもりだったが、みこが俺の右手を両手で掴んで必死になって止める。

「悠一さん、止めてください! あなたが女性に暴力を振るう姿は見たくありません!」

 みこの制止の声と、雫の無抵抗ぶりに、俺はそれ以上拳を振るうことだけは止めることにした。

「有馬雫! 俺は人を殺したいと生まれて初めて思った。俺の気持ちがお前に分かるか? あれだけのことをしでかしておいて、分からないわけないよな! ああ、雫さんよ!」

「あたたっ……」

 雫は腰をさすりながら、立ち上がった。

「いきなり、何をするのかと思ったら……。私、あなたの機嫌を損ねるようなこと、したかしら?」

「ああ、したさ。身に覚えがないとは言わせないぞ!」

てっきり激しい報復が来るかと思っていたが、雫は至って冷静だった。

 彼女は再び、椅子に腰掛ける。

「どうやら、見沢くんの話を聞かなければいけないみたいね。随分と剣呑な目つきだけど、もし、私と話をして、それでも気が収まらなければ、好きにしなさい。さあ、あなたも席についてください」

「罠か?」

「何を言っているのか、分からないわ。話をしてみて、気に入らないことがあれば、あなたの好きにすればいいわ。私は抵抗しない。約束しましょう」

 俺は不承不承(ふしようぶしよう)、雫の前に腰掛ける。みこも隣に座った。

「昨日は随分可愛がってくれたんで、礼がしたいと思ってきた。この意味、分かるよな?」

「昨日? 昨日は穏やかな話し合いだったと思ったけど、何か気に障るようなことがあったら、謝るわ」

 俺は長机を叩いた。

「穏やかな話し合いだと? 俺やみこを、あんな目に遭わせてよくもそんなことが言えるな! 今夜、俺たちとケリを付ける気らしいが、ここで勝負してもいいんだぜ!」

 雫は合点がいかないという顔だ。

「今夜? ケリ? 私には何のことだか、分からないわ」

「とぼけるのもいい加減にしろ! 昨日の夜のこと、覚えていないわけないだろ!」

 雫の表情が、真剣なそれになる。

「まさかとは思うけど、私が昨夜、あなたたちに出会って、何かをした、というようなことがあったのかしら。もし、そうなら詳しく聞かせてほしいの。私は昨夜はいつも通り、家で眠っていただけよ。誰か、私の姿をして、あなたたちの前に現れた、ということなの?」

 俺は、雫の言葉に戸惑う。俺を(けむ)に巻こうとしているのか、それとも、昨日の雫は別人だったのか――?

 俺は念の為、昨夜の一部始終を語って聞かせた。みこを掠ったこと、俺を赤子の手を捻るように、痛めつけたこと、みこを中央橋から飛び降りるように仕向けたこと、俺に土下座という醜態を晒させたこと、花恋を殺したことをほのめかしたこと、今夜の図書館での決着のこと――。

 話を聞き終えた雫は、嘆息した。

「やはり、犯人は時雨だったか……」

 時雨とは、有馬時雨、宗教学研究会のもう一人の“有馬”のことだろう。

「それじゃあ、昨晩のあんたは、もう一人の魔術師を名乗っている男の方、と言いたい訳か?」

 雫は首を横に振る。

「本当は言いたくない。信じたくない。認めたくない……でも、そう認めないことには、それは仕方のないこと。あなたの言っている有馬時雨は、私の実の弟なのだから」

 俺は驚いた。みこも同じようだ。やはり早生まれと、遅生まれによるものだったか。

「正確には、そうじゃないわ」

 雫は言う。

「私と時雨はね……二卵性双生児なの。つまり、男と女の双子なのよ。一卵性と違って性別や姿形は違うけれど、同じ日に生まれた双子なの。似ているようで、違う姉弟(きようだい)なの。私たち有馬家は代々魔術師の流れをくむ眷族(けんぞく)の末裔として、この現代に生きているの。私には確かに魔術の心得があります。それは両親によって、長女である私に課せられた責務だったから。物心付いたときから、魔術というものの光と影を、否応なしに叩き込まれてきたの。でも、弟は、時雨は、そんな私を恨んでいるようなの。彼に言わせれば、ほんの数十秒あるかないかの差で先に生まれてきただけで、有馬家の魔術師としての継承権を、私が奪ったことになるのだから。彼は両親の英才教育は受けられなかったけど、自分自身の力で魔術を習得していったわ。その努力は私に遙かに勝ったもの……悲壮なまでのひたむきな努力」

