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第三章:夕闇に映う色13

空を舞う白がなくなると下から声がかかり、ジルフォードとセイラは階段を下りていく。

外に出てみると感嘆が零れた。

路地一面が白い絨毯を引きつめたように真白だ。

踏んでしまうのは心苦しいと思いつつ、外に足を踏み出せば甘い香りが全身を覆い、足元をふかりとしたものが包み、小さな幸福感で満ちていた。

結局花弁の多いシルトはハナの頭に飾られている一つきり。

ちょっと残念。けれど素敵な一輪をを手に入れたこともあり、さっぱりとした諦めがあった。


「あっ、おにーちゃんだ」


立ち話をしていると視界の先をのそりと大きな影が横切っていく。

つんと天に向かった髪の毛に、丈の足らない継ぎはぎズボン。


「トッド」


少年たちの声、セイラの呼びかけ、どちらが聞こえたか大きな青年は振り返った。

小さな瞳がぱちりと瞬いて、元気に手を振る三人と訝しげな顔をしている三人を見つけた。


「あれ? セイラおねーちゃん。知り合いなの?」


「うん」


少年たちの問いに答えつつ、どうしようかと迷っている人物に走り寄る。

蹴りあげられたシルトが足元を舞っていく。


「セイラ」


セイラのことを覚えていたようで、目の前に立つと確認すように名を呼ばれる。


「二日ぶりだね」



トッドの大きな手のひらにはいくつも小さな花が握られていた。

肩にかかった袋の中には零れ落ちそうなほどシルトが詰まっている。

その袋はセイラがすっぽりと入ってしまうほど大きい。


「トッド、そんなに取ったの?」


セイラの言葉に頷きながらも、オドオドしているのは見知らぬ人間がいるためだろう。


「ジンとハナとケイトだよ」


ケイトの差し出した手を恐る恐る握り返し、トッドは不器用に口を歪めた。


「おにーちゃん、メイヤーさんのところに行くの?」


二人の少年はトッドの頷きに歓声を上げた。


「おねーちゃんたちも行こうよ。シルトのお菓子食べれるよ」


聞けば、トッドが集めたシルトの花でお菓子を作るのだという。

誰にも踏み荒らされていない花を取るために裏街の奥深くまでやってきたのだと。

特に予定も無かったものだから、少年たちに手を引かれるままにトッドの後ろについていった。

路地はぐにゃりぐにゃりと曲がりくねり、次第に細くなる。

トッドが背負っている大きな荷物のせいで前は見えなかった。


「おにーちゃん!」


「おっきいおにぃちゃんが来たよ」


どれほど歩いただろうか。

いつの間にか子どもたちがわらりわらりと近づいてきて、大きな足に取りすがった。

そのうちに一人がセイラたちに気がついたようだ。


「おねーちゃん! お話のおねぇーちゃんも居る!」


何時の間にかお話のおねーちゃんで認識されているセイラは皆から歓迎を受けた。

一人ずつ挨拶を受け取りながら視線を前方へと移すと、一人の女性が目を丸くして此方を見ていた。

見覚えのある顔にはっとした。


「サンディアさん」


「セイラ殿?」


思わぬ再会に一人は笑みを浮かべ、もう一人は困惑を露にした。

困惑を浮かべたサンディアは視線をどこに定めていいのか分からなくなった。

眼と鼻の先に訪れてるとは知っていたけれど、まさか会うことになろうとは。

わざと外した視線の端に白が揺れている。


「ジン! サンディアさんだ」


セイラの声はまざまざと現実を突きつける。

嘘だと思いたかった。

そちらを向いてしまいたかった。



合わせる顔など無いというのに一目見たいと願ってしまったのだ。


長い睫に彩られた瞳がそっと開かれ目の前の青年を見た。

喉が痛いほどひりついて、言葉を発する事ができなかった。

勝手に開閉する口が何を話したいのかサンディア自身にも分からない。

脳裏を焼くような白は昔と変わりない。

けれど己の腰ほども無かった身長は、ぐんと高くなり見上げなければならなくなった。

瞳はどうだろう。子どもの時のように色を変えるのだろうか。

