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第二章:白き花の告げるもの16

ルルドは所在無さげにずっと下を向いたままだ。

その向かいではでんと座ったジョゼが、ルルドの頭を彩る布に施された円形の模様の数を数えていたのだが飽きてしまい、店の店主を呼びつけて新たな注文をしているところだった。

ルルドの前では手をつけられなかった料理が冷え固まっていた。


「ここの店は汚いが味はアリオス一だぞ。食っておけ」


「汚いは余計だよ」


店主とジョゼの軽い言い合いの間もルルドは下を向いたままだった。

泣き顔を見られたことが情けないのと、あまり言葉を交わしたことのないジョゼとどう話していいのかも分からない。

しばらくルルドにとって居心地の悪い沈黙が続いた後、目の前に皿が置かれた。

それだけなら視線を上げなかっただろう。

けれど鼻孔に広がったのは懐かしい香りだった。


「タハルの料理だろう?」


反応を示したルルドに満足げに笑いながら、ジョゼは皿を押しやった。

ずっと闇雲に歩き回っていたために疲れと空腹は頂点に達しており、懐かしい香りは置いていかれたとの孤独感に忘れていたはずの空腹を思い出すには十分だった。

豆と少量の肉を煮込んで塩だけで味付けたシンプルなスープ。

恐る恐る口につければ記憶と違わぬ故郷の味がした。


「ここの店主はどこの国の料理だろうと作れるぞ」


何故か自分ごとのように誇らしげに言うジョゼにちょっとした反発感が生まれた。


「こんなのタハルの料理じゃない。もっと、ずっとタハルのものはうまい」


美味しいと思った。じわりと広がった暖かさが心地よかったのに、口からは真逆の言葉が飛び出した。素直になれない自分が歯がゆい。そんなルルドの気持ちを知ってか知らずか、ジョゼはルルドの言葉に頷いた。


「そうだろうさ」


「タハルはいい国だ。こんな、こんな馬鹿みたいに生ぬるくなんかない! 」


「だろうな」


ジョゼが賛同するたびに次から次へとアリオスを否定する言葉が出てくる。

自分は使者の一人として来ているのだ。目の前の男はアリオスを代表するものといってもいい。

止めるべきだ。分かっているのに言葉は止まらない。


「本当だ!」


最後の言葉は悲鳴にも似ていた。

きっと見上げた男の顔にはしょうがなく相槌を打っているような気配はなかった。

タハルが小国だとあざけっている様子もない。


「自分の国ってのはそういうもんだ」


ぽかんと口を開けたルルドの様子に始めてジョゼは口の端を上げた。

ジョゼにも覚えのある感情だ。どんな大国よりも自分の国が一番。

今でもそう思っている。

エスタニアと比べればアリオスなど力だけの蛮国だ。

歴史も芸術も学問も何一つ追いつけない。けれど、どちらかの国を選べといわれれば迷うことなくアリオスと言うだろう。


「だが、どうせなら他国の良いところを認めたうえで自分の国が一番だと誇るといい。そのほうが角がたたんからな」


ジョゼは了解も取らずにルルドの皿にスプーンを突っ込むと料理を口へと運ぶ。

うまそうにその一口を嚥下すると、アリオスの料理も「食べろ」とばかりにルルドに押し付けた。


「それで? なんでお前は路地のど真ん中で泣きべそかいてたんだ?」


「なっ泣いてなどおらん!」


頬を真っ赤に染めたルルドを見てジョゼは喉元で笑った。

確かに涙が落ちたのを見たのだ。見られたと思ってるからこそルルドの頬も赤い。


「号泣する手前だったか?」


「違う! わっ私はそんなに弱くない」


弱くない。そういいつつも語気が弱くなる。



「弱音も吐けず、泣くもことも知らん。そんな奴が強いとは限らん」


「……」


ジョゼの言葉は柔らかかった。

はっきりと言って此処は都とは思えないほどの乱雑さだ。

アリオスの、しかも都に住んでいるものさえ迷わす路地。迷子になったところで仕方ない。

かくゆうジョゼも迷った事など数知れずだ。幼き日に初めてここで迷ったときのことを思い起こせばルルドの心情など手に取るように分かる。

心細くて、寂しくて、置いていかれたのだと思ってしまうことも。


「置いていかれたと思うなら気の済むまで追いかけろ。途中で疲れたんなら休むのも良いだろう。案外向こうから戻ってくるかもしれないしな」


確信めいた言葉にゆるゆると頭を上げジョゼの視線を追うと、人ごみの中にナジュールが見えた。


「これはこれは、将軍にルルド」


「あ、に」


つい出そうになった言葉をルルドは何とか飲み込むことに成功した。

もしジョゼが目の前に居なかったら口にしてしまったに違いない。


「いきなり消えるから驚いたぞ」


ナジュールに苦笑されルルドは下を向いた。そもそも先にナジュールたちから離れたのは自分のほうなのだ。置いていかれたなど、身勝手な思いでしかない。

確かに最初の行動はルルドに非があるものの、ナジュールには彼の思惑があったことを知らないルルド、正直に自分の行動を恥じた。

弟の思考を正確に辿りながら、ナジュールは己の中だけで苦笑して、ルルドに手をのばす。


「無事なら、それでいい」


ぽんと頭に手を置かれ二三度軽く叩かれると寂しさなど吹き飛んで、今度は別の意味で涙腺が緩んでいく。


「嬢ちゃんは一緒じゃないのか?」


「セイラ殿とも途中ではぐれてしまってね」


セイラ捜索にはカイザーを狩り出した。情報集め、人探しそれならカイザーの右に出るものなど居ない。ジョゼですら把握しきれていない裏街も彼ならば縦横無尽に歩き回れる。

ジョゼの絶対的な自信を裏付けるように向こうからセイラとカイザーも加わった。


「さて、帰りますか」


ケイトから報告を受けたハナが城門で眉を怒らせて立っているなど知らぬ一行は、前夜祭の熱気を十分に楽しみながら城へと帰っていった。



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