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第二章:白き花の告げるもの12

「ルルド?」


呼びかけに答える声はなかった。

どうにか、その姿を見つけようと懸命に背伸びをしてみるのだが路地を行き交う人の壁によって、ほんの少し先すら満足に見ることが出来ない。

セイラの行動に気づき、ナジュールもあたりを見回すのだがルルドの姿は見つからない。


「さっきまでいたよね」


セイラの頭に巻かれた布を選ぶところまでは確かに一緒にいた。

視界の先で揺れる青はルルドが選んだものに違いないからだ。

今はその布を選んだ露店からさほど離れていない場所のいるのだが、どこではぐれてしまったのか。


「まぁ、あいつも子どもではないし城までは無事に帰れるだろう」


まだ城はすぐそこに見えているし、大きな路地からはすぐの距離だ。

天才的な方向音痴で無い限り、城まで行く事は容易なはずだ。

少なくとも、ルルドは何も無い砂漠を星を頼りに進むことが出来るので大丈夫。そう判断したナジュールをセイラは不思議そうに見上げた。

いつもより頭が重いので重心が揺らぎ、かくりと首が傾ぐ。


「探さないの?」


「大声で探し回れば、ルルドの自尊心を傷つくだろうし。せっかく街に下りてきたのに人探しで終わるなんて私は嫌だ」


力が入っているのは、どうやら後半のようだ。


「てっきり探そうって言うかと思ったのにな」


「私はそこまで過保護じゃないよ」


肩をすくめるナジュールにセイラは明るい笑い声を返した。


「そうかなぁ」


「……なんだか含みのある言い方だな。セイラ殿」


ナジュールは気づいていないかもしれないが、よく世話をやいているように見えるのだ。

アリオスに中々馴染めないルルドを連れ出しては書庫にやってくる。

会話に入り込めないルルドを刺青の話で無理やり押し込んだのもナジュールだ。

見透かされたような優しい笑みを受け、頬が熱を持つ。


「ナジュール殿はいいお兄さんって感じだもの」


驚いたように開かれた瞳は背を向けているセイラには見ることが出来なかった。

「知っていたのか」

その言葉を飲み込むことが出来たのは、セイラが二人の血縁関係を知っているわけではなく、イメージだと気づいたからだ。


「いい兄などではないと思う」



しゃがみこんだセイラの目の前には奇怪な動物の形を象った装身具や彫り物がずらりと並んでいる。およそ年頃の少女が好むものでは無さそうなのに、目を輝かす様に張っていた気も抜けてしまう。

露天商も普段あまり見かけない客層に驚いているのか口数は少なく、時折、ナジュールをちらりと見る。


「それはどうでもいいことだよ。決めるのは君の弟だもん」


お土産にどう?

差し出されたのは、鈍い銀色の腕輪だった。

浮彫にされた怪物たちの瞳には、くすんだ玉がはめ込まれている。

うめく様に怒る様に牙をむく怪物たちの細工は緻密ではあるが気味が悪い。

今まで買い手もつかなかったのだろう。

「これ買ったらね、おまけでつけてあげるよ」

露天商はそう言って、目の前にあった変な置物をセイラに押し付けると、金を払えとばかりに手のひらを出した。


「いい買い物をしたね」


銀の腕輪をナジュールの腕に嵌めながら嬉しげに微笑んだ。

タダ同然で貰ったものにしては腕にしっくりと嵌り、金具もしっかりとした作りで嵌める時にパチンと小気味よい音がした。

セイラが気に入っているようだったからあげようと思っていたのに、セイラはさっさとナジュールの腕に嵌めてしまったのだ。


「随分気に入っているようだから、セイラ殿にと思ったのに」


「それね、エスタニアのお守りなんだ」


セイラが頭を揺らすと、ナジュールのつけた魔除けの飾りが音を立てる。

まるで、これの代わりにと言っているように。


「ジニスで作ったんだよ」


ジニスの職人が貴族の婦人むけではなく、楽しみに作ったものだ。

誰にも見向きもされないように、わざとくすませた玉は王冠を飾る玉も霞むほどのもの。

気づくものだけ気づけばいい。

そんな思いを込めて。


「セイラ殿の故郷か」


「そう」


セイラはそれがとても愛おしいものだというように一度だけ腕輪の表面を優しく撫でた。



「では、私が身につけよう」


ナジュールは腕輪の表面に口をつけた。

まるで神聖な儀式のように。

まわりの喧騒がふと消えたような静けさだった。


「お守りを贈る意味を?」


問いかけは短く、悪戯を思いついたような笑みは魅力的だった。

タハルでは己の作った守りを贈るのは求愛の印。

今回セイラに渡したものはナジュールの作ではなかったが、その気持ちが全くないといえば嘘になる。

そのことを告げれば、どんな表情をするだろう。


「あなたが愛しいのです」


息を止めたのはナジュールのほうだ。

その言葉が愛の告白ではないことは声の温度で分かったけれど。



「わたしがあなたの幸を望むにたる友人でありますように。この玉があなたの行く末を照らすように。エスタニアでは、そう思ってお守りを贈るんだ。タハルはどう?」


「同じようなものかな」


ただし友人ではない。

心に秘めた言葉が伝わる事はなかった。


「じゃぁ親友だね」


「では、更に交友を深めるために探索を開始しよう」


「ルルド、本当にいいの?」


「大丈夫だよ。セイラ殿」


ナジュールの予定では元々途中で分かれるはずだったのだ。

ルルドには知らせていないため、自ずと置いていくという形になるだろう。


「さぁ、行こう」


目の端にルルドの姿を見つける前に。

耳朶に己の名を呼ぶ声が触れる前に。


そして


刃が愛しい弟の上に降りかかる前に。






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