 雫は胸元の鎖で繋がれた緑色の珠を、手のひらに乗せて見せた。

「これ、何だか分かるかしら? 有馬家に代々伝わる継承権の証、翡翠(ひすい)の宝玉、別名『魔力の泉』と呼ばれる物。こんな物のために、人の命を奪うようなことを、やはり、してしまっていたのね、あの子は……」

 雫の目は潤んでいた。泣いているのだろうか。

 それにしても、同じ家族でありながら、同じ家に住んでいながら、腹の探り合いをするなんて、俺とめぐみとは全く家庭環境が違うものだ。想像すらできない。二人は家の中でどんな生活を送っていたのだろうか。

「こんな物、無くなってしまえばいいのに。こんな物……」

 しかし、雫はそれを胸元に戻した。

「この宝玉は時雨には渡さないわ。渡せない。これを手にしたら、あの子は簡単に私の力を凌駕するでしょう。そうなったら、もう誰にも彼の暴走を止めることは出来ない」

 そして、雫は俺たちに頭を下げて、

「時雨の不始末は、私の不始末です。あなた方に、時雨が働いた失礼は、私が代わってお詫びをいたします。どうか許してください。あの子は本当は可哀想な、気の毒な子です」

 俺はそう言われては、何も言えなくなった。

 今の雫が、嘘をついているとは思えなかった。やはり、昨日の“雫”は“時雨”なのだろうか? 俺は混乱した。

「雫さん、あなたが俺を騙そうとしているのかどうか、よく分からない」

 雫は俯いたまま、何も言わない。

 みこが俺の袖を引っ張った。

「悠一さん、人を疑うのは良くないことです。相手の為だけではなく、自分の為にも良くありません」

 諭すようにそう言う。

「じゃあ条件がある。その大切な有馬家の宝玉とやらを預からせてもらおうか。そのお陰で、みこは昨日中央橋から飛び降りるかもしれなかったんだ。それを渡してくれるのなら、今のあんたを信じてもいい」

 雫は驚いたように目を見開いた。まさか俺がそんなことを要求してくるとは思ってもみなかったのだろう。しかし、

「それは、出来ない相談です」

 雫はそうきっぱりと言い切った。

「見沢くん、あなたは自分が何を言っているのか理解していません。この翡翠は、有馬家の大切な物。あなたが口を出すべき事柄ではないの。それに、万が一、これをあの子、時雨が手にするようなことがあってはいけません。そうなってしまったら、私の魔術師としての力は半減してしまい、時雨に対抗することが出来なくなります。酷な言い方ですが、あなたたちだけで彼を止めることが出来ますか?」

 俺はまた、何も言えなくなった。

 昨夜の一件で、自分の無力さは痛感している。

 しかし、この“雫”は信用に足るものなのか。また、再び俺たちを欺いているのではないだろうか。裏切ることはないと言い切れるのか――?

「信じて」

 雫は俺の目の中を覗き込むように見つめてくる。

「ただ、信じてください、としか言えません。私がどれほど言葉を並べても、疑っている見沢くんを説得できないと思うの。だから、私の目をよく見て。ただ、信じてほしいの」

「…………」

 しばらく逡巡したのち、俺は腹を括った。

「分かりました。あなたを信じてみましょう。俺も人を疑うようなことは正直辛い」

「ありがとう」

 雫は俺の前に手を伸ばして、

「私と見沢くんの友情のために」

 そう言って、微笑みかけてきた。俺はしっかりと彼女と握手を交わした。

「今夜、時雨と闘うのでしょう? 私も連れて行ってはくれませんか。私には、たとえ、実の弟を手に掛けてでも、時雨の間違いを正す義務があります。どうですか、見沢くん」

 俺は正直、あの時雨とまともに渡り合えるとは思えなかった。

 戦力は多い方がいい。

「分かりました」

「ありがとう」

 みこも口を挟んだ。

「わたくしもお供します。わたくしも草薙さんの敵討ちがしたい……。今まで、時雨さんの手によって命を落とされた方の分も。そしてこれ以上、犠牲者が出ないようにするためにも」

