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第二章:白き花の告げるもの11

「うまくいってるならいいんだけどねぇ」


「それは、もう」


もみ手せんばかりの笑顔を振りまく男にげんなりしつつも、少年は「それはよかった」と心の篭っていない言葉を吐いた。

正直どうでもいい。

彼らの素晴らしい計画とやらが成功しようが、しまいが関係ない。

ちろりと視線を向けたが、相方も同じ想いなのだろう。

もともと無表情な女だったが、今日は色さえないかのようだ。


「じゃぁ、計画通りよろしくねぇ」


へこりへこりと何度も頭を下げて去っていく男に薄い笑みを浮かべながら、ぬるくなってしまったお茶に口をつけ、べっと舌を出した。


「この店、はずれ」


先ほどの男は、それなりに名の通った貴族だと言うから期待していたのに、彼が用意した店は内装ばかりが美しく料理の味は大した事ない。


「それにしても、欲ってのは怖いもんだねぇ。サキの力なんて関係ないじゃん」


相方の特殊な能力を使わずとも、権力と言う餌をちらつかせるとほいほいと寄って来る。

鉄仮面な女と少年。

そんな怪しげな二人連れに不信感すら抱かないなんて馬鹿な奴らだ。


「でも、正直言って元王妃様なんて関係ないんだけどなぁ。お城の中がごたごたしてるほうが動きやすいと言えば、そうだけど」


食べる事に飽きた少年は、砂糖を積み上げていく作業を開始した。

ある程度まで積み上げては、突き壊し、積み上げての繰り返し。


「元王妃様に近づいて、王弟を取り込んで、正統な継承者を主張してにして権力を手に入れるの? どう考えても馬鹿らしいけどねぇ。」


彼らはもっともらしく語るのだが、彼らの根拠はジルフォードが王妃の産んだ王子だということだけだ。


「ねぇ、ユザは王座の交代なんて望んでたっけ?」


「ユザが望むのは、ユザを捨てた全てのものが滅ぶ事だけだ」


サキの声には表情と同じく、変化がない。

少年は、声だけ聞けば女か男なのか分からないような不思議な音が嫌いではなかった。


「ふぅん。じゃぁ、やっぱり関係なんだ」


砂糖の積み木崩しにも飽きた少年は、立ち上がり窓辺へと近づいた。

味は失敗だが、窓の外に広がる風景は悪くない。視界の半分を空の青が埋め、下半分は果物や布売りの露天商が色鮮やかに覆っていく。



「あっ……」


思わず出てしまった小さな声は、サキの表情を少しばかり変えることに成功した。

こんな場所で見つけてしまうとは。

しかも、向こうも此方に気がついたようだ。

黒い瞳が見開かれ、「なぜ?」と唇が動くのが確かに見えた。


「どうした、ヒイラギ」


「ごめん。見つかった」


謝りつつも、反省などしていないような明るい声でヒイラギと呼ばれた少年は笑った。

高い笑い声に混じって、足音が部屋へと向かってくることにサキもヒイラギもすでに気づいていた。


勢いよく個室へと続く扉を開けたのは、ヒイラギが今しがた露店の前で見かけた色彩だった。


「お前たち、何をやってるんだ!」


第一声も表情も想像通り。


「これは、これはルルダーシェ様。ぼくらを置いていくなんて、ひどいんじゃありませんかぁ?」


慇懃に頭を下げるヒイラギの前で、眉尻をきっと上げたのは先ほどまでルルドと呼ばれていた少年だった。


「そのことについては、ちゃんと話したはずだぞ!」


「話は聞きましたよぉ。了承するとは言ってませんけどねぇ。だって、ルルダーシェ様、サクヤ殿に苛められていないか、心配で心配で、来ちゃいました」


「誰が苛められるだと!」


「サクヤ殿は、あのナジュール様だって手のひらで転がせる人だからねぇ、ルルダーシェ様なんてペッって感じですよ」


ヒイラギの虫でも払うかのような仕草に頬が瞬時に熱を持つ。

タハルに置いてきたはずの付き人たちが、どうしてこんなところにいるのか。

怒りと困惑とが渦巻いて、うまく言葉が出てこない。


「お、お前たちまでいなくなったら、騒ぎになるだろう!」


「それについては対応しておきましたから大丈夫ですよぅ。たぶんね。それに、仲の悪い兄弟が一緒にアリオスに行ったなんて考えませんって。もし、二の王子ルルダーシェが付き人の格好させられて連れて行かれたなんて知った日には……ねぇ」


