思惑、そして始まり
ふいに思いつき執筆。
メイン小説があるので気紛れ更新致します。
「っ、はぁっ…………はぁ、はぁっ…………!」
走った。
ただ、ひたすらに男は走った。
純白の白衣は薄汚れてしまったし。
自らの妻が美しいと謳ってくれた美貌は見る影もなく成を潜めてしまったけれど。
男は、それでも構わなかった。
ただ男は守りたかった。
愛しい妻が残した忘れ形見を。
妻の唯一遺した愛しい形を。
だから逃げた。
ただ、ひたすらに。
なりふり構わず。
命を懸けて。
だが、この世というのは無情なものだ。
「見つけたぞ、博士」
「!」
「さぁ、こんなくだらない逃亡劇は終わりにしましょう」
男は、とうとう捕まってしまった。
左右はそびえ立つ建物の壁だし、背後も逃げ場のない行き止まりだ。
男にはもう逃げ場は残されていなかった。
複雑な構造の裏道に逃げ相手を巻くつもりだったのだが。
「…………かえって自分の首を絞めてしまった」
なんと皮肉な事か。
は、と自嘲気な息を吐く男に黒スーツの追っ手達は口を開く。
「「アレ」はどこにある?」
手にはジャキリ、と嫌な音を立てる物騒な鉄の塊。
そう、追っ手達は銃を所持していた。
「…………ああ」
━━━━━ここまでか。
男は、ふと。そう思う。
まぁ、覚悟はとうにできている。
「思ったより早くはなってしまったけれどね」
けれど必要な時間は十分に稼いだつもりだ。
「何をブツブツと言っている」と相づちを打つ追っ手たちに「別に」と男は答え軽く目を閉じたあと哀しげに微笑み更に言葉を紡ぐ。
「「アレ」はここにはないよ」
「…………なんだと?」
「「アレ」は隠した。君たちの手の届かないところにね」
「嘘をつくな!!」
「嘘じゃない」
「残念だけど君達の苦労は無駄で終わるよ」
「アレ」は既に僕の手を離れている。
今ではきっと手離した僕自信でさえ手にいれるには難しい域に、なっていることだろう。
「残念だよ。僕も一度は一か八かの賭けで未練たらしく生にしがみつくのもアリか、なんて思ってしまったんだけれどね」
それが無理だと気づいてしまったから。
だから、せめて。
「君たちにも手に入らないようにしたかったんだ」
もう、充分、引き離したし情報操作も完璧だ。
更には複雑な画策も撹乱も終えている。
だから、ねぇ。
きっと「キミ」は大丈夫だよね。
「君たちは騙されたんだよ僕に、僕の撹乱に━━━━━だから、
もう二度と「アレ」は手に入らない」
でも、それでいい。
そう男は思う。
それは必然で必須な出来事だったから。
だから。
「━━━━━鬼ごっこは終わりだよ」
在りかを吐く気は僕にはない。
そして、彼らも「アレ」の在りかをを知らねば命はない。
ましてや。
「「アレ」を手に入れる術はもう僕の手からすら離れた」
だからね僕を生かしておいてもなんのメリットもない。
「それとも拷問でもする?出来ないよねェ?」
だって。
「僕の体内には焔のジュエルが埋め込まれているんだから…………扱いを間違えば君たち諸ともドカン!だもんね?」
「…………貴様っ!」
「解除は僕の安らかな「死」のみだ」
拷問も無理強いも僕には無意味。
生かしておいても何の価値もないどころか邪魔でしかない。
だから彼らは、僕を殺すしか手段が残されていない。
「残念だったね?ごくろーサマ」
「っ、クソがぁあああ!!」
馬鹿にしたようにニタァと笑ったのが癪に触ったか追っ手の男は激昂し、引き金に手をかける。
「おい、バカ!よせ…………っ!!」
傍に居た追っ手の仲間が止めるも既に時遅し。
次の瞬間。
男は心臓部分を綺麗に撃ち抜かれていた。
逃れてきた健闘虚しく最大の逃亡劇も今まさに終焉を迎えようとしている。
ああ、だが。
━━━━━満足だ。
そう消えゆく意識のなか男は思った。
何故なら。
━━━━━ああ、やっと彼女に逢える。
男は。
「守りたかった」ものを「守り」死ねたのだから。