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第四章:赤い月夜と蝙蝠16

淡く発光しているかのように闇に浮かび上がる数多の棺。

視界の悪い場所を危なげなく歩く影は、棺に刻まれた数字を逆に辿り始まりの場所にたどり着くと足を止めた。

一際大きな棺の表面には装飾文字で1と番号がふられ、太陽を咥えたカラスの紋章が刻まれている。

寄り添うように置かれている一回り小さな棺には雷が彫り込まれている。

それぞれの模様は初代王マルスと、その妻エイナを表している。

けれど、これは捜し求めていたものではない。


「今日はよくよく客の来る日だ。それにしても、お前さんよく来たねぇ。」


いつの間にか傍らには己の腰ほどの身長しかない老人が立っていた。

咄嗟に腰のナイフを抜き、臨戦態勢に入ったがその行為がさも可笑しいというように老人はヒョヒョと奇妙な声で笑う。


「姫さんの鎖を辿って来たんだねぇ」


白濁した瞳がぐわりと大きくなった気がした。

ナイフを構えたまま、逃げの体勢に入りたがる右足を叱咤して老人を睨みつけたが、彼に変化はない。


「お前さん、ローダの棺を探しているんだろう? 残念だが此処にはないよ。いや、言葉を変えたほうがよさそうだ。ローダの棺なんぞ、どこを探しても見つかりっこないよ」


仮面のように表情の変わらない女の眉がぴくりと動いた。

普段の彼女を知るものからすれば奇跡に近い僅かな変化に墓守は気にも留めていなかった。


「そんなわけが無い」


「そんなことを言ったって無いものはないんだよ。お前さんが残りの人生をつぎ込んで探したところで見つかるまいよ」


「マルスの血筋から『色なし』が生まれるはずが無い」


墓は無いと言った墓守の声と同じほど女の声にも確固たる自信が伺えた。

そこまで知っているのか。

墓守はすんと鼻を鳴らしながら、体いっぱいに空気を吸い込んだ。


「そうだね。マルスの血から『色なし』は生まれない。それにエイナは魔女だ。子はなせない。……おや、これは知らないようだね」 


これは削られてしまった記憶。

国始めの英雄の妻はジキルドの魔女だった。

かつての魔女は不思議な舞と共に酩酊状態に入り、未来を垣間見ることを許された。

ただし、己の血を次世代に残すことは出来ない。


「確かに今の王たちはローダの血を引いているよ。マルスの後を継いだのはローダの子どもなんだからね」


墓守が2と刻まれた棺の角を杖で叩くと、一瞬だけ棺が光った。



「お前さんからは魔女のにおいがする。タハルの匂いもする。その上、ユザか。どっちつかずの放れもの。身を滅ぼすよ?」


「お前には関係ない」


「そうさね。だけど一つだけ教えておいてやるよ。年長者の言葉に聞いていて損は無い。人の復讐の肩代わりをやってやっても誰も救われやしないよ。そのくせ、それは復讐ですらないのだから」


墓守はもし、女がナイフを振りかざしたらこの空間から弾き飛ばしてやろうかと思っていた。

魔女と同じく墓守も夢物語の住人になりつつある。

日増しに衰え、力を無くす。

けれど、この場所の支配者は墓守だ。

女をたたき出すのは容易いが、不気味に光っていた刃は音を立てることもなく鞘に収まった。


「ここにもう用はない」


他の棺には目もくれず、女はもときた道を引き返す。




「ローダはユザを愛していた。お前さん古代語は出来るかい? アリオスの意味を? 知らぬなら調べてみるといい」


返答はない。

足音さえも闇に紛れ、墓守だけが取り残された。


「ローダ」


久しぶりに口にした主の名前は、まだ耐え難いほどの哀しみを引き起こした。












「やぁ、サキお帰り。用事はすんだの?」


新たに注文した品をぱくつきながら、ヒイラギがひらりと手を振った。

ヒイラギとサキは仲間ではあるけれど、馴れ合いはしない。

店までやってくるなんて珍しいと思いながらも、いつもの無表情からは何も読み取れはしなかった。


「ルルダーシェ様は帰ったようだな」


街に連れ出しただなんて報告してやしないのにサキには何でもお見通しだ。


「ん~半べそかきながら帰っちゃったよ。サルーの話をしたら兄上がそんなことするはずが無いって言いかけてね。今日はお月様が赤いから情緒不安定なのかな?」


赤い月は魔物の眼。

遥か上空から誰に災いを落とそうかと画策しているのだ。

その作り話を幼いルルダーシェに教えたのはヒイラギだけれど、彼は未だにそれを信じている。

そんなところは甘ったれのお馬鹿さんのままだ。


「ヒイラギ。アリオスの意味を知っているか?」


珍しいことがあるものだ。

サキがヒイラギに事実確認ではなく質問をしている。


「んん? 古代語のお勉強? うふふ。いいよ。ヒイラギ先生が教えてあげる」


ヒイラギは水の入ったグラスに指先を突っ込み、机の上に水の線を描き出す。


「アリオスは元々二つの単語だよ。『アリート』と『オズ』のね。『アリート』が約束っていう意味でしょ。『オズ』は土地とか場所って訳すよ。つまりアリオスは約束の土地っていう意味だよ」


「約束の地」


「そう。タハルは『タ』がたくさんで、『ハル』が命で、多くの命っていう意味。今の荒涼とした土地からは考えられないけどね。ルルダーシェ様が言うには、もっと緑が多かったはずだって言うけど……点在するオアシスは全部繋がっていて一つの川だったとか。本当かなぁ? ねぇ、聞いてる? ねぇ? サキ? エスタニアはいいの? ジキルドは?」


瞬きさえしない目は消えていく文字を食い入るように見つめていた。

せっかく教えてあげているというのに、もう少し反応ぐらい返したらどうなのだと怒り出すヒイラギにサキはもう一つ質問をした。


「ユザは?」


「もう。ユザはそのまんま『ユザ』で力っていう意味だよ。中には畏れと訳す人もいるけどね。それにしても、やっと古代語に興味もってくれたの? いい加減面倒くさいんだよねぇ。あの長~い文章を訳していくの。早く覚えて変わってくれると嬉しいんだけど?」


約束の地。


「ん~地名を足がかりにするのはいい考えかもしれないよ? カンタスは兄弟って言う意味だし。……都に兄弟か~ちょっと変わってるね」


兄弟、約束の地。

あの老人は何を伝えたかったのか、頭の隅を過ぎる影はあまりにぼんやりとしていて掴みどころがない。


「あっ知ってる? 裏街の奥のねエイナの塔がある辺りのことをユザって呼ぶらしいよ」


サキの瞳には未来は映らない。

過去を覗くことも叶わない。

ヒイラギの言葉にどれほどの意味があるのかも分からないままだ。

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