 俺はみこを制して言った。

「お前は、家で帰りを待っていてくれ」

 しかし、みこは怯まなかった。

「魔術なんて誰も信じたりする世の中ではありませんから、警察に相談するわけにもいきません。わたくしも信仰を持つ身として、邪な考えを持つ魔術師を見過ごすわけにはいかないのです」

 みこの口調はいつになく毅然としていた。

参ったな。みこは普段は大人しいが、一度物事を決めると、てこでも動かないことは俺が一番よく知っている。

「分かった。だが、時雨と闘うことより、自分の身を優先的に守れ。いいな」

 みこは頷いた。

 こうして、(さい)はついに投げられた。



「『解錠(アン・ロック)』!」

 午後十時を回った、志樹高校の図書館前で。

 雫さんは呪文を唱えて、施錠された大きな扉を開けた。

 俺は家のタンスから機敏に動きやすそうな、ボーダーTシャツにニットカーディガン、スキニーパンツとキャンバスシューズという格好で、みこは、ロゴ入りTシャツにロングカーディガンとショートパンツにスニーカーという身なりでやって来た。彼女はついでに、『布教台』であるところのミカン箱を背負っている。俺が、それは止めておけ、と言ったのだが、みこは、布教台は聖なる闘いに不可欠です、と言って聞かなかったので、それ以上はあえて何も言わなかった。

 雫さんは、あの悪夢の夜と同じ、黒い上下の衣の上に黒いローブを身に(まと)っている。何でも、魔力を高める効果があるとか。動きづらそうだが、仕方ないのだろう。その胸元には、例の『魔力の泉』という緑の翡翠。彼女は右手に銀製の杖を持っていて、先端には、不思議な瞳のような飾りが付いていた。

 俺が、いつも呪文の詠唱のため、小声で呟いている言葉は何ですか? と訊いてみると、古代エノク語、という返事が返ってきた。うーむ、分からない。

 図書館の内部に足を踏み入れる。当たり前だが、ほとんど真っ暗である。今夜は満月だったので、窓から月光が差しているだけだ。

「時雨、どこ?」

 雫さんが、暗闇に声を投げかける。

 すると、図書館中の明かりが付いた。俺たちは、目が眩みそうになった。

「雫も同伴ですか。いやはや、見沢くんも、両手に花で結構なことです」

 奥からブレザー姿の時雨が現れる。彼は左手に朱色の本を携えている。

「みこさん、こんばんは」

 時雨は、恭しく(うやうやしく)右手を胸の前に持って行き、会釈してみせる。

「今夜は美しい女性二人とも、一緒に闘える(おどれる)とは光栄です」

 雫さんは、杖を時雨の方へ突きつけた。

「時雨、確認させて。あなたがこの志樹高校で、女子生徒を操って教室棟の屋上から飛び降りをさせた、というのは事実かしら?」

 時雨は微笑む。

「事実ですが、それが何か? 僕に近づいてくる、煩い(モルモツト)どもを高尚な魔術の為に捧げてやったのです。それがお気に召しませんか、雫」

 そうなの、と、雫さんは溜め息をついた。

「ならば、有馬家の面汚しである、あなたを倒す――、いえ、本音を言いましょう、抹殺しなくてはなりません!」

 時雨は笑っていた。

「そんなことが、あなたに出来ますか? 有馬家の秘宝なしでは、ただの呪文使い程度の力量しか無い、雫姉さんに。道具の力を借りなければ、魔術師として成立しない、ただの女に」

 雫さんは、今一度語りかけた。

「時雨、魔術師とは品格のある賢者でなければならない、という言葉を覚えていますか? あなたはそれを忘れてしまったの? もう一度思い出してみない? ねえ、もし、あなたがその言葉を吟味し、受け入れるのなら、亡くなってしまった生徒さんたちには、顔向けできないけれど、あなたを不問に付すつもりでいます。これは弱い情けだけれど、あなたが心の底から悔い改めるなら……」

