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第三章:夕闇に映う色10

「……すっすごい人ですわね」


前夜祭の熱気を知らないハナは、路地にひしめく人の数にひくりと頬を引きつらせた。

どうやったらこんな細い道に、これだけの人数を押し込むことが出来るのだろう。


「ここは外国の商人たちの店が出ているので一際人気なのですよ。あちらの道を通れば多少ましですよ」


ましといってもほんの気持ち程度しか違わないけれど。

ケイトの微妙な笑みにハナは失敗したかもと思った。

こっそり様子を見ようどころか、見つけることさえできないのではないか。

門番の「つい先ほど出て行かれましたよ」との言葉に足を速めたものの、もう何処にもセイラたちの姿は見えなかった。


「アリオス中の人間を集めたみたいですわね」


「タナトスにはとてもじゃないけど、入りませんよ」


くすりと笑うケイトにハナは僅かに頬を膨らませた。


―こんなにたくさんの人を見たことがないもの


ジニスの住人を全部集めても数百人。

その数百人も一度に集まることなど稀だったのだ。

セイラたちの式には多くの人が集まったけれど、その中に飛び込むことは無かったのでいまいち実感は無かった。


「どうですか?」


むくれたハナの前に紙包みが差し出された。

ほこりと温かそうな湯気が立ち甘い香りが広がった。


「心配のし過ぎで朝ごはんもろくに食べていないのでしょう? おススメですから、ぜひ」


いつの間に買ったのか二つの紙包みを持ったケイトがにこりと笑う。

思わず受け取ってしまえば、口をつけないわけにもいかず、口に含めばほろりと甘さが溶けていく。


「……おいしいですわ」


「それはよかった」


丁度よい甘さに幸福感がじわりと全身を包む。


「今、セイラ様にも食べさせたいと思っているでしょう?」


図星だった。

この甘さはセイラが好むものだろうと思っていた最中だ。

ぴくりと反応するハナにケイトの笑みは深くなる。


「セイラ様のことに関してはハナ殿はとても分かりやすいですね」


「いっいいのですわ! セイラ様への気持ちを隠す必要なんてないのですから。はっ早くセイラ様を見つけましょう!」


なんだか胸の奥がむず痒い。

けほんと咳をしてみても変わりは無かった。

むず痒さから逃れようと意味も無く頭を振ったハナの耳に今までに無かった音が飛び込んできた。


「きゃぁ」


小さく幼い悲鳴があがったのだ。

つられて目をやると人がひしめき合って狭いはずの路地の中央にぽんと空間が開け、幼い少年がしりもちをついていた。

寄り添うようにもう一人少年がいる。

少年の着た大きさの合わないだぼだぼの服は擦り切れ、隙間からは肌が露出し、薄汚れた頬の上にある瞳は恐怖に揺れていた。

何一つ庇護を持たない瞳。

ハナには瞬時に彼らの生い立ちが分かった。自分と同じ路地裏の子どもたち。

むず痒さは瞬時に消え、代わりに冷たさが胸の内を満たす。


「ったく、何処見て歩いてんだよ。汚れちまったじゃねぇか」


人垣から現れた男はもとより埃を被っていような薄汚いズボンを叩く。

その音に怯え、少年たちは小さな肩を寄せ合って震えてる。


「なぁ、どうしてくれるんだよ。ぼうずども」


少年たちは、ちろりと周りを見渡しだが、誰とも視線が合わない。

誰もが視線が交わる前に逸らしていく。

関わり合いになるなんて面倒だ。周りからはそんな声が聞こえてきそうだった。

助けてと喉まで出かかった言葉は行き場を失い、どこか体の奥底に落ちていった。


「これだけ込み合っていますのよ。ぶつかるなと言うほうが無理ですわ」


「はぁ?」


気がつけば前に出ていた。

ハナの目の前には不快げに歪んだ髭面がある。周りがざわつき、馬鹿なことをしたものだと顔を逸らしていく。

髭面は耳に心地よくない言葉を放った相手が少女であることを知ると口元を笑みで象った。


「貴方、この混み具合の中で触れるもの皆を小突いて回る気ですの?」


ハナはキッと顔を上げ、遥か上にある相手の顔を見据えた。

小さくなって震えているのは昔の自分だ。

温かい腕が欲しくって、誰か助けてと声にならない悲鳴を上げていた。


「なぁ、お嬢ちゃん」


男の笑みは深くなった。

こうやってちっぽけな正義感を振り回してしゃしゃり出てくる奴をやり込めるのが楽しいのだ。相手が女ならなお楽しい。

ずいと近づけた顔の前に人のよさそうな笑みが広がった。


「せっかくの祭ですよ。騒ぎを起こして白けさすなんて止めにしましょう?」


割って入ったケイトに男は大きく舌打ちをする。


「こっちだってなぁ、せっかく楽しみに来てるのに、服を汚されて腹が立ってんだよ。てめーがあいつらの保護者か?なら詫び代でも出しなよ。ぼうや」


「あ」


ハナは何かが軋むような音を聞いた気がした。


「せっかくの祭ですから、アリオスの牢獄見学もされていかれますか? 今なら底冷えのする特別房も用意できますが」


「はぁ? 何言ってんだよ。クソガキが」


ぶんと風が鳴る音がした。

太い腕がケイトの頬すれすれを通っていく。

ハナが上げた悲鳴は男の苦悶の声に打ち消された。


「貴方、アリオスの住人では在りませんね。痛くも無い腹を探られるのも、辛い思いをするのも嫌でしょう?穏便にすませませんか?」


ハナには、その一瞬で何が起こったのかわからなかった。気がついたら男は大きな体を丸めて唸っていたのだ。


「それとも鬱憤晴らしがしたいのならば、うちの連中がお相手しますよ」


ケイトを見上げる瞳に憎悪を燃やしていた男は瞬時に色をなくした。

周りをぐるりと同じほど体格のいい男たちが取り囲んでいる。彼らの胸についている月と烏の紋章が陽光を浴びてきらりと光った。


「おねーちゃんたちありがとう」


「ありがとう」


ちょこりと近づいてきた子どもたちが頭を下げる。

男には丁重にお帰り頂いた。タナトスの何処で騒ぎを起こそうともすぐに月影が現れるといい含めて。


「御礼をするの」


「の!」


「お礼なんていいですわ」


助けたかったのは少年たちばかりではない。小さく震えていた昔の自分を助けたかったのだ。

微笑むハナに、それは嫌だと少年たちは首を振った。



「おねーちゃんたち、花流しに来たんでしょう? いい場所を教えてあげる! 」


「教えてあげる」


人を探しているの。

そう言う前に少年たちは意気揚々と二人の腕をひっぱった。

自分たちにも誰かのために出来る事があることに輝く二人の顔を見てしまえば、ハナにもケイトにも止める事は出来なかった。


「エイナの塔からはすっごく綺麗に見えるんだよ」


エイナの塔とは何処なのか。問うようにケイトの顔を見上げても、分からないと首を振られるだけ。

人の間をすり抜けて狭い路地を渡り、見知らぬ迷路に迷い込む。

青い空に、もうじき花流しが始まると誰かの声が溶けていった。




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