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第一章:見放された地より

優しい夢を見た。

母がいて、ハナがいて、ジニスの皆が周りを囲んで笑っている。

きっと、アリオスの気候がジニスに近づいてきたからだろう。

最近は、雪もすっかり溶けてしまって、残念に思っていたのだが、こんなに穏やかな気持ちで目覚めるのも悪くない。

長椅子から起き上がると、セイラは机の上におかれている小さな箱へと手を伸ばした。

セイラは宝物入れと言っているのだが、大概の人は中を見てガラクタいれだと言うだろう。

その中から、セイラがつまみ出したのは玉が五つ連なった髪結い紐だ。

玉といっても、燻った色の小さな石には大して価値がなさそうだ。

価値は無くても、セイラにとっては母から貰った大事なものだ。

よくこの紐で髪を結ってもらったのだが、不器用な彼女に任せると、いつも鳥の巣のよな頭にされたものだ。

奇跡的にハナのお許しが出たこともあったが。

今ではセイラのほうが、格段にうまく結べる。

優しい夢の残滓を一緒に結い上げて、セイラは書庫へと足を向けた。












「シルトの祭?」


カナンの朝の挨拶に盛り込まれた、聞いた事のない単語を拾い上げて、セイラは首をかしげた。

最近、城内がほわほわと落ち着き無い空気に包まれているのは、どうやら間違いなかったようだ。

シルトとは確かアリオスに咲く花の名前ではなかったか。


「花のお祭りなの?」


「春告げの祭りですね。長い冬が終わって、春が来たことを祝うのですよ。シルトは雪が溶けて、一番に咲く花ですから、春告げの花として選ばれたのでしょうね」


ゆっくりと流れる水のようなカナンの声は、耳障りがよい。

目じりに刻まれた皺が更に彼の微笑をやわらかく見せおり、こちらの頬もついつい緩む。

セイラとハナはカナンの部屋で彼の話を聞きながら、朝食を取るのが日課となっていた。


「祭りは七日続きます。最終日の夜には春乙女の舞が披露されるのですよ」


「春乙女の舞って?」


「選ばれた女性が、丘の上の石舞台で舞うのが慣例です。エイナの舞と言ったほうがいいでしょうか。去年はテラーナ様が舞われましたよ」


「へぇ〜今年は誰が選ばれるのかな?」


知っている女性の名を片っ端から上げていくセイラの隣で、ハナは小さくため息をつく。それに合わせ、ハナの黒髪が揺れる。セイラがお揃いにしようというので、今日は珍しく一本に結っている。

今、アリオスの話題性一番の女性といえば、セイラしかいない。


「私はハナを推すぞ! 春告げなんてぴったり」


「推さないで下さい」


そうして、こうも自分のことを考えに入れないのだろうとぴしゃりと言い放ったハナに、セイラは肩を落とす。

本当にぴったりだと思っていた様子だ。

ふてくされて、行儀悪くお茶をすするセイラに、また強い言葉が降ってくる。


「最近、ハナはご機嫌斜めなんだよ。カナン、気の静まるお茶でも入れてあげて」


「別に機嫌が悪いわけではありませんけど」


言葉を切ったハナの視線を辿ると、扉があり、その向こうには書庫がある。

その書庫には珍しいことに、侍女が姿を現すようになった。

彼女たちは別に本を借りようとやってくるのではない。

お目当てはジルフォードだ。

カナンの部屋にも何度か「ジン様はおいでですか?」と彼女たちが尋ねてきた。

セイラとハナの姿を見つけると、そそくさと去っていくのだが、立ち代りに別の侍女がやってくる。

式の一件より、ジルフォードの人気が上がってきたのだ。

都でというよりも、地方、はたまた国外でその不思議な姿の噂が広まり、勝手に肖像画が作られる有様だ。

中には似ても似つかないものもあるが、式で顔を見せたほんの少しの間でよく描けたと思うほどすばらしい出来のものもある。

ジョゼが買ってきたものを、セイラもありがたく頂いた。

ジルフォードの出生を知っている古参のものは、やはり気味悪いといって近づかないものもいるが、直接知らない若い娘には恐れが薄いらしい。

セイラがジンは神の名だと公言したものだから、彼女たちもそう呼ぶようになった。


「納得いきませんわ」


その様子をセイラは喜んでいたのだが、あまりの変わりようにハナは呆気に取られた。態度の変わらないマキナたちを嬉しく思いながらも、苦笑しながら仕方ないといった彼女の態度は釈然としない。


「国外の人間から褒められれば、嬉しいもんだよ。すごい人なのね。仲良くしとこって思っても仕方ないさ。それにね、ジルフォード殿には専属の侍女がいないだろう。誰か付となると、待遇も世間の目もかわってくるものさ。ダリア様かセイラ殿が子供を生まない限り、残っている王族はジルフォード殿だけだからね。早いもの勝ちってことさ」


