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第四章:赤い月夜と蝙蝠6

今日は無表情で威圧感をかもし出すサキがいないために客足はずいぶんといい。

次第に増えていく銀貨を見ながら、ヒイラギは商人も案外向いているかもしれないと笑みを浮かべた。

いやいや、ダメだ。

今日は良いお客さんに恵まれているけれど、すごく嫌な客が来たら思わず手を出してしまうだろう。


「やっぱり無理、無理」


己の性格を熟知しているヒイラギは、転職の機会を投げ出した。


残りの品物も三分の一ほどになった頃、目の前を一人の少女がずんずんと歩いてくる。

肩を怒らせて、けれども爆発しそうな感情を押し込めようと下を向いたまま歩く少女の髪は亜麻色だ。

元々丁寧に結い上げていたのだろう髪は、手櫛で下ろしたのか装飾品を垂らしながら四方へとはねていた。

どう接触しようかと考えをめぐらせていた相手が、自らこっちにやってくる。

なんて好都合。


「お嬢―さん」


目の前でひらりと手のひらを揺らせば、潤んだ瞳がヒイラギを見上げる。

きつくかみ締めた唇は、今にもぷつりとさけて血が滲んできそうだった。

その表情に驚いたヒイラギを見て、セイラの瞳にも驚きが浮かんだ。


「君は……街であったよね?」


落っことしてしまったお守りを拾ってくれた青年だ。

人ごみにまぎれてのほんの一瞬の出来事。

互いの全身さえ見えないような窮屈な空間でのことだったが、丁寧に拾ってくれた彼のことはしっかりと覚えていた。

鮮やかな色彩の見かけない服装のせいかもしれなかったが、今日はアリオスの街の人々とさほど変わらない格好をしている。

目立つといえば、肩口でゆれる小さな三つ編みにピンクのリボンがついていることぐらいだ。


「覚えていてくれたんだ。嬉しいなぁ」

底抜けに明るい笑顔に明るいリボンの色が良く似合っている。


「あの時はありがとう」


「どういたしまして」


おどけてお辞儀をするヒイラギを見て、口元に微かに笑み浮かぶのと目じりが熱を持つのは、ほぼ同時だった。


「あれ。どっどうしたの? 大丈夫?」


「だいじょ、ぶ」


「そういうことはね、にっこり笑顔で言わないと意味ないんだよ。うん。よし、お嬢さんには気晴らしが必要だ。街に行こう! 軍資金もあることだしね」


叩くと景気の良い音がする皮袋とセイラの腕を掴んでヒイラギは踊るように軽い足取りで歩き出した。


「えっ、ちょっと」


戸惑うセイラなどお構いなし。

店じまいもせずにさっと庭を抜け出した。


「なっ、おまえ」


「あ。おにーさんも一緒に行こうよ」


回廊で出会ったルルドを道ずれに数分後には三人の姿は城の外にあった。











「おい! 一体何を考えているんだ?」


ほてほてと前方を歩くセイラが振り向く気配がないのを確認して、ルルドはヒイラギの胸倉を掴むが、勝手の分からない異国の服装では思うように力が入らずに、ヒイラギの服が乱れてしまうだけだった。

ヒイラギは怒りでふるふると震える手をやんわりと外すと「もう、やだなぁ」と呟きながら、服を直していく。


「嫌だなぁ。ルルダーシェ様、怖い顔しないでくださいよ。お嬢さんには、ちょっとした気晴らしが必要だったんだよ。貴族連中に挨拶。貴族連中と世間話に陰湿な質問攻め。考えただけでぞっとするでしょ?」


「だからって城から連れ出すやつがあるか!」


セイラに気づかれないように小さく怒鳴るルルドを尻目に、屋台の親父に銀貨を一枚渡して、ほこりと湯気の立つパンにかぶりつく。

幸せそうに唸ると気楽に一言。


「ばれる前に帰れば平気ですよ」


「何を悠長なことを言っているんだ。もうとっくにばれているかもしれん」


いくら城の中も浮かれきっているといっても、メインの一人が姿を消せばきづかれないはずもない。

タハルの人間が連れ出したとなれば大問題だ。

ルルドは広間でのやり取りを知らないので心底心配しているというのにヒイラギの口調は軽い。


「大丈夫ですって。あんなに広いお城だもん。隠れていたって言えば通りますよ。現に楽に逃げ出せたでしょ」


ルルドはぐっと言葉に詰まった。

確かに拍子抜けするほど問題なく城からは逃げ出すことが出来たのだ。

許可証さえ首からぶら下げておけば、それほど厳重に調べられるということはなかった。

仮に調べられてもヒイラギの持っている許可証は本物なのだから問題は無い。

目立つルルドの頭の布を解き、逆にセイラの亜麻色を隠すために深い青の布を目深に被らせたがあまり意味は無かったかもしれない。


「……それで、どこまで行くつもりなんだ」


この街は複雑怪奇。

人の多さも考えれば、この取り合わせで街に繰り出すなど無謀としか思えない。

一番ましかと思われるセイラがあの状態ならば城から離れるのは危険だ。


「すぐそこですよ。お城の門が見えるところだから心配いりませんって。蜂蜜パンのおいしいお店でね。蜂蜜酒も最高なんですよ」


「……今、食べているのもパンだろうが」


「これはこれ、蜂蜜パンは蜂蜜パン。何を言っているんですか、ルルダーシェ様は」


馬鹿なのかしら。そんな哀れみを含んだ視線を向けられてルルドは歯をぎしりと鳴らした。


「それにね、甘いものは疲れにもイライラにも利く万能薬なんですから!」


お前がいないほうがイラつかなくてすむ。

そんな言葉をなんとか飲み込んでルルドはそっぽを向いた。

そんな態度をくすりと笑いながら前方行くセイラに声をかける。


「そこだよ! 蜜蜂の看板の店!」



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