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第二章:白き花の告げるもの17

「おっ」


まずジョゼが気づき、立ち止まったジョゼにセイラがぶつかり、よろめいたセイラを助けるために手を伸ばしたナジュールに余所見をしていたルルドが横っ面をぶつけ、カイザーだけが涼しげに城門をくぐる。

其処には苦笑を浮かべた門番とど真ん中に陣取ったハナの姿があった。

思いっきり戦闘態勢の彼女は、まずジョゼをきっと睨み付けた。

全く非が無いにも関わらず思わずぎくりと身を強張らしてしまうほどの迫力があった。

今回は迷子を見つけた功労者として褒めてもらってもいいはずなのに。

機転を利かせてカイザーに連絡を取らなければ日没までに3人が帰ってくることも出来なかったはずだ。


「ハナ嬢、怒ってるな」


後ろからひょこりと前を覗くセイラに言えば、セイラは不明瞭な声を出した。

肯定にも否定にも取りかねる。

「ただいま。ハナ殿」と場の雰囲気も考えず、にこやかに手を振るナジュールをにらみつけるハナはどうしても怒っているようにしか見えないのだけれど。

冷たい視線を降り注ぐハナの元へセイラは軽い足取りで近づいていく。

右手に揺れている袋にはハナやジルフォードへのお土産が入っている。

屋台で売っていた安い菓子なのだが、アレぐらいで機嫌を取る事ができるだろうか。


「ただいま」


その言葉に、もともと吊り上っていた眉が更にきゅっと高くなった。

ハナが口を開く前に消えてしまおうか。そんな思いがジョゼの脳裏を占めたが、彼の思い描いたような未来は訪れなかった。

ハナの口元が揺れるより先にセイラの指先がハナの眉間へと伸び、年頃の少女には似合わない眉間の皺を伸ばすように、くるりと円を描く。


「何かあった?」


ハナが本当に怒っているときは、その想いとは逆に怖いほどの笑みを浮かべるのだ。

吊り上った眉は怒りからではなく、懸命に何かを我慢している時の仕草だ。

痛みだったり、悲しみだったり。


「何も」


僅かに震える声に説得力などなかった。

その様子にセイラはくすりと笑う。


「ハナの眉間は正直なのに」


「セイラ様が何も言わずに街に下りてしまうからですわ。心配しましたのよ」


もっともらしい言葉ではあったけれど、セイラには違うと分かった。

ここで問い詰めても良いけれど、ジョゼやナジュールが居る前では本当のことは言わないだろ。


「うん。ごめんね」


調子を合わせて、仲直りの印に額をあわす。

後で聞かせてねと。

何も言わずに遅くまで出かけてしまったのは本当に悪かったと思ったから「ごめんね」にはたくさんの想いを込めて。


「ほう。やはりハナ嬢の扱いは嬢ちゃんが一番か」


ニィと笑うジョゼの姿を目にして、ハナは再びきっと視線を上げた。


「ジョゼ殿! ナジュール殿! 一言も告げずにセイラ様を連れ出すなんてどういう了見なんですの」


予感していた嵐は一拍おきに吹き荒れた。

「俺関係ないんだが……」そんなジョゼの呟きなど綺麗に無視された。

何時の間にかカイザーの姿は無く、笑いを堪える門番の前で何故かジョゼまですみませんと頭を下げる羽目になった。


「ジンとカナンにもお土産渡しに行こうよ」


苦笑と共にセイラが言った時に、やっと解放されるとジョゼは小さくため息をついた。


「ええ、そうしましょう」


にこりと笑ったハナがセイラの背中を押して、一度振り返った。

一睨みでついてくるなと釘を刺して歩き出す。


「……今でも、あんなのがタハルに居ればいいと?」


将軍と他国の王子を一睨みで黙らすほどの侍女。

煩い女は撤回しようとルルドは思った。


「一人ぐらいいてもいいのではないか?」


「嫌ですよ。あんな怖い女」


のほんと答えたナジュールにルルドは新たな見解を付け加えた。











城門から十分に距離をとってセイラは背後に問いかけた。


「本当は何があったの?」


「何でもないですよ」


ジルフォードに近づいた侍女は自分と境遇が似ていて、恐怖を言い当れら他のが悔しかったり、彼女の存在が嫌なのに彼女の心情も分かってしまう。

そんなどろどろとして不鮮明な己のうちを話して聞かせるなど無理だと思った。

こんな醜い心のうちを知られてしまったら、きっとセイラは呆れてしまうだろう。

それならば悟られないように完璧に表情を作れば良いのにそれすら出来なかった。


「ハナが何を怖がってるのか知らないけど、大丈夫だよ。」


それだけで心のうちのもやもやしたものが晴れてくる。

そうだ。怖がることなんてない。

クロエは邪魔をするなといったけれど、自分の大切なものを守るためならばハナの戦わなければならないのだから。


「今度は一緒に街に行こうね。新しい友達が出来たんだよ」


「はい。……ところでその飾りどうしましたの?」


やっと見慣れない被り物をしていることに気が回るほど余裕が出てきた。


「ナジュール殿とルルドがやってくれたの。タハルではこうするみたいだよ。似合う?」


「ええ」


幾重にも巻いた布はセイラに似合うような色を選んでいるため違和感はない。