どちらもぴくりとも動かないのでサンディアから見えるジルフォードの瞳の色は紫から変わることはなかった。

奇妙なほどしんとしている。

サンディアの耳には世界が音を消したように何も聞こえては来ない。

それは本当に辺りが静かだったのか、それとも極度の緊張のせいか。


おそらく緊張のせいだろう。

そこ、ここで子供たちがはしゃいでいる。

セイラが何かを話している。

風が駆けた。

それなのに己の内を巡る血の音さえ聞こえてこないのだから。

音が消えたのと同じほど唐突に音が戻ってきた。


「母上」


離れた場所に居るというのに、その声は風に乗ってサンディアの耳まで届いた。

母上と。

記憶の中にあるものより低くなった声がその当時と同じままの響きを口の端に乗せる。

それは、ともすれば己の願望だったかも知れないけれどメイヤーの言葉が背中を押した。

いつでも譲歩をくれるのは子どもたちの方だと。


「母上、お久しぶりです」


最早、願望ではなく現実だった。


「ジルフォード……ごめんなさい。私は」


ちゃんと名を呼んであげたいのに声が掠れて鮮明な音になってくれない。

謝罪も感謝も一緒になって零れ落ちる。

涙の数が増えるほど、口から漏れる音は意味をなさなくなった。


「傍に行って」


ついと押されてジルフォードは数歩前に出た。

寄り添うには程遠い。

ああ、じれったい。其処に居るのに。手が届くのに。互いの言葉が届くのに。

背中を押す手に力が篭る。

僅かな抵抗を見せながらジルフォードが視線を下ろす。

無表情に困り果てた子どもの色を覗かせたジルフォードににっとセイラは笑う。声に出さぬまま「大丈夫」と。

ぽんと再び背を押してやれば、呪縛は解かれ足は向かうべき場所へと進んでいく。

どちらが先に手を伸ばしたのか、離れていた影が重なった。


「ジルフォード、ジルフォード」


名前はすべての意味を持つ。

ごめんさない。

ありがとう。

愛しています。

会えて嬉しいと。


崩れ落ちそうな体を支える手のひらは大きくて温かい。じわりと広がる熱が心地よい。

その様子を見守るセイラがほうと息を吐いた。隣にはぴたりとハナがいる。この再会を見て、セイラが母親を思い出さないはずが無いのだ。


「サンディアさんを泣かすなー!」


しんみりした世界に幼い怒号が響き、小さな手がぽかりとジルフォードの足を叩く。

眉を吊り上げた少年はまだ幼く、どんなに精一杯腕を伸ばして叩こうともジルフォードに大打撃を与える事はできない。

けれど、己の怒りの一片でも伝わるようにと何度も何度もジルフォードの足を叩いた。


「サンディアさんはいい人なんだ! 皆に優しくってお菓子だってくれる。眠るのが怖かったらずーっとずーっとついててくれるし……だから、だから泣かしたらダメなんだ!」


「涙は嬉しくても、幸せでも流れるものですわ。」


困り果てたジルフォードに代わりハナは腰を折り、少年に視線を合わせるとにこりと笑う。

その言葉に「本当に?」という表情を浮かべた少年に更に続けた。


「優しくされると、頭を撫でられると、ずっと眠るまで手を握っていてもらうと嬉しくて胸の中が暖かくなるでしょう? ついでに鼻の奥が痛くなりません? 怖いぐらいの幸せで」


覚えがあるのか少年は視線を彷徨わせた。


「む〜……サンディアさんを苦しませたわけではないんだね。なら、許してあげる」


尊大に言いのけた少年はにかっと笑った。


「哀しくて泣かせたらダメだからね!」


小さく頷いたジルフォードの姿に満足したのか少年は腕組みをしてよろしいとふんぞり返った。

それが可笑しくって、やっと涙の収まりかけたサンディアもふと微笑んだ。

目尻が熱を持ち、鼻の奥が痛かったが気にはならない。

ありがとうの意味をこめて柔らかな少年の髪を撫でると口元が緩んでいく。

そこに親しみのこもった笑い声がした。


「積もる話もあるでしょう。 どうでしょう。暖かいお茶をお供にするのは」


メイヤーの提案に誰も反対するものはいなかった。



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