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第二章:白き花の告げるもの10

「あの組み合わせ。最近良く目にするね」


ナジュールの視線の先にはジルフォードと一人の侍女の姿がある。

ジルフォードが他人と話している場面が珍しいのと、相手が中々美人ということもあって名前はしらないものの、彼女の顔には覚えがあった。

内容までは分からないけれど、会話は途切れていないらしい。

廊下で立ち止まっているセイラを見つけ、その視線をたどると今の光景があったのだ。


「……セイラ殿は嬉しいのかい?」


ジルフォードを見るセイラの目はどこか嬉しげに細められて、口角もふっと柔らかな弧をかいてある。

こんな状況でなければ、その様子に表情を緩めたのだが。


「うん」


「……夫が別の女性と仲良くしていて嬉しいなんて、変わっていると思うが」


初めて此方を向いた瞳には、「何故?」そんな不思議な色が宿っていた。

よどみの無い答えに首を傾げたくなるのは此方だというのに。


「まったく」


苦笑のような小さな吐息が漏れる。


「あまりに幼い愛情なのか」


時に憎悪にも変わるほどの想いを知らぬがゆえか。


「それとも女神のように寛大な愛情なのか」


時に残酷なほど慈悲深い想いゆえか。

自分ならば、どちらも要らない。

同じ身の丈の愛情を返して欲しい。

そう思うのは傲慢だろうか。

この愛情を注がれる対象のジルフォードは、どう思うだろう。

ふと浮かんだ疑問の答えを探ろうと、その答えを持っているであろう人物に視線を移す。

目があったと思うのは、きっと錯覚に違いない。

一瞬だけ見えたような赤い色は白い髪に隠されて何処にもなかった。

視線を戻せば、やはり疑問を宿した瞳がナジュールを見つめている。

吐息がかかるほど近づいても、大きな瞳に揺るぎは無い。

まったく意識されていないのか、そういったことに鈍感なのか判断がつかない。

慌てた声を出したのは隣にいたルルドのほうだ。


「ただの阿呆です!」


「なんで、ジンが仲良くしてると嬉しいのが阿呆になるのさ」


むっとしたセイラがルルドの頬を抓って伸ばす。

ルルドの身長は低いのでセイラでも容易に手が届くのだ。


「にゃにをふる!」


「変な顔!」


まるで仔犬のじゃれあいのような光景についつい頬も緩む。

ナジュールは二人の頭に手を置いて、ぐりんと方向を変えさせた。

そのまま押せば、つられた様に二人とも付いて来る。


「どこに行くんだ?」


「街を案内してもらおうと思ってね」


シルトの祭りは明日から始まるのだが、すでに街には熱気が満ちお祭り状態。

城の中にも、熱気は十分に伝わってくる。

正式に祭りが始まれば、自由には動けまい。

タハルの客人たちは、その前に街の降りて楽しんでしまおうとの考えだ。

ずっと城の中にいた反動も大きく、サクヤの制止の声も聞こえない振りをした。







「どうかいたしました?」


会話が途切れた、といっても話すのはクロエばかりでジルフォードは頷きを返すばかりが多かったのだが、それすら返ってこないことに気づきクロエは視線を上げた。

長い睫に縁取られた瞳が話題の種から離れていることを知ると、何が彼の関心を引いたのか気になり、視線を追いかける。

ジルフォードの視線の先には、誰もいない廊下があった。





















流れるような速さで連れて行かれたセイラが問題に気づいたのは城を出て、大通りを歩いている時だった。


「……私、あんまり道詳しくないんだけどな」


二、三度、街に下りたことはあるが、ケイトに連れられてきょろきょろと見回してばかりいたので、道順を詳しく覚えていないのことにやっと思い至ったのだ。

それに裏街に迷い込めば、地元の人間でも方向がつかめなくなるから、入ってはいけないと言われたような気がする。

そんな場所に不慣れ三人が行って大丈夫だろうか。

しかも、そのうち二人はまったくの初めてだ。