異国風の装いが少しばかり大人びて見せてよく似合っているといえた。


「ですが、私のほうがもっとセイラ様に似合うものを探せますわ!」


「……え?」


なんか次に街に下りた時着せ替え人形と化しそうなんだけど。

セイラの心配を他所にハナはごうと闘士を燃やしていた。



















城門が騒がしいその頃、書庫の中はひっそりとしていた。

カナンの部屋には二人の人物がいたがどちらも言葉を発してはいなかった。

湯気を立てるポットから湯を注ぎながらカナンはちらりとジルフォードを見た。

珍しい事に机の上に積まれた本は、ジルフォードが此処に来て一度も表紙を捲られていない。机にはしった木目を追うように視線を下を向き、殆どあげられることは無い。

白い髪が表情を隠し、何を思っているのかも判断できなかった。


「何か考え事ですか?」


いつもなら邪魔をすることなどないのだけれど、あまりにそうしている時間が長いからカナンはお茶を差し出すついでに問うてみた。


「うん」


声は重いのにどこか上の空。


ジルフォードは考え事をするのが嫌いではない。

15年もの時間を一人で持て余してきたのだから。

けれどその考え事の中に自分の存在が入るとなるとひどく難しくめんどくさい事になってしまうのだ。

少し前からジルフォードの世界は変わっていった。

広くなったといっても良いかもしれない。

セイラが来たことによって周りに居る人の数が格段に増えた。

ナジュールにルルド。そしてクロエと名乗った一人の侍女。

クロエとの会話はジルフォードに外の世界を示した。

文字だけで追うのではない、生きた外の世界を。

もし、彼女の語った言葉が真実ならばアリオスにとって重大な問題に違いなかった。


このままではいけないのだと思う。

ジルフォードにとっても王子という立場にとっても。

何故、彼女がその話を自分にしたのかは分からないけれど、これは与えられた機会なのかもしれない。けれど。


「やるべきことがあるのにどうして良いのか分からない」


それは初めて口に出されたジルフォードの弱音だったのかもしれない。

カナンは瞠目した後、ふっと目元を柔らかくした。


「順序だててやればいいのですよ。あれやこれもなんて無理ですからね。出来る事から一つずつこなしていけば道は開けていくものです」


「出来る事を」


カナンの言葉を反芻するように、ジルフォードはゆっくりと呟いた。


「はい。行き止まりにぶつかったら誰かに教えを請うのもいいでしょう。セイラ様に聞いてみるのも良いかもしれませんね。きっと面白い打開策を教えてくださいますよ」


耳を澄ませば、扉の外からは明るい笑い声が響いてきた。


「ただいま〜」


暖かな春の風が吹いたかのように明るい声だった。

セイラがどこに行っていたのかなど知らない二人にとって可笑しな挨拶ではあったのだけれど、ここが帰るべき場所だと認識されていることを知るとほっと心が温かくなる。

鮮やかな色彩を纏ったセイラは部屋の中に華を添えた。


「お土産があるんだよ」


「セイラ様ったら内緒で街に下りてしまったんですよ」


不平を言いながらもハナの表情も晴れやかで、勝手知ったる棚をあけると深い青で色づけされた大振りな皿を出した。

セイラが大事そうに掲げていた袋を傾けると、コロンコロンと花が落ちてきた。

白い花がいくつも落ちてきて、青い背景に美しく映える。


「綺麗ですね」


シルトの花を模した焼き菓子を真白な砂糖でコーティングしたものだ。

時折、本物のシルトの花びらを砂糖漬けにしたものが落ちてくる。

祭の期間にだけ作られるお菓子でなかなか定評のあるものだとカナンも記憶している。


「ん?」


一粒菓子を摘んでいたセイラはジルフォードの視線に気づいた。

セイラ自身を見ているというよりも取れかかった魔除けのお守りを目で追っているようだった。

一度取れたそれを何とか元の位置に戻そうとしたのだが、ナジュールがやるようにはうまくいかなかったのだ。

僅かに引っかかっている紐に白い指先が伸びてきて、そっと取り上げる。

見たことがあるものだと思っていたらナジュールの首元を飾っていたものだ。


「ナジュール殿からもらったんだ」


ジルフォードの考えを肯定するようにセイラが続けた。


「そう」


今度は落ちないように頭ではなく首へと掛けなおす。

胸元で揺れる輝きに、少しだけ胸のうちがざわついた気がした。

その意味など知らぬから暫く見つめていると、セイラが不思議そうに見上げてきた。


「ジンもお守り欲しい?」


見当違いな問いかけに、ジルフォードはそうなんだろうかと考えてしまった。

特に欲しいわけではないのだけれど、セイラは一人よいことをひらめいたと手を打った。


「そうだ。ジンも一緒に街に行こうよ。ジンに似合うお守り探しに行こう」


こともなげに15年ぶりに城の外に出ようと言う。

もしかしたら、これが今、ジルフォードに出来る事だろうか。

明るい声が背中を押して、考える時間は短かった。


「うん」


「約束だよ」


小さな頷きにぱっと光りが弾けた。




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