第四章:赤い月夜と蝙蝠15
「ああ、懐かしい。エイナの色だ」
ほうと零れ落ちたため息には千年の月日で濯いでも一向に薄れることの無い愛情が含まれていた。
濁った眼の上に衣の赤を映し、溶けていく。
今でも昨日のことのように思い出せる。
あれは美しい舞だった。
誰もが畏れ慄き見惚れる戦女神の舞だ。
翻る衣の一つ一つが彼女の血潮のようだった。
金色の光を閉じ込めた瞳は遥か彼方を想っていた。
それはいつなのか。
百年先か千年先か。
それとも今、この時なのか。
目の前の少女は戦女神というには幼すぎる。
それなのに、瞳には同じ色を宿している。
いつも、そんな瞳をするのは女なのだ。
墓守には、それがどうしてなのか分からなかった。
あの人は言った。
女は悠久を編むのだと。
彼女の言うことは分からないことだらけだった。おそらくどんな賢者に聞いたところで一生、頭を悩ますことになるに違いない。
墓守は決して人では出来ないほど長い時間存在し、数多の賢者に出会ったけれど答えを見つけることが出来ていない。
なぜか『色なし』の近くには、そういった瞳のものが多いのだ。
墓守はセイラの瞳の中にエイナには無かったものを見つけた。
「おや、姫さん。術士に会ったね。それも魔女だ。印をつけられている」
「魔女? 印?」
どこから説明が必要なのかと浮かんだ疑問を飲み込んで、ふむと唸る。
「闇読みのことを術士というのは知っているみたいだね。その中でも女は特別だよ。恐ろしくてとても強い。彼女たちのことを魔女というんだよ。狙いをつけられちゃ、ちょっとやそっとじゃ逃げ出せないよ。お姫さんの目の中には魔女の鎖が見えちまってる。視線を合わせただろう」
「うん。……なにかまずいことが」
「まずいといえばまずいし、そうでもないと思えばそうでもない」
曖昧な言葉を吐くと墓守は再び唸った。
「セイの身になにか危険なことが?」
墓守はにひょと笑った。
王子様が他の人を心配している。
彼にとって何かを守るのは無関心が一番良いはずだった。ほんの少し前までは。
「魔女も昔に比べ弱くなった。すぐに姫さんをどうこう出来るほどの力はないさ。鎖の契約を結ぶとね姫さんの見たものを向こうも見ることが出来るのさ。契約の度合いにもよるけどねぇ、想いまで伝わっちまうこともある」
本来は怖ろしいものではないのだ。
鎖は絆。血の螺旋。
遠く離れた友に無事だと知らせるためのもの。
長い月日でその意味合いを失い、一部の者のみがその能力を失わなかったために忌避される。
「そっそれって拙いよね。お城の中も見えてるってことでしょ?」
自分たちは秘密の通路を歩いている。
この情報が漏れてしまっては一大事だ。蒼白となるセイラに比べ、墓守は大事だとは思っていない様子だった。
「そうさね。だけど、そんなに悪いものでは無さそうだが。時間が経てば消えてしまうよ」
「本当? 大丈夫かな?」
「安心おし。それよりも姫さんの友人のことを心配するんだね。可哀想なぼうやを絞め殺しそうな勢いだよ」
「絞めころ……ぼうや?」
そんな物騒な友人をいつのまに持ったのだろう。
それに、ぼうやとは誰だろう。城の中にはセイラより年齢の低いものはそういない。
首を傾げるセイラと反対にジルフォードには心当たりがあったようで、ちらりと墓守を見るとジルフォードの考えを肯定するように口元がニィとつりあがった。
「……ハナ殿とケイト殿」
「あっ!」
「早く行ってやったらどうだい? ぼうやにとったら、とんだとばっちりだよ?」
秘密の通路を走る足音が二人分。
同じ速度で離れていく。
『ハナ!早まっちゃダメだ!』そんな言葉が響くのはもう少し後のこと。