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第三章:夕闇に映う色11

祭のために奇抜な格好をしているものも多く、ジルフォードの姿はさほど目立ってはいなかった。

見事な白に目を奪われた者もいたが、視線はすぐに別へと動いていく。

シルトの花冠を被った歌姫が音を添え、口から火を噴く男が彩りを添える。

前夜祭の熱気が三倍に膨れ上がって弾けたような陽気な空間だった。

目をやりたいものばかりだから自然とセイラの歩みは遅くなり、並んでいたはずの距離がすぐに長くなる。

その度に立ち止まって待ってくれるジルフォードに「ありがとう」と言うのは何度目か。

けれど、そろそろ急がなければ。花流しを見るという目的を果たすために。


「ジンー。道が分かるの?」


器用に人の間を抜け先導して良くジルフォードの歩みは初めて街に来たとは思えないほどよどみが無い。


「上から見てたから」


書庫の屋根の上からずっと見下ろしていたから網の目のように広がる路地の一本一本が何処に繋がっているのか分かるのだと言う。

セイラは感心するようにため息をつくと同時に疑問が浮かんだ。

ジルフォードは路地の全てを把握するほど一人きりで見下ろした街にいることにどう思っているのだろう。


「ジンは、街に下りてみたかった?」


書庫の屋根の上がお気に入りの場所だとは知っている。

そこから見える風景の中に入りたいと思っていたのだろうか。


「下りてみたいと思ったことは……ないと思う」


城に来たばかりのことはとにかく慣れようと思っていた。

西の離宮に居た頃は、母と自分と世話係が数人。

髪の色や瞳の変化が良く思われていないと知っていたけれど、城ほどあからさまではなかった。

なぜ、それほど嫌うのならば西の離宮から連れてきたのかと疑問に思うほど。

罵られ、追い払われ、そして彼らは一番いい方法を思いついたのだ。

ジルフォードなど此処には居ないかのように振舞えばいいと。

最初こそは外見を変えようと努力した。

子どもの浅知恵で、外見さえ兄と同じようになればきっと認められ、母も悪く言われないと。エスタニアの髪を染める化粧法を試した事もあったが、真白な髪はどうやっても濁ってはくれなかった。

