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第一章:見放された地より3

「お茶がはいりましたわ」


ルーファがダリアの存在に気づいたのは、優しい声と共に、机の上にお茶の準備が出来てからだった。

少々驚き気味の夫にふっと笑いかける。


「ルーファ様、いくら声をかけてもちっとも気づいてくれないのですもの」


わざと口を尖らせて見ても、ダリアの表情は柔らかで包みこむように広がった香りからは気遣いが感じ取れる。


「ああ、悪かった」


この香りは一番好むお茶の香りだ。

微笑を返しペンを置く。

机の上の書類は増えるばかりで減りそうにもない。

いつもの執務に加えて、タハルからの使者対策に追われてのことだ。


「さぁ、お茶にしましょう。国をより良くするのが貴方の務めでも、一日一回のお茶の時間を貰ったって悪くないはずだわ」


最近では息抜きだった調練にさえ出れない始末だ。

四六時中、部屋に篭っていれば疲れもたまってくるだろうに、ダリアに同意するように頷くルーファの顔からは疲労の影はみえない。

それが、ダリアには少し悔しい。


「私、ここに居ますのよ」


いきなりの言葉にルーファは目を瞬いた。

まだ、部屋に入ってきたことに気づかなかったことを言っているのだろうか。


「もう少し、弱音を吐いてくれても良いと思います」


ルーファは良くも悪くも、外から変化が見えない。

連れ添ってやっと分かるようになった小さな変化も、優しい笑みで隠してしまうのだ。


「ダリアには感謝してるよ。こうしてお茶を忘れずに入れてくれている」


「これは、私の趣味みたいなものですもの」


趣味にしては上出来すぎる。一緒に並べられた菓子は、専属の菓子職人すら唸らせるほどの出来栄えだ。


「サンディア殿のことも任せきりだ」


前王妃でありジルフォードの母である彼女は、長い間城から遠く離れた離宮に幽閉を余儀なくされていた。最近になって、ようやく城近くに移されたが、新たな争いの種になることを恐れ、彼女のことは未だに伏されたままだ。

知っているのはルーファにダリア、そして元帥だけ。

自然にサンディアのことはダリアがするようになった。

今では、時々お忍びで出かけてお茶をしたりしている。


「私がそうしたいと言いましたの」


「お邪魔だったかな」

ひょこりと顔を出した男にルーファはため息一つ。


「ジョゼ、入るときはノックをしろと」


「いいところに来てくれました!」


ルーファとは反対に満面の笑みを浮かべたダリアは机の上の書類の半分を持ち上げると、ジョゼの腕へと押し付ける。とっさに出してしまった腕の上にはずっしりと重い紙の束。


「おい!何だよ」


「ルーファ様の仕事が多いのは兄様がサボっているせいもあるのよ。だからそれは兄様の仕事。今日中にお願いしますわ」


「国王の仕事が俺に務まるわけないだろう」


「軍事のことなら兄様にも分かるはずです。最低限、ルーファ様しかできないものと、そうでないものを分けることくらい出来ますでしょう」


来るんじゃなかったと悔やんでみても後の祭り。


「こんなことになるなら、嬢ちゃんのとこにでも行けばよかったな」


がしがしと頭を掻くジョゼにもお茶を注ぎながら、ダリアが笑みを浮かべた。


「残念ですね。セイラはグランさんとの講義だから居ませんわ」


「聞きたかったんだが、何であのばぁさんをつけたんだ? あれグラド一族の出だろうが」


「優秀な一族だろう」


「……そりゃ、そうだがな。」


グラド一族といえば、廃れた地方貴族だ。

けれど裏を知っているものには意味が違ってくる。

情報収集の能力に長けた彼らは、闇の仕事を主に行っているのだ。

釈然としないといった声を出しながらも、ジョゼはわさわさと書類をかき分けていく。

一見無造作に散らかしているように見えて、ちゃんと項目ごとに分かれていた。


「んなもん、下の連中で出来るだろうに」


悪態をつきながら弾かれた書類は、差し戻される事が確実となった。

その書類の多いこと。


「頭の切れる奴が欲しいもんだな」


軍事強化で進んできたために、筋力は有り余っているのに、頭が追いつかない現状がある。

なまじハマナや少数の頭脳派がすごいだけに、そこに頼りきりで次代が育っていない。

アリオスにとっては頭の痛い問題だった。


「そうだな。体制の見直しも考えなくてはいけないな」


夫を休ませるための判断だったのに、雲行きが怪しくなってきた。

先ほどまで和やかお茶会モードだったのに、今や深刻な顔をしたルーファの姿がある。

ほんの十分ほどでもいいのだ。

少しでも執務を忘れてくつろげる時間を作ってあげたいのにとダリアは窓の外に目をやった。


「もうすぐシルトの祭が始まりますわね」


窓の外に見える街は祭りを意識して装いを変え始めていた。


「今回は嬢ちゃんが大役務めるんだろ」


大役と言えば最終日の春乙女の舞だ。


「ええ、どんな舞になるか楽しみね」


いつのまにか和やかモードが帰ってきて、たっぷり注がれたお茶も冷める前に口をつけてもらえた。









「貴女……どうして出来ないの?」


震える声で問いかけるテラーナに自分こそ知りたいとセイラは深く深くため息をついた。

エイナの舞を覚えるべく、早々にグランに部屋を追い出されたセイラは、現在テラーナとマキナに囲まれて、床の上に伏せていた。

部屋を出る際に、それまでの言動を全て見ていたグランに二十点の減点を申し付けられた上に、テラーナからの手厳しい意見が圧し掛かり、地面に埋まってしまいそうだ。


「まぁ、まぁ初めてなんだ。出来なくて当たり前さ」


生まれたときからエイナの舞が身近にあるアリオスの住人ではないのだから、仕方がない。

テラーナにもそれは理解できるのだが。


「それにしても……」


普段の手合わせで見せる優雅な動きがどうして、出来ないのだ。

あれが出来るなら楽勝だろうと考えていたのに。


「まぁ、これが基本の動きだから。後は好きに踊っていいから」


「……はい」


これまた悩みの種なのだ。

エイナの舞を基本として独自の舞を考えろなど、今の状態のセイラに出来るはずがない。


「いっておきますけど、舞にはそれなりの衣装がありますのよ。そこのところ、よく理解しておいてください」


「う〜」


頭を抱えて唸り始めたセイラをマキナは気の毒そうに見つめたが、テラーナは容赦なかった。


「使者がつくと、そちらへの挨拶やら何やらで練習する時間なんてありませんからね。それまでに完璧になさってください」


今回、タハルの使者は式に出る事が出来なかった侘びも含めてやってくるのだ。

対応には当事者であるセイラも必ず狩り出される。


「……はい〜」


これからの日々を考えてセイラは長いため息をついた。





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