物騒な笑みにぐっと口を噤む。


「今はルルドだ」


「そうでしたねぇ」


にっぱと笑うヒイラギに脱力して、今のやり取りを何の感慨もなく見ていたサキに恨めしげな視線を送るが、返ってくるのは光りの差さない真黒の視線だけだ。


「……お前まで」


自由奔放なヒイラギはともかく、寡黙で職務に忠実なサキまでもがアリオスにいることが信じられなかった。


「それにしてもなんだ、その格好は」


二人の格好はタハルのものとは大分違う。

色彩だけはルルドが頭に巻いている被り物と同じく鮮やかだが、腰には毛皮ではなく細長い布が巻かれ、袖口は大きく開いていた。



「さすがにタハルの格好は目立ちますからね。これ、ローラ山脈の麓あたりに住む少数民族の格好なんですよぅ。なかなか似合うでしょ?」


その色彩の豊かさは、ヒイラギの性格によく似合っている。


「ところで、ルルド様はどうしてここに? てっきりお城で閉じ込められてるかと思ってたのに。予想外なのは僕らも同じですよぉ。影ながらこっそり見守ろうとしてたのに」


「……兄上と一緒に出てきたのだ」


「ナジュール様?」


そのわりにはナジュールの姿は見えない。

上から見たときも、ヒイラギの位置からはルルドの姿しか見えていなかったのだ。


「他に誰か一緒で?」


「ああ、セイラっていうエスタニアから来た女だ」


「セイラ王女ですか」


「知っているのか?」


「そりゃ、エスタニアの王女が嫁ぐとなればちょっとした騒ぎでしからねぇ」


ヒイラギはにぃっと口の端を吊り上げた。


「美人でしたかぁ?」


「いや」


ルルドの答えは殊更早く、短かった。

迷う素振りさえ見せない主に目を瞬かせると「そうですかぁ」と残念そうに呟いた。

美人であろうと、なかろうと会えるわけでもないのにと呆れたルルドの横でサキが初めて口を開いた。


「お二人はどちらへ?」


階段を上がってくる気配もなく、窓から見える路地にそれらしき姿も見えない。

ナジュールほどの長身ならば見つけることはそう難しい事ではないはずだ。


「ルルド様、置いていかれちゃったんですかぁ?」


「置いていかれてない!」


噴出したヒイラギを射殺せそうな瞳で睨みつけると今しがた開けたばかりの扉をくぐりぬけた。


「お供しましょうか?」


駆けていく背中に笑いを含んだ声で問えば、「いらん!」と怒鳴り声が返ってくる。


「お前たちは、早くタハルに帰れ!!」


足音が遠ざかるほどヒイラギの笑い声は高くなり、終いには腹を抱えて床に倒れこんでしまった。


「怖い怖い。ルルド様は僕を笑い死させる気かもしれないねぇ。兄上大好き!は健在だ。あは。今のうちに仲良くしておくといいよ」


仲が悪いと思われているのは、周りがそう振舞っているためだ。

国では満足に言葉を交わすこともできない。

視線を合わすことすら困難かもしれない。



「……来てるんだ」


ぽつりと零された、小さな歓喜の声をサキは聞き逃さなかった。

路地の見つめていた視線が床に転がったヒイラギに移る。


「ヒイラギ」


その一言で何を言おうとしているのか理解できるのだが、彼女が言うように我慢してきたのだ。ご褒美を貰ったっていいはずだ。


「ちょっとだけだよ」


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