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第三章:夕闇に映う色5

ふいに天井が高くなり、冷たい空気が全身を包む。

ぼうとした明かりの向こうに無数の棺が静かに眠っていた。


「よくきたね」


まるで水に入った猫のようだ。

墓守の姿は半分ほどに減ってしまったかと思うほど悄然としている。

いつもの不思議な響きを持つ笑い声も洞穴のような口からは漏れなかった。


「ごめんね。墓守さん。すぐに行くから」


「それよりもお姫さんが命じるほうが良いねぇ」


「命じるって?」


しわくちゃの指先がセイラの耳元を指し示す。

揺れるその輝きを目に入れないように老人は僅かに視線を外していた。


「それの主はお姫さんだ。お前さんが命じれば、その石はワシを跳ね飛ばそうとはしないよ」


本当にそんな力があるのだろうか。

セイラにははなはだ不思議でならない。


「そこいらのちんけな守りと一緒にするんじゃないよ。そいつはお前さんのためだけに存在しているんだよ。お前さんのために深い地中から掘り出され、形を成し、磨かれたんだ。それ以上に強い呪いがあるもんかい。」


「そっか」


ジニスの皆の思いが詰まった月の雫。

墓守には悪いと思いつつ、耳元から全身が温かくなっていくようだった。


「でも、命じるってどうすればいいの?」


「ただ念じればいい。お前さんにとってわしは悪いものではないとね」


セイラは言われた通りを心の中で唱えた。

墓守さんは悪いものじゃない。友達だと。

それがうまく伝わったのか、閉じていた目を開くと墓守がほうと息をはいた。


「これで大丈夫?」


「まぁね」


調子を取り戻したのか、若干質量も増えたような気がする。

声には張りが出て、ひょいと棺の上に腰を掛けた。


「それにしてもデートの場所に墓場を選ぶなんて、あまり感心しないね」


「デート?」


同じように首を傾けながらも離れる事のない二人の手に墓守は笑う。

もう少しからかってやろうか。

にやりと意地悪げに口を歪めた墓守の耳に信じられない言葉が届いた。


「デートは明日だよ。一緒に街に行くんだ」


「へ?」


月の雫に苛まれていた墓守には先ほどの二人のやり取りは見えていない。

かろうじて、そのまま来いと伝える事ができたのは二人の気配が戸惑うように歩みを緩めたので地下に巡らす力を強くしたためだ。


「お、王子様も街に行くのかい?」


墓守の驚きを示すように白濁した瞳は限界まで開かれた。

ジルフォードが頷くのを見て、これ以上開かない瞳の変わりに、かくんと口が開く。


「花流しを見に行くんだよ」


開いたままの口からは盛大に笑い声が漏れた。

広い空間にわんと響いて、二人の上に落ちてくる。


「そいつはいい」


息も絶え絶えの墓守は、棺に手をつき二人を見やる。

先ほどの墓守のように驚いて目を丸くする二人の姿が、また笑いを誘う。


「楽しんでおいでよ」


どれほど策を巡らそうとも、こんなちっぽけな少女に誰も敵わないなんて笑うしかないだろう。

驚いて目をまん丸にしたのは此方のほうだ。

手をつなぐなんて誰がした。

一緒に街に行くなんて。

忌々しい守りを身につけた彼らを、招くなんて馬鹿なことをやってしまうなんて。


「うん!」


昨夜落ちた星の話も、城の端でこれから告げられる哀しい物語は二人には言うまい。

せめて、二人が白い花がつれてくる幸をを持って街から帰ってくるまで。


















軽く慎ましいはずのノックの音がナジュールには重く圧し掛かるように聞こえた。

窓の外の浮き足立つ街並を見下ろしながら、出来るならば言いたくない言葉を口にした。


「入れ」


振り向くまでも無く相手はサクヤだとわかる。

無駄の無い足さばき、そして星の告げた運命の代弁者として誰よりも相応しいに違いない。

一礼をして部屋に入ってきたサクヤは正装をしているナジュールの姿に彼がこれから告げることを知っていることに気づいた。


「ナジュール様。お父上が」


「逝ったか」


細めた視線の先の街並は、どこをどうみても故郷と重なるところは無かった。


「ルルドにはまだ知らせるな」


「はい」


短い返事を残してサクヤは入ってきたときと同じように静かに部屋を出て行った。

一度も此方を向かない教え子が、どんな表情をしているかなど簡単に察しがついたから。

今はどんな慰めも必要ない。

必要なのは、その姿を隠してくれる優しい闇に違いない。

けれどサクヤには用意してやる事が出来ないのでせめても、ナジュールが一人きりになれる時間をつくるために。





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