第五章:さよならの代償15
背後からは弾む呼吸音がする。
ぜいぜいと耳障りな音はしないものの、足取りは最初に比べれば少しずつ遅くなっている。
一切情報を持っていない足場の悪い所なので無理も無い。
むしろ女の身でよくついてくると思う。
悪路を歩きづめでまだ休憩は一度もしていない。
ルルドは歩く速度を次第に落とし最後には立ち止まった。
背後からはどうしたのだろうと此方を伺う気配がする。
やはり無理を強いていたのだろう。息を整える時間をたっぷりと取ってから、ようやく「どうしたの?」と質問が来た。
「少し、休もう」
「大丈夫だよ。行こう!」
暗闇で互いの顔は朧にしか見えないが、何となくセイラの表情が予想できた。
疲れているはずだ。
何度か転び打ち付けた身体は痛むはずだ。
歪む表情。
お前が苦しんだってトッドは救われはしない。
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
そんなことはセイラだって十分承知だ。その上で罰を受けることを願っている。その苦しみを取り除いてやる術はルルドには無い。
悔しい。
ナジュールなら上手い慰めの言葉をかけることができただろうか。
もし、もしもヒイラギがいたらほんの少しでも心を軽くしてやることが出来ただろうか。
ルルドは首を振って、むくむくと持ち上がった疑問を遠くに押しやった。
彼らが出来たとしても、ここにはいないのだ。考えても仕方が無い。
「座れ!」
肩に力を込めれば僅かな抵抗の後、すとんと身体が沈む。
「靴を脱げ」
「え?」
舌打ちと共にセイラの足をむんずと掴む。無理やり靴を脱がすと押し殺したうめき声がした。
まだ掃き慣れていないものだったのだろう。セイラの踵には靴擦れができ、血が滲んでいた。
もともと皇かな廊下や綺麗に整備された街中を歩くための靴だ。ごつごつとした岩がある洞窟を歩くには適していない。
歩き易さを重視した低めの踵もここでは邪魔者でしかない。
「まったく、どうしてお前たちの靴はこうなんだ」
無駄な装飾に、明らかに足を痛めそうな形。
理解ができんと息を吐くと、セイラの足の裏をぐっと押す。
唸り声は聞かないふり。
服の一部にナイフを走らせ刺繍の糸を切る。隙間から取り出した乾燥した葉を地面のくぼみに溜まった水を加えて揉むと靴擦れと足の裏に塗りたくる。
すっと熱が引いていくような心地がした。
「なにこれ?」
「薬草だ。少しは楽になるだろう。しばらく待て」
そう言うとルルドは服の布を裂き始めた。
タハルの服は昼の強烈な日差しと夜の冷え込みから身体を守るためにたくさんの布地が使われているので、少々切り取ったところで困らない。
その上、ルルドの服には刺繍に紛れてさまざまなものが縫い付けてあった。
さまざまな薬草。ナイフ代わりに使用できるルーガの骨のカケラ。アリオスのディナール金貨も一つある。
めんどくさがりやのくせに器用なヒイラギのアイディアだった。
そんなものはいらないというのに小さなポケットを作っては何かを放りいれ、ルルダーシェ様が困らないようにと、にやにやと笑っていた。
そこまで思い出して、小さな悪態をつく。
あれも何もかもルルダーシェをお飾りの王にするための作戦だったのだ。
かけられた言葉の全てが嘘だった。一喜一憂していた自分が馬鹿らしい。
「ねぇ、ルルド」
「……何だ?」
「ルルドはタハルの王子様だったんだ」
「…………そうだ」
いつも胸を張って言えたことは無い。今日は更に口が重かった。
「ユザって何?」
「僕も兄上から聞いた話しか知らないけど……ユザってのは元々は国の名前らしい。兄上も導きの星から聞いたと言っていた」
「知っていることを教えて」
全てが其処に繋がっていく。
早くおいでと真白な手が闇の奥から手招きしたような気がした。