 時雨は雫さんの言葉を遮った。

「弱者が強者に何を語るつもりです? 不問に付す、などと上から目線で、いつも僕を見ていたあなたには我慢できない。有馬家の後継者は実力で決めるべきこと。無能な雫姉さんに、これ以上の指図、傲慢不遜な考え方をひけらかすような真似は止めていただきたい! 何か遺言があるのなら、承り(うけたまわり)ましょう。これは有馬家次期当主としての温情です」

 雫さんは涙声で、

「もういいわ、時雨。私があなたを罪から解放してあげます……。魔法では、人の心は変えられない。私にはあなたの頑なな(かたくなな)心を変えることは出来ないけれど、せめて、この手で、あなたを冥府送りにしてあげる!」

 時雨はせせら笑った。

「出来るものなら、やってみるがいい! 出でよ、レギオン!」

 時雨は左手に持っていた、朱色の本を宙に向けて開いた。禍々しい叫び声がして、本の中から、青白く光る巨大な塊が出現する。さまざまな人間の憎悪や悲哀、侮蔑、嫉妬、高慢――それらの顔が浮かんでは消え、球体を形成していた。その叫び声の集合は、精神に直接響いてきて、頭がどうかなりそうになる。

「危険よ! 下がって!」

 雫さんはそう言うと、素早く呪文を唱える。

「『絶対防御布陣(アブソ・セキュア・フィー)』!」

 俺たちの周りに、白線が描かれ六芒星が出現する。俺は思った。ああ、ついに始まったか。人生でおそらく最後のファンタジー世界が!

 レギオン、という名の悪霊の集合体は一斉に咆哮した。

 激しい暴風が俺たちを襲ってくる。乱気流のため、図書館中の書籍が舞い上がる。が、六芒星の中にいる、俺とみこの周りだけは何事も起こらない。微風すら吹いてこなかった。

「その魔法陣から決して出ないで!」

 向かい風に襲われながらも、雫さんはそう叫ぶと、続けざまに呪文を完成させる。

「『氷衝裂波(ブリザ・ウェイヴ)』!」

 雫さんが杖を振るうと、更に暴風が吹き荒れる。時雨とレギオン目掛けて、氷の柱が屹立(きつりつ)していく。

 何かで読んだことがあるな、確か、大気を強制的に霧散させ、真空へと変えることによって、空気の密度が下がると共に、温度も急激に氷点下になる、と。

 戦闘の蚊帳の外の俺は、ぼんやりとそんなことを思った。ふと気づく。これはいけない流れだ。いつの間にか、俺は魔法の解説員に成り下がっているではないか。

 雫さんの氷結魔法に、レギオンはかなりダメージを受けたようだ。一方の時雨は、それをあっさり片手で受け止めた。彼は吼える。

「雫! お前の力はその程度か! 『雷撃衝界(サンダ・アサト・フィー)』!」

 これは、大気中の電子を……と、そこで、俺は考えるのを止めた。もう、勝手にしてくれ!