瞳の色を変える方法など、どんな文献をあさっても見つけることは出来なかった。

自室には明かりすらいれにくる者も無く、いつの頃か諦め、こちらも居ないように振舞うことを覚えていった。

真っ暗な世界に浮ぶ温かそうな街の光りを見るのは好きだったけれど、其処に行きたいという願望はなかった。

きっと何処にいっても同じだと知っていたから。

幸せそうに笑う住民の表情を凍りつかせたいわけじゃない。


「……そっか」


見上げたジルフォードの表情は眼鏡のためにはっきりとは分からなくて、セイラはギュっと心臓が縮こまるような感覚を覚えた。

心臓が冷え切った手で鷲掴みにされたように胸に鋭い痛みが走り、視線を落として胸元を見るけれど変化があるわけじゃない。

トーンの落ちたセイラの声にジルフォードは視線を下げた。

先ほどまで嬉しげに輝いていた瞳は伏せられて、ジルフォードからはセイラの頭のてっぺんしか見ることが出来ない。

垂れた頭はどこか哀しげで、ほんの少しの間に何がセイラの心を曇らせたのかジルフォードにはよく分からなかった。

分かるのは、先ほどと同じように笑っていて欲しいと思っていることだけ。

顔を上げさす気のきいた言葉など思いつかないから、今の心情をそのまま口にする。


「今は下りてきて良かったと思ってる」


顔を上げたセイラの前で

『だから、そんなしょげた顔をしないで』

まるでそう言うかのようにジルフォードの口元を淡い笑みが彩り、つないだ手に力が篭る。

やはり瞳を見ることは敵わなかったけれど、その笑みはしっかりと目に焼きつき、再び心臓が縮こまる。

同じギュっという感じなのに、今のは変な感じだ。

嬉しいような苦しいような。先ほどまでの痛さは無かった。


「よかった! さぁ、ルーファ殿のお勧めの場所に行こう」


互いに、ほっと温かな息を吐き、同じ歩調で歩き始めた。

ルーファが教えてくれたのは裏街にある古ぼけた塔の上だった。

居住区が表街に移り、錆びれ打ち捨てられた一角だったが、陰鬱な様子は無く、どこかからりとした場所だ。

先ほどまでの熱に浮かされたような陽気さは無く、細い路地には二人の影しかない。


「誰もいないね」


遠くで祭の音がする。

その微かなに響く不明瞭な音がここは全く別の世界なのではないかと思わせた。

塔の中には何一つ生き物の存在を感じさせないが、今しがた掃き清められたかのように綺麗だった。明かりは無かったけれど、壁に開いた隙間から陽光が差し込み行動するのに困らない。

