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第五章:さよならの代償10

 ケイトに事情を話し終わった時、クロエの喉はひゅーひゅーと音を立て、かつてないほど酷使した足は震えていた。

 初めに出会えたのがケイトでよかった。彼ならばきっと一番良い方法を取ってくれる。

 背後に心配げなケイトの声を置き去りにしてクロエは足を引きずるようにして歩き始めた。

 汗なのか涙なのかよく分からないものが頬を伝う。

 鉄の靴でも履いたかのように足は重かった。

 伝えなければ。あの人にだけは自分から伝えなければいけない。

 目的地の入り口が内側から開いた時、クロエは崩れ落ちそうになった。


「クロエ?」


「……ジンさま」


 言葉が喉に絡む。


「セイラ様が浚われました……申し訳ありません。私のせいで」


 耳元を風が掠めた。

 白い風が視界を横切っていく。

 軽やかな白を引きとめたのは対のような不動の黒だった。


「ちょっと、待ちな」


「……ジョゼ将軍」


 自分の声が音になっているのかもはやクロエには分からなかった。


「ジョゼ。離して」


「待てって言っているだろ。状況把握もせずに、どこへ飛び出していくつもりだよ。ケイトに聞いたが嬢ちゃんが浚われたってのは本当か?」


 頷いたクロエを見てジョゼは眉間の皺を深くした。


「知り合いの一人が追っているようです。彼を裏街の人間で探してもらっています。少しは足取りが掴めるかとは思いますが……」

 

 それがどれほどの助けになるだろう。


「上出来だ。後は俺たちに任せろ」


「……はい」


 力強く言われ少しだけほっとする。


「もう一つ、聞きたいことがあるのだが、ナジュール殿は一緒ではなかったか?」


「……いいえ」


 隣国の王子が一体どうしたというのだろう。


「ナジュール殿もいないの?」


「そのようだ」

 

 昨日、リブングル家に招待されたところまでは分かっているのだが、その後のことがようと知れない。

 おかしなことにセイラのことが知れ始めてから、ナジュールの姿が見えないことが話題になり始めた。

 このままでは浚ったのはナジュールだという噂が流れかねない。

 早速、緘口令がでてセイラの行方が分からないことを知っているのはまだ僅かな人数にとどまっている。

 それがいつまでもつかは分からない。

 城の中には醜聞好きの貴族たちがたくさんいるのだ。


「セイラ様の行方を捜さないのですか」


「おおっぴらにはな」


「そんな」


「街は祭りでわいている。そんな時にこんな話が漏れてみろ。酷い騒ぎになるだろうさ」


「それは分かります! だけど……」


 将軍に歯向かっている。

 普段ならけっしてそんな怖ろしい行動など取る事は出来ないのだけれど、クロエは詰め寄った。

 頭に響く金切り声がまるで自分のものではないように響く。


「幸いなことに、警備のために街中に月影の人間を配備してある。街を出れば陽炎の連中もうようよしているからな。あんたに知り合いだっていう奴に情報を貰えば見つけるのはそんなに苦労はしないだろうよ。俺も今から街へ降りる」


「私も行く」


逆に腕をつかみ返されたジョゼはしばし声を失い、にやりと笑う。


「よし。行くぞ」


 頷きを一つ返したジルフォードはクロエへと視線を向けた。

 どくりと心臓が跳ねる。自分の失態が情けなくて顔を上げることができなかった。


「クロエはハナ殿についていて」


 頭上から降り注いだ言葉にはっと顔を上げたときには、ジルフォードの後姿はもう小さくなっていた。





















 おかしい。おかしい。これはおかしな事態だ。

 ナジュールがまだ帰ってこない。

 連絡も無しに丸一日も姿を消すだなんて賢明なナジュールからは考えられない。

 ここがタハルならまだしも友好関係が危うい均衡で保たれているアリオスなのだ。

 本当に貴族の屋敷で過ごしているのならば心配をかけないように連絡の一つでも寄越しそうなものだ。

 今朝からサクヤの姿もない。

 すっかりアリオスの待遇に骨抜きにされた他の付き人たちもサクヤの行方は知らないという。


「なんであんな奴らを連れてきたんだよ!」


 残りの二人は家柄は良いが凡庸だ。

 侍女たちにタハルなどやめてアリオスで暮らせばいいのにと言われ鼻の下を伸ばしその気になってしまっている。

 出来損ないのルルドが言うのもなんだが、剣の腕も良いとは言えないだろう。

 あくまでもルルドの基準がナジュールなのでそう思ってしまうのかもしれないが。

 それにしても何故サクヤは残りのメンバーに彼らを選んだのだろう。

 悪態はそっくりそのまま自分に戻ってきて、ルルドは己を小さく罵った。

 

 誰か二人の行方を知っているものがいないだろうかと巡らした視線の先を、弱弱しいところばかり曝してしまい顔を合わせるのが気恥ずかしいと思っていたジョゼが通り過ぎた。 駆けてこそいないが急いでいると分かる速度。

 その後をジルフォードが追う。

 彼の姿を書庫以外で見かけたのは初めてかもしれない。

 いつも壁の向こうにでもいるかのように自分の世界の中にいるジルフォードの顔に浮ぶのは焦りで、そんな表情が出来ることになぜかほっとする。

 それもつかの間、彼らが急いでいることにナジュールが関係しているのかもしれない。

 ルルドは被り物を脱いだ。

 色鮮やかな布を取り払ってしまえば自分に視線を送るものは半減する。

 流れる髪をそのままにルルドは砂漠の獣が狩りをする時のように気配を殺し、二人のあとにすばやく続いた。




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