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第五章:さよならの代償7

 贈り物作りは順調に終わり色止めの作業をお願いしてセイラたちが城へと戻ってきたときには太陽が沈みかけていた。

 明日の朝一に受け取りに行く手はずとなっている。

 鼻歌交じりに意気揚々と街で仕入れたお菓子をお供に書庫への道のりを急ぐ。


「よかったね。 素敵なものが出来て」


「そうですわね。本当によかった。クロエに感謝しなくてはいけませんわ」


「クロエも来ればよかったのに」


 書庫に誘ったのだが、クロエは仕事があるからと断ったのだ。


「セイラ様。うれしいからって話してしまってはいけませんよ! 明日、渡すのですからね」


「分かってるよ。びっくりさせるんだからね」


 そう言いながらも口元から言葉が飛び出してしまいそうだ。

 案の定、ジルフォードの姿を見てしまえば口は自然に開く。


「ジン! あのね、あのね」


 ちろりと痛いハナの視線を受けて、慌てて口を押さえてもふるりと口角は上を向く。

 ああ、言ってしまいたい。うずうずと言葉が喉元からでかかってもどかしい。

 けれど、明日まで我慢。

 ぐっと息と共に言葉を飲み込んだセイラの様子にジルフォードは首を傾げた。


「どうしたの?」


「ううん。明日まで内緒」


「そう」


 セイラの行動の意味が分からないのは良くあることだ。

 キラキラと光る瞳は嬉しくて仕方がないと語っているのだから良いことなのだろう。


「明日には教えてくれるの?」


 ジルフォードの問いにセイラはぱっと顔をほころばせた。


「うん! 明日。お昼までにはね!」


「そう。楽しみにしてる」


 セイラはぽかんと口を開けてしまった。

 手で押さえていなくとも言葉は落ちてこない。

 代わりに心臓が高く鳴った。

 ジルフォードが浮かべているのはまぎれもなく笑みだ。

 錯覚かと思ってしまうほど一瞬のものでも、初雪のように消え入りそうなほど淡くもない。

 蜜の色の瞳がとけた。


「セイ?」


「……うん。楽しみにしておいて」


 ハナもカナンもお茶の準備に忙しくて今の姿を目にしてはいない。

 嬉しさを共有したくって、けれども独り占めできたという不思議な気分。

 分かるのは鼓動がうるさくって頬が熱いこと。これは……


「ハナ」


「何です?」


「私、病気かも」


「ええっ! 寒かったのですか? セイラ様。ああ、そう言えば若干、顔が赤いような……」


 寝台を差し出すカナンに布団をつくねるハナ。

 心配げに覗き込むジルフォードに心臓がまたはねる。

 早く、早く明日になればいい。

 ジルフォードに頭を撫でられながらセイラはぎゅっと瞳を閉じた。


 















 やはり明日までは待てない。

 後回しにすればするほど口に出すことが出来なくなる。

 ルルドは意を決して部屋を出た。折りよくサクヤを見つけナジュールの居場所を尋ねれば珍しくサクヤは言葉を濁した。


「今朝、リブングル家に招待されたまま、まだお戻りではないのですよ」


「……そうか」


 もう夕刻だが話が弾んでいるのだろうか。

 宙ぶらりんになってしまった決意をどうしよう。


「サクヤ!」


 このままでは気持ち悪い。


「何でしょう?」


「サルーを知っているか?」


 頭の中の記憶の箱の中を探るようにサクヤはしばし目を細め、ようやく求めた情報を見つけたようだ。


「セイオンの放蕩息子ですか。懐かしい名を聞きました」


「放蕩……息子?」


 ルルドのサルー像からは最もかけ離れた言葉だ。


「ええ、遊ぶ金欲しさに一族の秘儀を他国に売り渡そうとした馬鹿息子ですよ」


「サルーはリュオウの廟を作っているのだろう? だが、一族は……」


 サクヤの視線を受けてルルドの舌は凍りついた。

 何か失敗をしでかした時の視線と同じだった。


「誰にどんな話を聞いたのか知りませんがサルーはとうの昔に死にましたよ」


「え?」


「セイオンは狂いの香の製法のおかげで栄えた一族です。その長の子のサルーは苦労知らずの浪費家で長がそれを諌めるために一切の施しをしなくなったのか事の発端です。告発のため未然に防ぐことができましたが、罪は大きい。廟を一人で作れと命じられたのは本当ですよ。だが、サルーは逃げ出した。行方をくらましそれっきり」


「それでは……」


「どうするべきかは一族に預けることになりました。サルーを見つけ出して連れてくるもよし、一族から追い出すもよし。だがセイオンは全く別の方法をとりました」


「別の方法ってなんだ?」


「一族を滅ぼすこと。皆、永遠に口を閉ざすことを選びました。謝罪も弁明も一切せぬままに。」


「そんな」


脳裏に浮ぶサルーの笑みがぐにゃりと歪んだ。


「可笑しなのは、村で皆が事切れていたことが発見された翌日のことです。こんどはサルーがみつかった。がりがりにやせ細った姿で息も絶え絶えの彼は三日三晩うなされながら呟いたそうです。自分はリュオウに会った。砂漠の女神に会ったのだと。リュオウが怒っている。赦しを請うために廟を作らねばと」


「それでサルーはどうなったのだ?」


「そのまま死んでしまいましたよ。もう十年も前のことですよ。それ以来、砂漠にはサルーが現れて夜な夜な廟を作っているという与太話も出来ましたがね」


 そのサルーがどうしたのかと聞かれルルドは返答に困った。なんでもないと首を振るので精一杯だ。

 今の話の中に欲しかった答えがあったのかルルドには分からないままだった。
























「ごめんよ。今日はもう店じまいなんだ」

 

 薄闇の広がり始めた路地から店に入ってきた気配を感じてイリヤは顔を上げた。


「聞きたいことがあるんだけど、いいかなぁ」


「ああ、なんだい?」


 祭りの時期になると裏街に迷い込んでしまう観光客は多い。

 あまり見かけない恰好なので顔を覗かせた青年もそうなのだろうと快く答えると、少年はニィッと口角を上げた。


「今日セイラが来たでしょう?」


「セイラさんの知り合い?」


「うん。まぁね」


 少年の含み笑いは、吹き付けてきた風と同じように冷たかった。




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