 激しい電流が図書館中に六角形のハニカム構造を形成した。次々と舞い上がっていた書籍が燃え上がり、炎の塊となって落下してくる。

 魔法陣に守られている俺たちは、何でも無いが、雫さんは電撃の直撃を受ける。

「……くっ!」

 膝をつく、雫さんだったが、杖を床に付くと、

「『臨界魔力増幅(アルテ・マジック・アンフ)』!」

 彼女の姿が光り輝く。どうやら、雫さんは最後の勝負に出るらしい。

「ははっ! 雫! お前が何をやっても無駄だ! 死期を早めたぞ!」

 時雨は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で哄笑している。

「黙りなさい! 『絶対零度衝(アブソ・ゼロ)』!」

「させるか! 『絶対魔法防御壁(アンチ・マジック・シールド)』!」

 図書館中の音が止んだ。そして、次の瞬間、レギオンは粉々に砕け散った。

 一方の時雨は、両手で雫さんの魔法を防ぎ切っていた。

 おそらく、雫さんは氷結魔法の最高峰を放ち、時雨はそれを打ち消したようだ。

「……何故?」

 雫さんは、ゆっくりと静かに倒れた。

 俺たちを守っていた六芒星の魔法陣も消滅していく。

「雫、残念だった。今のお前の力では、最初から勝負は決まっていた」

 時雨は雫さんの傍まで歩み寄ると、彼女の首を持ち上げた。そして、翡翠の珠、『魔力の泉』が繋がった鎖を持ち上げる。自然、雫さんの首が絞まる。

「く、苦し……い……」

 雫さんは鎖で身体を持ち上げられ、鎖に爪を立てて、もがいている。

「雫姉さん、せめてもの情けです。絞首が一番楽な死に方ですから」

 時雨は非情な顔つきで、煩悶する雫さんを見つめている。

 その時、俺は閃いた。もしかしたら……!

「もう、止めてください! 雫さんが死んでしまいます!」

 みこが叫ぶが、時雨は意にも返さない。

「ちょっと、みこ、その背中の布教台を貸してくれ!」

 俺の言葉に、みこは、

「何を言っているんですか、悠一さん! 今はそんな場合じゃ……!」

「いいから、早く!」

 俺は、渋るみこから、布教台を受け取った。ただの木製のミカン箱だ。外見はな。

「時雨、これでも食らえ!」

 俺はその布教台を時雨目掛けて、ぶん投げた。

 時雨はそれを見て、

「こんな木箱で」

 そう、言葉を発するのも面倒くさそうに言っただけだった。しかし、

――パリンッ!

 雫さんに繋がれていた『魔力の泉』は砕け散った。ついでにミカン箱も粉々になる。

 雫さんの身体は床に落ちて、彼女は咳き込んでいる。

「……な? 何故だ! どうして、こんな馬鹿なことが……!」

 動揺する時雨。

「いつぞや、お前が言っていた現象だよ。熱したガラスに冷水を掛けると割れる。電流のプラス、マイナスが接触すると豆電球が光ったりする。だったら、『魔』の象徴である、その翡翠の宝玉と、みこの家に代々伝わってきた『聖』の象徴である布教台。その二つが接触すれば、何かエネルギー反応が起こるかと思ったんだが、どうやらビンゴだったらしい」

 時雨は呆然としていたが、やがて、彼の身体が動き出した。

「な、何が起こっているんです? 僕の身体が勝手に……」

 時雨は、崩れかけの図書館の階段に足を掛けた。

「見沢! お前、僕に何をした! 身体の自由が利かない……!」

(よくも、私たちを……!)

(無理矢理、屋上から飛び降りさせて……!)

(この恨み、晴らさせてもらうわよ……!)

 少女たちの亡霊が出現した。彼女たちは、時雨の周りを取り囲んでいる。

「お、お前たちは、僕が実験に使った、モルモット……!」

 時雨はいつもの平静さを失い、狂乱状態だ。

(この日が来るのを、ずっと待っていたわ……!)

(あんたも、同じ苦しみを味わうがいい……!)

「や、やめろ! 何をするつもりだ、お前ら……!」

 時雨は、最上階の三階まで登り詰めた。彼の足はゆっくりと割れた窓ガラスの開口部へと近づいていく。

「ま、待て! 話せば分かる! あれは魔術の発展のために必要なことだったんだ!」

(あたしたちの、未来を奪った代償を払ってもらうからね……!)

 時雨の足が窓ガラスを超えようとしていた。

「た、助けてくれ! 僕は、まだ死にたくない! 死にたくないんだ!」

(私たちも同じことを考えたわ……あなたも同じ運命を辿るがいい……)

「や、やめろーっ!」

 時雨の身体は窓ガラスを超えた。しばらくして、

――バンッ!