誰か専属になるのが特別だということは分るのだが、この手の平を返したような扱いはなんなのか。

あからさまに侍女にして欲しいと言ってくる者もいるし、それなりに力のある後見人を持っているものは、その後見人からさりげなく圧力のこもった手紙が送られてくるのだ。


「ジンが気に入られてるのらいいんじゃない?」


「これは、気に入られているというか……」


「それにね、ジンの侍女になる子がいるとして、よっぽど理解してくれる子じゃないと続かないんじゃないかな〜」


「……まぁ、そうかもしれませんわね」


ハナの遠くなりかけた意識は、つい先日の光景へと続いていた。

みっちりと物の詰まった、もはや部屋とはいえない様な空間に。


「あれには、私驚きましたわ。あまりにもギャップが……」


初めて訪れたジルフォードの部屋。

何もないような殺風景なところを想像していたのだが……。

詰まっているのだ。物が積んであるなんて可愛らしいものじゃない。

何が言われれば、もう全てがとしか言いようがない。

本はもちろんのこと、変なお面やら大量の椅子やら。

それを集めたのがカナンだと知って、彼の収集能力に驚かされた。セイラとハナには知る由もないが、某単眼鏡のおえらいさんに有無を言わせず、優しくリストを渡したのだろう。

それ以上に驚いたのは、それだけ物があるのに、一切生活臭がないことだ。


「わたしはおもちゃ箱みたいで好きだけど」


楽しそうと取るか、奇妙と取るか個々の好みだろうが、午前中に掃除を終わらせなさいとでも言われたら発狂しそうだ。

その状況で、何処に何があるのか把握出来ているようなのが、怖ろしい。

もう一つの、問題は彼の偏食なのだ。

今までお茶を飲むことはあっても、食事まで一緒にとっていなかったので分らなかったが、かなり偏食だ。と言うより生命維持に関わる食事に興味がなかったのだろう。カナンの豊富なレシピは涙ぐましい努力の結果なのだ。

朝食をカナンの部屋で取るようになったのは、朝ぐらいバランスの取れた食事をさせようとの魂胆なのだ。


「それそろ、下火になってくるのではないでしょうか」


二人のやり取りを苦笑しながら見ていたカナンの言葉に、顔をあげる。


「何かあるのですか?」


「祭りに合わせて、タハルから使者が来るので、そちらの対応に追われることになるでしょうから」


「タハル!」


「タハルですか?」


二人の驚きように微笑みながら、カナンはそうですよと付け加えた。

タハルは近いようで、とても遠い国だ。地図上では隣なのに、情報が全く入ってこない。見放された地と呼ばれていることから、漠然と環境の厳しい場所どということぐらいしか知られていない。

勇猛果敢なエスタニアの商人たちも天を突くようなローラ山脈を越えるのは難しく、アリオスを迂回してタハルを目指していたのだが、その労力に見合ったものが無いと知ると、物流ルートの確保を諦めた。

タハルを訪れた冒険家も何故こんなところに国を興したのかと著書に記したほどだ。



「他国の使者ですか……」


ハナの重いため息の理由が分らない。


「グランさんに何を言われるか」


今まではしゃいでいたセイラの表情が音をたてて固まった。

テラーナの侍女頭であるグランは最年長の侍女だ。

七十近いとの噂だが、背筋はピンと伸び、無駄のない動きは侍女の鑑とも称えられているが、何しろ厳しい。

彼女は最近、セイラの礼儀作法の師として抜擢されたのだ。


「固まっている暇なんて、ありませんよ。セイラ様。今日は朝からグランさんとのアリオス王家にふさわしい女性になるための授業その27ですわ」


「……うん。その27ね……その何まであるのかな〜」


「たぶん、セイラ様がアリオス王家にふさわしい女性になるまでですわ」


「……そう」


ハナはふらりと立ち上がったセイラを気の毒に思いつつ、見送った。

それほど嫌でも、セイラのためになることだ。行かなくていいとは言ってあげられない。

セイラはカナンの部屋をでると、体に力を込めた。


「ジンー! ちゃんと朝ごはん食べるんだよ」


今日は一緒に食べる事が出来ないのは残念だが、遅れていくとグランが怖い。

下に下りてきさえすれば、カナンが抗いようもない笑顔できっと朝ごはんを食べさせてくれるだろう。

「よし」と頷いて書庫を出ようとすると、後ろで高い声がした。


「やはり、ジン様はここにいらっしゃるのですね」


侍女の服を纏った女性は、すらっとした肢体の美人だった。

きっちりと結われた黒髪は皇かで、彼女からはふわりと甘い香りがする。

セイラより頭一個分ほど背の高い彼女は、挑戦的にセイラを見下ろした。


「うん。上にいるよ」


にっこりと微笑めば、彼女は少し驚いたようだ。


「……そう、ですか」


詰まりながら、そう言った時にはセイラはもう駆け出した後だった。



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