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第四章:赤い月夜と蝙蝠14

「ねぇ、ジンったら、ちょっと待ってよ」


セイラの言葉に反応して歩みは次第に遅くなっていく。

狙ったわけでもないのに、そこは昼間に分かれたきりとなっていた東屋の近くだった。

存在を確かめるようにいつもより強く握った手の力を緩め、二人の距離が広がった。

宙ぶらりんの手の先は薄闇の中を彷徨って結局どこにも行きつくことは無かった。

振り向くのが怖い。

セイラの顔に浮かぶのがあの時と同じように無表情だったらどうしたらいいのだろう。

それどころか拒絶の色がそこにあったとしたら。

全身を巡った冷たい血が心臓を襲う。

冷たささえ通り越し、ぎちぎちと痛かった。

慣れっこになった無関心は、セイラが絡むと何故かうまく使えないのだ。


「ジン」


ジルフォードを呼ぶ声にはいつもどおりの温度があった。


「ジン、こっち見て」


いつもならこう言えば振り向いてくれるはずなのに、ジルフォードは背中を見せたままだ。

頑なに動かない背中からは、振り向きたい衝動と拒絶される恐怖がせめぎあっていることなど伝わるはずも無く、セイラは急に不安になった。

やはり、呆れられたのだろうか。我侭ばかりの役立たずで嫌われてしまったのだろうか。

先ほどまでの決然とした気持ちは、しおしおと沈んでいく。

せめて指先だけでも繋がっていれば、ジルフォードの心情が読めただろうか。


「嫌いにならないでよ」


暗闇を彷徨うように両手を前に突き出した。

セイラの手が伸びきるのと、ジルフォードが振り向くのとどちらが速かったか。


「セイ。ごめん」


気がついたときには痛いほどに抱きこまれていた。

今までのように触れるか触れないか、羽で包むかのように優しくではない。

背中に回された指の形さえはっきりと分かるほど強く。

鼓動が聞こえる。痛い痛いと叫ぶようにいつもより速い。耳朶に触れる声は悲痛なほど掠れていた。


「ごめん」


「どうしてジンが謝るの。君は何も悪くないじゃない」


「セイに不快な思いをさせた」


今までに無かった状態のせいかバランスを崩して、二人してしりもちをつく。

それでも腕が離れることは無い。

長い一日だった。

昨日見たはずの花流しなどもう何年も前のことなのではないかとさえ思ってしまう。

全ての感覚が、今このときに埋め尽くされ、ほかの事はおぼろげになる。

胸に走った痛みも悔しさも。

頬に受けた熱も。


「ねぇ、顔をみせて」


その言葉に肩に押し当てられていた頭がおずと動く。

髪が首元を撫でていくのがくすぐったい。

白い頬に手を伸ばせば一瞬の躊躇の後受け入れられた。

伏せられたジルフォードの瞳の色は分からない。

瞼の裏に隠れた瞳はどんな色なのか無性に知りたくなって、瞼にそっと口付ける。

それには絵本の中にいた魔術師の魔法ほど効果があった。

驚いたジルフォードが目を開き、一瞬のうちに瞳の上を数多の色が駆けていく。


「私も謝らなきゃいけないことがある」


「なに?」


謝られることなど無いはずだとジルフォードが首を傾げながら尋ねる。


「私、ジンにやつあたりしたの。他の王女様が良かったかなんて馬鹿なこと聞いちゃった。ごめんね」


ー選べるはずないものね。


声に出すことが出来ないまま口の中に残った言葉が、誤って入ってしまった砂のようにいつまでも居心地悪く居座った。

そうだと肯定されてしまえば、きっと蜂蜜酒の効果もカーサからもらった温かさも消えてなくなってしまう。

頬に添えたセイラの手のひらをジルフォードの手が覆う。


「私は」


強い強い赤い瞳。

けっしてそらされることは無い。


「セイがいい。セイ以外はいらない」


他の何もかも。

言外の言葉にはっと息を飲む。

セイラがしたように、瞼の上に口付けが落とされた。

目じりに溜まった涙にも。


「……ダメだよ。ジンは大切なものをいっぱい持っているんだよ。だから大事にして。自分のことも、アリオスのことも。それで、私の手をとって」


きゅっと手を握りこまれると、頬から手が離れてしまう寂しさと、包み込まれる心地よさが同時にやってくる。


「大切なものは一つでいいと思っていた。たくさんあっても守れないから」


「大切なものはたくさんあってもいいんだよ。もっと強くなれるから。もっと優しくなれるからってカエデが言ってたよ。」


「私は自分の無力さを思い知らされた」


「あっ。それは、私も同じだな。弱くて矛盾だらけで我侭だって思い知らされたよ」


額をあわせたままセイラが笑えばジルフォードにまで柔らかな振動がくる。


「そうだ! ジン平気? どこか変なところはない?」


首をかしげるジルフォードに術士に会ったこと、思わずジンの名前を出してしまったことを告げたが本人は可笑しなところはないという。


「そっか。それはよかった」


ほうと息をつき倒れこむ。

温かい。

これがあの時の自分と同じほど冷たくなってしまったらと思うとぞっとした。

ぐいぐいぐいと頬を寄せる。

ああ、良かった。失わずにすんだのだ。


「術士のことが心配?」


「……ん。ジンに何かあったら嫌だ」


「私はセイになにかある方が嫌だ。墓守のところに行こう。彼はそういったことに詳しいから」



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