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第二章:白き花の告げるもの13

いくら人をかき分けても、望む人の姿は現れなかった。

人を押しどけ進むルルドに迷惑そうな顔が返ってくるけれど構ってなどいられない。

先ほどの店まで戻ったのにナジュールの姿もセイラの姿もなかった。

「あっちに行ったよ」と言う露天商に従って進んできたものの目の前には知らぬ人間ばかりがひしめいている。

これだけ人が溢れているというのに、ルルドは初めて真の孤独を感じた気がした。

何もない砂漠にただ一人取り残されるより、なお強く。

立ち止まったルルドにぶつかり文句を言う男、見て行けと手を引く露天商。

確かに彼らの営みに自分は存在するというのに、世界でただ一人きり。

そんな馬鹿みたいな、恐ろしいほど巨大な恐怖が落ちてくる。


『ナジュール様は貴方様のことを邪険にしておられる』


『近づいてはなりませんぞ』


ふっと浮んだ、権力者たちの声に身が凍る。

そんなことはないと知っているはずなのに。

王子の不仲は作られた。

……本当に?


ルルドは勢いよく首を振った。

その勢いが強いほど止めなく立ち上がる不安を遠くに押しやれるというように。

帰ろう。

それが一番良いと思った。心当たりもないままに闇雲に探したところで見つかるわけがない。


何処に? 

あの石造りの城は自分の居場所じゃないのに。


サクヤのところに?

彼はきっと向かえ入れてくれるけれど、決してルルダーシェの味方じゃない。


ぐるぐると回り始めた思考に出口は無い。

目の前を行き交う見慣れない色に眩暈が起こる。


「おい、お前」


大きな手がルルドの肩を叩くと、その衝撃で目尻にたまっていた液体が一粒だけポトリと落ちた。

















石舞台の広場も人でごった返していた。広場の半分ほどを露店がうめ、石舞台の横には明日からの催しものなのか剣術大会と書かれた看板が置いてある。

それに便乗してか武器商人たちの店も多かった。

子どもたちが店の前を陣取って、真剣な顔をして剣を見ている。

商人たちは、子どもたちを追い払ったりはしない。

小さな頃から剣を振るう事を知っているアリオスの子どもたちは立派な客に違いなかった。

ふと剣から視線を上げた少年が、顔一面に喜色を浮かべた。


「おねーちゃん!!」


その声につられて子どもたちが一斉にセイラのほうを見た。

手を振る姿を見つけるとわらわらと近づいてきて、あっけにとられるナジュールなど知らぬ顔をでセイラを取り囲む。


「お話してよ」


「エスタニアのお話がいい」


「語り部のおじちゃん、向こうの広場にいるの」


それぞれが手を、服を掴んで引っ張り、目的の場所へと急かす。

セイラの話を語り部に聞かせておけば、彼がいつでも好きなときに朗々と不思議な話をしてくれるのだ。

時折やってくるセイラを子どもたちはいつも心待ちにしていた。


「……すごい人気だな」


取り残されたナジュールがぽつりと呟くと、傍にいた老婆がほほと笑う。


「不思議なお嬢ちゃんでね。ふらりと来ては変わった話をしていくのさ。煩いばかりの子どもらもお嬢ちゃんの話の間だけは呼吸もしてないのかってくらい静かだよ。おや、今日は勝気なお嬢ちゃんはいないんだね」


そう言うと、私も聞こうかねぇと老婆も子どもたちの後に続いた。

自分も続こうと足を出したナジュールの背をぴりりとした気が打った。

瞬時の瞳を鋭くし、背後を振り向くと広場の陽気さに合わない沈んだ黒のマント姿の男たちが人の間を蛇のようにする抜けて此方へと向かってきていた。


「やはりな」


予想は当っていた。

タハルを出て時から、後ろをついてくるものがいた。

彼らが消してしまいたいのはルルダーシェではなくナジュールだ。

わざわざノースの道を越えてまで暗殺しに来るとはご苦労な事だとほくそ笑む。

ひどい仕打ちと知りながらルルドを置いてきたのは正解だった。


「……さて、どうするか」


これだけの人を巻き込まずに戦うにはどうすればよいか。

街は何処へ行っても人の山。

目をつけたのはすぐそばにあった石舞台。明日のためにと磨かれている其処には幸いな事に人がいなかった。

ひょいと舞台に上がるナジュールにどよめきが上がる前に、5つのマントが忍び寄る。


舞台に上った青年と剣を抜き放つマントを被った男たち。

一触即発の気を出しながらも誰もとめようとはしなかった。

それどころか、祭の余興かと拍手が沸き起こる。

青年の武器は小さな湾曲したナイフだけ。

あまりにも不利な状況も観客の熱を高めるばかりだ。


「よぉ、にいちゃん! 大分不利なんじゃないかい? 貸してやるよ」


面白がった露天商が投げ入れた剣は綺麗な放物線を描いて、ナジュールの手元に落ちてくる。


「かり受ける」


受け取る瞬間に鞘から引き抜いて構えるとどっと歓声が上がった。

男たちが一瞬ひるんだのは、その歓声ゆえか、不敵な笑みゆえか。


決着は早かった。

飛び掛ってきた男たちの半数は吹き飛ばされ、石畳の上でうめいていた。

ナジュールと体格はあまり変わらないと言うのに、男たちの体は一人を除いて宙をまった。

ただ一人残された男が躊躇したところに走りより、刃をあわす。そちらに気を取られている間に無防備な横腹に一撃。

くぐもった悲鳴を上げる男の獲物を弾き飛ばし、喉元に刃を突きつける。

あと一加減で肉に刃先が沈む。

その位置でナジュールはぴたりと剣を止め、息を呑む男の耳に口を寄せる。


「お前の主に伝えるがいい。愚かだと」


「ふっ。愚かなのはお前のほうだ。今タハルがどうなっているか」


男の言葉は完全に止まった。

呼吸さえ、額を伝う汗さえ時を止めたように。


「お前……」


やっと出た喘ぐような声には色はなかった。

笑みに射すくめられ男の思考も恐怖も驚愕さえも溶けた。


「知って」


返した刃で打たれた男はがくんと膝を折り、意識を失い舞台の上に崩れ落ちた。


「知らないとでも思ったのか」


歓声が吹き荒れてナジュールのため息はかき消された。


「オヤジ、助かった」


きちんと鞘に収めて投げ返すと、露天商は危なげなく受け取りにまりと笑った。


「さぁさぁ、見てたかい。今の大立ち回り! ほうれ、うちの商品だよ。軽い上に切れ味抜群! 大の男だって紙のように吹き飛ばせるよ」


商魂たくましい商人のもとに人々があつまり、舞台の上のナジュールへの感心は一気に下がった。

あきれつつも、そちらのほうが助かる。

大きな騒ぎになる前に早くセイラと合流をしよう。

確か此方のほうへ連れて行かれたはずと進むと、目の前には3本の路地の入り口がそれぞれにのたうちながらぽかりと口を開けていた。


「これは、ルルドを置いていった報いかな?」


とりあえず真ん中へ進んでみよう。

その選択が正しかったかどうか、ナジュールが知るのは随分先のことだった。





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