幾筋もの光りの帯が進むべき方向を示しているかのようだ。

さほど広くは無く、すぐに上へと続く階段を見つけることが出来た。

階段の壁面に施されたレリーフが目を奪う。


「綺麗だねぇ。この人、誰だろう」


壁には数人の女性のレリーフが施してあった。

顔の造形や衣装が同じ事から同じ人物を示しているのだと知れる。

順に追っていくと女性は踊っているのだと理解でき、セイラは壁の凹凸に手を這わした。

長年の風雨に耐えたのだろう。

表面はなだらかで、形を留めていない場所もある。

それでも、その女性の周りだけは風さえもその美しさが損なわれるのを嫌ったかのようにはっきりと形が残っていた。


「エイナだと思う」


アリオスで描かれる女性といえばエイナが一番多い。

しかも舞う姿ならほぼエイナと言って間違いない。

初代王の妻。戦女神。

彼女がアリオスの勝利を願い舞えば必ず勝利を収めたという。


「エイナ? でも、ちょっと雰囲気が違う気がするな」


城で見たエイナの像はもっと勇ましい姿をしていた。

まさに戦女神、その言葉が似合うような。

けれど目の前にある女性は優雅で美しいエスタニアで描かれる女神のようだった。

伸びやかな手足を装身具で彩って、霞のような薄衣をはためかす。

柔らかな微笑みは誰に向けたものだろう。

彼女の視線を追うように頭上を見上げると、光りの入り口が出来ていた。

そこからは眩しい空が覗き、早くおいでと手招きしているようだった。












「こっちだよ」


先ほどからどんどん人気の無い方へと進んでいるような気がしてならない。

感謝を満面に表した少年たちを疑う気持ちなどないのだが、じわりと不安がこみ上げてくる。ケイトにも途中から何処に入り込んでしまったのか分からなくなった。

人の住んでいる気配の無い建物から裏街の中でも、かなり奥まで来てしまったということだけが何とか分かる程度だ。


「この辺が君たちの住んでるところ」


「ううん。もっと南のほうだよ。ほら、あれだよ」


少年の指差した場所には塔というには少々不格好でへしゃげかけた円形の建物があった。

その時、街全体が鳴き始めた。









高く低く不思議な音が響いた。


「何? この音。変な音だ」


つられるように階段を駆け上がった。

視界がぐんと開けるのと同時に聞こえる音も大きくなる。

ジルフォードが外に出ると、ふぉんと音が高くなった。


「告げ笛の音だ」


花流しの前に吹かれることは知っていたけれど、ジルフォードも初めて聞く。

春を連れてくる風の音を模したものだといわれているが、陽気さに浮かれた不思議な生き物の鳴き声のようにも聞こえた。

何処から音がするのかと辺りを見渡したセイラの瞳に見知った顔が飛び込んできた。


「ハナ。それにケイトも」


さきほどまで誰もいなかった路地に四つの影が見て取れる。子どもたちは知った顔ではなかったが、あとの二人は間違いようも無くハナとケイトだ。

セイラの声に反応して、黒とオレンジの頭がきょろりと辺りを見渡している。


「上だよ!上〜」


こんなところでセイラの声を聞くとは思っていなかったハナは頭上を振り仰いで歓喜の声を上げた。


「セイラ様!ジン様!」


「やっぱりハナも花流しに来たかったんだね」


セイラのその言葉にハナは口ごもった。

興味が無かったといえば嘘になるけれど、本来はこっそり二人の無事を確かめるためだったのに先に自分たちのほうが見つかってしまったのだ。

一際高く笛の音がした。

それを合図として、表街の一画で、わぁっと花が宙を舞う。

群集から声が上がると、別の一画からも真白な花弁が降り注いだ。

セイラたちのいる塔は花流しの中心からは大分それてしまっているが、風に乗って花たちはここまで十分流れてくる。

押し合いへしあいして、窮屈な路地で見上げるよりもずっと快適に楽しむことが出来そうだ。

皆、それぞれの場所で天上の彩を楽しんだ。

まるで優しい吹雪のよう。

花弁が後から後から降ってくる。

甘い香りを纏って視界を白く埋めていく。

容易に落ちてくる花を手にすることは出来たけれど、花弁が多いものを取ろうと思うと難しい。


「なかなか見つからないねぇ」


何度も手を差し出してみるのだけれど、手に落ちてくるのは5枚の花弁のものばかり。

ジルフォードの手のひらに落ちてくるものも同じだった。

止まる事を知らず降り積もる花はハナの髪の上にも舞い落ちる。

豊かな黒髪の上を鮮やかに飾ったシルトはどこか誇らしげにぴんと花弁を開いていた。


「ああ、これ六枚ですよハナ殿」


ハナの耳の辺りに舞い降りたシルトはまさしく6枚の花弁を持っていた。


「本当ですの?」


ハナの視界からは見えず、とって確かめようとするのを押し留めてケイトは笑った。


「そのままでいたらどうですか? 春告げの花に春の女神ぴったりでしょう?」


「なっ」


「「似合う〜」」


少年たちが掴み取ったシルトをハナの髪に乗せていくものだから、頬に走った熱と共に飛び出しそうだった言葉も何処かに消えてしまった。

ハナがシルトに埋もれていく様子を上から見つめていたセイラは声を上げて笑った。


「やっぱりハナが一番適任だよ! 春乙女もハナがやればよかったのにね」


同意を求めるようにジルフォードの方を向けば、何時の間にか色眼鏡は外されていて、瞳には淡い空の色が映えていた。

その瞳が一際美しい白を見つけると、手のひらに受け、隣に居るセイラの髪に挿した。

甘い香りが強くなった。


「セイも似合う」


願い事の叶うシルトではないけれど、曇ることの無い白は亜麻色の髪によく映えた。


「ありがと」


はにかんだ笑顔に微笑が重なると嬉しさも増えていく。

掬われた一房の髪を耳にかけられるのがくすぐったくてセイラは声を出して笑った。

ジルフォードにもシルトが似合うのではないだろうか。

ふと浮んだ疑問の答えを探ろうと、ジルフォードを見上げれば風に攫われる白い髪がシルトの色に溶けていく。

輪郭が曖昧になり青い空に吸い込まれていくよう。


「ああ、ジンの髪はシルトの色でもあるんだね」


雪の色。花の色。

見惚れるほど美しくて、するりとすり抜けていくと知っていても手を伸ばさずにはいられない。


「そんなことを言うのはセイだけだ」


彷徨っていた指先を掴まれる。

自分より少し冷たい熱が伝わる心地よさ。


「それは嬉しいかな?」


「嬉しい?」


ジルフォードの首が傾いだせいで、髪がさらりと揺れた。


「ジンについてのは発見は私が一番が良いもの。うん。一番がいい!」


ちょっと困り顔。

表情が読めるようになってきたのが嬉しい。


「だから、一緒にいろんな場所に行こうね」


これからの運命など全く知らずに口にした言葉は、小さな頷きになって返ってきた。

あれほど舞っていたシルトの花も最後の一片が静かに地面へと落ちていった。




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