 衝撃音が地面から伝わってきた。

「終わった……何もかも」

 俺はそう言うと、みこと一緒に、雫さんの方へと駆けた。

「大丈夫ですか、雫さん!」

「……ゴホッ! だ、大丈夫。少し、意識が遠のいただけで、済んだから……」

 雫さんの肩を、俺は支えて立ち上がらせた。

 まだ、ふらついている。

「時雨は? あの子はどうしたの……?」

「彼は、今まで魔術の為と称して、屋上から飛び降りさせられた女の子たちの幽霊が報復して、亡くなったようです」

 俺の言葉に、そう、と雫さんは言った。

「仕方ないことよね。自業自得だもの。時雨も可哀想だけど、あの子に殺された、何の罪もない女の子たちの方が可哀想だもの」

 ここに長居は無用だ。

 何しろ、図書館はほとんど崩壊状態だ。すぐに警察が来るだろう。

 俺たちは図書館から出ようと、扉へと向かった。

 しかし、人影が現れた。

 ブレザー姿の霧島先輩だった。彼女は言った。

「ちょっと、待ちなさいよ、ゆうぴょん」


エピローグ


 霧島先輩は、俺のことをいつも、『見沢くん』と呼んでいた。

 しかし、今の彼女は『ゆうぴょん』と呼ぶ。しかも、花恋の声で。

「花恋……なのか?」

「そうよ。私よ! 文句あるの?」

 いや、でも、霧島さんじゃないのか? 何処から、どう見ても、霧島さやかだ。

「私が説明するわ、見沢くん」

 今度は霧島さんの声に戻った。

「私ね、あなたも気づいていたかもしれないけど、この学校の生徒ではないのよ。今から約七十年前に死んだ女の子なの。あなたと宗教学研究会の、部室で初めて出会ったときから、そうだったわ」

 霧島さんはそう言うと、

「私は、宗教学研究会のことを紹介する時に、あなたに言ったわよね。この部活は人がどうすれば救われるかを考察する場所だって。それは、私も同じ。私も救われたかったから。おかしいでしょ? 笑っちゃうわよね。幽霊も部員のうち、なんて、言っていた私自身が単に部活に参加しようとしない部員じゃなくて、本当の意味で、幽霊部員だったなんて」

 俺はかぶりを振った。

「私ね、有馬くんの魔術の力を借りて、この世に存在し続けてきたわ。でもそれも、もうお仕舞い。彼、亡くなってしまってこの世にいないから。私もすぐに消滅するでしょう。あっ、そうそう。私は有馬くんに操られて死んだんじゃなくて、終戦間際に米軍の爆撃を受けて死んだのよ。そこは間違わないで」

 霧島さんは続ける。

「それでね、最後に、あなたと草薙さんを会わせたいと思って。多分、これが私に出来る最後の仕事みたいなものだから。宗教学研究会の部長としての最後の仕事。それじゃあ、残されている時間もあまりないし、草薙さんに私の身体を貸すわね。ちゃんと彼女にお別れするのよ。いい?」

 霧島さんの声が、花恋の声に変わった。

「ゆうぴょん、あんた、情報を聞き出すために、私が好きな素振りをして、もてあそんでくれたみたいね!」

 うっ……。

 そこまで把握されていたのか。さすが、幽霊なだけあるな。

「もう、信じらんない! 純な乙女をたぶらかすなんて!」

 俺は返す言葉もない。

「本当だったら、雫さまの暗殺命令の続きをするところよ。でも、許してあげるわ。私の寛容な心に感謝しなさいよね!」

 そういって、ぷいと横を見る花恋。

「でも、折角、霧島さんとかいう人の身体を借りてるんだから、この際はっきりさせるわ。ちょっと耳を貸して、ゆうぴょん」

 何だ、一体?

 俺は花恋の傍に行って、顔を近づけた。

「あのね……」

 チュッ。

「おわっ! いきなり何するんだ?」

 えへへ、と、花恋は目を擦っている。どうやら、泣いていたようだ。

「お別れのキスよ。ほっぺたぐらい、別にいいでしょ? 減るもんじゃないし」

 花恋は言う。

「ゆうぴょんが私のことで、あんなにも必死になってくれたお礼。ついでに胸も揉んでおく? 私のじゃないけど。ゆうぴょんは生真面目すぎるのよ。女の子の胸くらい、高校生のうちに触っておくのよ? いい? みこにゃんのでもいいからね!」

