第三章:夕闇に映う色18
お菓子がすかっり無くなってしまった後もケネットは他愛も無い話を嬉しげに聞いていた。
空の色に、そこに映えるシルトの色。
子供たちの甲高い声。
旅芸人のパフォーマンス。
ケネットが聞き上手なのか、楽しいことがありすぎたのか話は尽きることなく、あふれるように口からついて出ていたのだが、その流れを止めたのもケネットだった。
「王子様たち明日の交遊会に出るんじゃないの?」
何だそれはとセイラもケネットを真似て首を傾げてみると、その横ではっとしたハナは両手を打ちつけた。
パンと響いた音がお楽しみの時間は終わりだと告げているようだった。
「そうでしたわ! お二人とも夜更かしはいけませんわ。寝不足の顔で出るなんていけませんもの」
ただでさえ街で騒いできたのだから疲労も溜まっている。
セイラなど昨日の夜から、楽しみだとなかなか寝つけていなかった。
時間を告げるものが無い部屋では今が何時ごろなのか知ることは出来なかったが、訪れた時点で日はとっぷりと暮れていたのだからかなり遅くなってしまっただろう。
自分が居る限りセイラに不調など起こさしてはならないと決意しているハナにとって食事と睡眠の管理は最重要課題なのだ。
部屋に帰りますわよと追い立てるハナを制しながら、意味のわからなかったケネットの言葉を繰り返す。
「ハナ。交遊会って?」
セイラの言葉を受けて、ハナは重いため息をついた。
「グランさんから聞きませんでしたか。各地から貴族やら有力者が集まって交遊をという名目でお祭りの騒ぎに便乗しようってことですわ」
「うえ〜」
挨拶の練習をみっちりやらされたのはそのためか。
ハナは手早く持ってきたものをまとめあげ、早々に挨拶を交わすと渋い顔をしたセイラをせっついた。
仕方なくセイラとジルフォードが「おやすみ」を告げようとケネットの方へと向き直ると、ケネットの長い指先がジルフォードを指差した。
ちょうど心臓の辺り。
けして届くような距離ではないと言うのにジルフォードはとんと突かれたような気がした。
「王子様。外に出るといい」
「外?」
ジルフォードの問いにケネット小さく頷いた。
「外って街のこと?」
セイラの問いかけには首を横に振る。
「もっと、もっと大きな外のことだよ」
街なんかでは狭すぎる。
アリオスだって窮屈だ。
ササン大陸なら釣り合いが取れるだろうか。
瞳の奥にたくさんの色を湛えているのだから、きっと王子様の見える世界は人とは違う。
それは大きな糧となる。
「外に行って、世界を見るといい」
預言者めいた言葉を言い、ケネットはさよならの代わりに手を振った。
顔が見えないせいか、もう何も聞くなと閉ざされてしまったようだ。
「おやすみ。ケネット。いい夢を」
おやすみと言ってもらったのはいつぶりだろうか。
夢の中の安寧さえ願ってくれるなんて。
嬉しくって恥ずかしくってシルトのお菓子のように溶けてしまいそうだ。
「王子様もお姫様もハナも。いい夢を見てね」
廊下は静まり返り、三人の足音だけが響いている。
「ジン〜明日のこと知ってた?」
考えるとちょっとばかり気が重い。
「兄上に聞いていた」
「そう。ん〜ドレス着て慎ましやかにおほほって笑うのは面倒だなぁ」
窮屈な衣装はもちろん嫌だ。
と言ってもセイラに合わせてアリーたちが考案してくれたドレスは軽く機能的だ。きらきら、ひろひらが付いてくるけれど。
「口の端をちょっと上げるだけ。大口開けて笑っちゃダメだって」
人差し指を使って口の端をにゅっと上げてみる。
先ほどグランの名を聞いたせいか、頭の奥底に閉じ込めていた記憶が浮かび上がってくる。
大きくはいた息が前髪をふわりと揺らし、それを目で追っていると頭上に手のひらが落ちてきた。
「セイはそのままでいいと思う」
やさしく頭を撫でるジルフォードの顔には淡い笑みが広がった。
頭を撫でていた指先は頬を掠めて離れていくき、その指先の後を追うように頬が熱を持っていく。
どうしてジルフォードは嬉しいことをぽろりと言ってくれるのだろう。
「ジンは私を喜ばせすぎだ」
首を傾げるジルフォードの手を取ってぐいぐいと歩き出す。
顔が赤い自信があるから、「また明日」と別れを告げるまで半歩先を歩き続けた。