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第三章:夕闇に映う色8

空には穏やかな青が広がっていて、ほのかに風がそよぐ絶好の花流し日和。

良い天気に恵まれたことに胸を撫で下ろしながらもハナの表情は次第に暗くなっていた。

二人のことが心配でならないけれど、ついていくのは憚られる。

せっかく設けた二人だけの時間を邪魔するのは嫌だ。

ああ、でも突っ走るセイラと初めて街に下りるジルフォードのことだ。

何か問題に巻き込まれるんじゃないかと思うと気が気ではない。

荒事に巻き込まれたらハナにはどうしてやることも出来ないのは十分に分かっているけれど、無意味に部屋の中を歩き回わることを止める事ができなかった。「行って来ます」と元気に手を振るセイラとジルフォードを送り出してから、まだ数分と経たないのに不安はどんどん膨らんでいく。

気を落ち着かせるために朝からの出来事を思い出していく。

服装はばっちりだ。せっかくの「初めての街」だ。記憶に残るものにしなくてはとシルトにあわせ白く可愛らしいスカートと、不服顔のセイラを宥めすかして髪も巻いてみた。攫われたらどうしようかと思うほどの可愛らしさ。ナジュールたちがあつらえたものより数段似合うに違いない。

お小遣いもちゃんともたせた。

もし二人がはぐれた時のために集合場所も決めた。

何か遣り残した事は無いだろうかと、指折り数える様子に苦笑するカナンにも気づかない。

誰かが扉を叩いたのもカナンが応対に出るまで気づかなかった。


「おや、ケイト殿」


「おはようございます。カナン殿」


カナンの声に少々驚きが含まれていたのはケイトがいつもの兵士の格好ではなく、平服を着込んでいたでせいだろう。

年齢より幼く見える顔立ちが更に際立っているようだった。


「今日はお休みですか?」


「ええ、非番なのです」


何故か急遽昨夜決まったのだ。

上司の「お前、明日休みだからな」の一言で。

無論口答えした。

昨日から祭が始まったため、非常に忙しい。所構わず騒ぐ連中を取り締まるのも、他国から入ってくるものたちを見張るのもケイトたちの仕事になる。そんな時に休めだなんてと更に詰め寄ろうとしているとセイラとジルフォードが街に下りることが告げられたのだ。

始めから心配だから見て来いといえば良いのに。

確かにジョゼはこっそり様子を見るのにはむかないだろう。

立派な体つきは何処に行こうと目に付くし、ジョゼ・アイベリーと言う男は有名すぎる。

あっと言う間に将軍が居るぞと話が広まってしまうだろう。そうなれば、こっそりなんて無理だ。


「ハナ殿は来てますか?」


「ええ」


カナンの苦笑の正体を目にして、「ああ、やはり。」と同じような笑みを浮かべた。

うろうろと円形を描きながら百面相をしているハナの姿は予想通りだった。


「ハナ殿、おはようございます」


ようよう声が届いたのか、ハナは顔を上げ「ああ、ケイト殿」と気の無い声で言うと、再び百面相を開始した。


「一緒に行きませんか? シルトの祭」


その言葉はハナに百面相を止めさせる効果があった。

ハナは困惑顔のまま、じっとケイトを見つめ、確かめるように己とケイトを交互に指差した。


「私が……貴方と?」


「ええ、心配なんでしょう? 私もお二人のことが心配なので」


セイラとジルフォードが二人だけで街に下りると聞いてしまったら先日の迷子の件もあり、命令がなくても気になってしまう。

自分以上にに気をもんでいるだろうハナを誘おうと思ったのは自然な成り行きだった。


「……とても心配ですわ」


見つからなければ邪魔することにはならないだろうか。そんな想いがハナの中にむくりと沸き起こる。

二人が帰ってくるまで、カナンの部屋で待っていよう。その決意はガラリと音を立てて傾いでいく。


「よい考えですね。ハナ殿も祭を楽しんでくればいいのですよ。花流しは年に一度しかありませんしね」


絶妙なバランスで何とか持ちこたえていた決意は、優しい笑顔によって完全に崩れ別の決意へと生まれ変わる。


「行きましょう!」












ハナが宣言したちょうどその頃、セイラとジルフォードは強固な城壁にぽかりと開いた門の前に居た。ここをくぐれば、街まではすぐの距離だ。

騒ぎになると困るでしょうからとハナが用意した色ガラスをはめ込んだメガネをかけているためジルフォードの表情は読み取れないけれど、つないだ手のひらからが負の感情は伝わってこない。

むしろ複雑な心境を抱いていたのは門番たちに違いない。どこか落ち着きが無く互いに目配せをしあう。

十数年ぶりに味わう外とはどのような感じなのか。誰も想像する事ができなかった。


「行こう」


セイラの言葉に頷いて一歩を踏み出すジルフォードの背中に声がぶつかる。


「お気をつけて」


振りかえれば言葉を発したであろう青年がわたわたと無意味に腕を動かしていた。

宙を彷徨った指先は頬に達し、赤みを隠すように頬をかいた。


「街はとても賑わっていますから」


「うん」


「行ってきます〜」


手を振り振り遠ざかっていくセイラとジルフォードの姿が見えなくなって青年は、ほうとため息をついた。

すぐ近くにジルフォードがいた緊張もあるが、二人だけで大丈夫だろうかと心配だったり、仲睦まじい姿にほっとしたり、色々なものが入り混じった長いため息だった。

わが子を初めて旅に出す時はこんな感じだろうか。

子どもどころか結婚もしていないのに、そんなことをふと思った。

どうか、彼らが今と同じように笑みを浮かべて帰ってきますように。

青い青い空に青年は小さく呟いた。




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