 それじゃあね、そう言って、花恋は手を振った。

 俺も手を振る。

「そろそろ時間みたい」

 霧島さんの声に戻った。

「本当に、今の戦争を知らない高校生は恵まれていることを忘れないでね。私がするべきではない魔術の力を借りてでも、あなたたちと同じような高校生活を送りたいと思っていたこと、忘れないで。今度こそ、成仏した方がいいのかしら? また、幽霊生活を続ける方法を考えようかしら? ああ、身体が透けていくみたい。そろそろお別れみたいね。じゃあ、お二人ともお幸せに」

 霧島さんは消え去った。

 俺はみこに耳を引っ張られた。

「痛た……何するんだ? みこ?」

「悠一さんは女性に気が多すぎます! 草薙さんにデレデレしすぎです! それに大切な布教台がこんな残骸になってしまうなんて、すごくショックです。あと、スペアが一つしか残っていないのに!」

 何だ、もう一つあるのか、あのミカン箱。

「B―29の爆撃にも耐えたのに、あんなに簡単に粉々になるなんて思ってもみなかったから、しょんぼりなのですよ」

「お取り込み中のところ、悪いけど」

 雫さんが言う。

「私の予感では、ここを五分以内に立ち去らないと、警察署まで連行される気がするの。そうなると面倒だわ。私の勘は結構当たるのよ」

 マズい、すっかり忘れていた。

 俺たちは遠くから聞こえてくる警察車両のサイレンをあとに、一目散に駆けていく。

 雫さんの的確な指示に従って、俺たちは逃走し続けた。

 みこではないが、最後は神頼みだった。



 数日後。

 俺は『何も知らない善良な一高校生』の仮面を付けて、学校生活を送っていた。警察は今でも捜査を続けているが、時雨の死体は発見されなかった。彼は学校に在籍すらしていないことになっていた。俺の知らないところで、有馬家が動いたらしかった。

「なあ、見沢。図書館の被害総額、知ってるか?」

「興味ない。聞きたくない。そんなことより、お前は彼女と上手くやっているのか?」

 横溝は嘆息する。

「あの女は過去の女さ。オレの真の価値を理解する女に出会うまで、旅を続けるさ」

「そうか、せいぜい頑張ってくれ」

 どうやら振られたらしい。

 ホームルームが終わったあとは、決まって、みこと宗教学研究会に訪れる。

「あら、いらっしゃい」

 霧島さんが、にこやかにテーブルの向こうから微笑んでくる。

 そして、その隣には草薙花恋の姿があった。

「また、勝手にわたくしたちの部室に入り込んだんですか! あなたは!」

 みこが、ぷんすか怒っている。

「私も今日付で、この部活の新入部員にしてもらったから。生徒会長の雫さま、公認でね!」

 花恋はそう言うと、俺の腕を取って、

「ねえ、ゆうぴょん。もうすぐ夏よね。プール行くよね? 海も行くよね? ちょっと早いけど、水着選ぶの手伝ってほしいと思って。今度の日曜日、一緒に来てほしいの。もちろん暇よね?」

 そう言って、俺に密着してくる。

 みこがまた怒り出す。

「悠一さんを、そんな誘惑だらけの場所に連れて行かないでください! 悠一さんは、わたくしと一緒に教会の奉仕活動をするんですから!」

 花恋は、みこを嘲笑うかのように、

「そんなお子ちゃまなことやってるから、みこにゃんには、いつまで経っても彼氏が出来ないのよ! ね? ゆうぴょん?」

「わたくしには、ちゃんといますから! 目の前にいますから!」

 みこがムキになる。

 花恋は肩をすくめてみせた。

「いくら気持ちだけを捧げてもねえ……。男をオトすには、カラダも使わないと。これだから、夢見がちな子供はダメなのよねえ」

「何ですって!」

 結局、霧島さんと花恋は、雫さんの魔術でこの世界に繋ぎ止められることになった。おまけに正式に学校に在籍していることになっているのだから、魔術というものは侮れないものだ。

「見沢くんも大変ね。でも、青春っていいものね」

 霧島さんが、にこやかに微笑んだ。

 俺の順風満帆な人生設計は、どうなることやら。

 しかし、今が楽しければ、それも悪くないのかもしれない。

 俺は、みこと花恋の応酬を見ながら、少しだけそう思うのだった。


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