セイラの心配をよそにナジュールはにっと笑った。


「迷子になってみるのもいいさ。新たな発見があるかもしれないだろう?」


ルルドの早くと訴える視線にも後押しされ、セイラ頷いてしまったのだ。

大通りばかりではなく、いつもは静かな細い路地ですら人が溢れ、騒がしい。

家々の窓に飾られたシルトの花は零れ落ちんばかりに咲き乱れ、時折吹く風が花弁を一枚、二枚と宙に舞わす。

広場では踊り子が喝采を浴び、子どもたちが語り部を追いかける。

ふわんと甘い菓子の香りが四方からたちこめ、見たことの無い品物が露店に並んでいた。

売り子の声は高らかに、此方においでと呼びたてる。



「ここはとても活気にみちているのだな」


街の喧騒に目を細めながら、ナジュールが呟いた。

遠い何処かの景色と重ね合わせているような表情だ。


「そうだね。何も無い時だって、すっごくにぎやかだよ。タハルの都はどうなんだ?」


行ったことのないエスタニアの都も華やかで活気に満ちていると聞いてたので、都とはそういう場所なのだと思い込んでいたら、予想外にナジュールは苦笑した。

彼には似合わぬような暗さがあった。


「ここに比べたら、死んでいるのと同じだ」


「死んでる?」


「砂ばかりの侘しい場所だ。誰も彼もが疲れきっている。知っているか。セイラ殿。タハルの砂漠には雪が降る。荒涼とした乾ききった世界をほんの一夜で白く変えるんだ。苦労して苦労して作った作物は砂嵐と雪が全部、奪っていく。大した産業のないわが国には致命的だ。都とて獣の跋扈する場所だ。都に明かりが絶えないのは、豊かだからではなく、そうせねば生きていけないからだ。大地と同じく、人の心も乾ききっている。」


知っているかと訪ねるナジュールの声は知らないだろうと突き刺さすような鋭さがあった。

ルルドの暗い表情は、それが事実だと告げており、陽気な曲が響く中、二人の周りだけがずんと重い。


「山脈を一つ挟んだだけなのに」


何も答えることが出来ないセイラの上に落ちてくるのは怨嗟にも似ていた。

グランの言葉が蘇る。

肥沃な大地を寄越せと彼らは、いつもアリオスを狙っているのだと。

その言葉は、アリオスばかりにではなくエスタニアにも向けられていること容易に想像できた。

ローラ山脈をはさんで隣国となるエスタニアは大陸一の栄華を誇る。


「おおい、おにぃさん方寄って行きなよ!! なぁに、辛気臭い顔してんだい。ほいさ、これなんてお似合いだよぅ」


事情など知らぬ露天商が三人を呼び止めた。

手に持った布をセイラに巻き付けると、こちらも似合うと新たな布を出してきた。


「すまないな。セイラ殿。楽しむために来たのに、暗い話をしてしまった。おやじ、そっちのも見せてくれ」


「はいよ」


ナジュールの言葉に返事をする前に、セイラの頭にはぐるりと鮮やかな布が巻かれていく。

あまりの手際のよさに、何をされているのかセイラには分からなかった。

とりあえず、大人しくしていると、目の前にルルドの手が突きつけられる。


「此方のほうが似合う」


ルルドが差し出したのは、瑠璃のような青さを持った布だった。

そっぽを向いた頬には僅かばかり赤みがさす。


「うん。そうだな。そちらのほうがいい」


ナジュールは布地を受け取ると、器用に他の布地とともに巻き込んでセイラの頭を覆っていく。


「あの、ナジュール殿?……ルルド?」


セイラの困惑を他所に、ナジュールは己の首から提げていた香入りの魔除けを飾りとして括りつけると満足げに頷いた。


「タハル美人の出来上がりだ」


鈍く光る鏡の前に立たされて、何をされていたのかは初めて分かった。

亜麻色の紙は一部を除き、幾重にも重ねられた美しい布で作られた被り物の中にきっちりとおさめられていたのだ。

ちょうどルルドがしているのと同じような格好になる。

セイラ自身は何も変わっていないと言うのに、別人になったような奇妙な感覚に陥るのは何故だろう。


「おやじ、これをすべて貰おう」


気前のよいナジュールの言葉に、「まいどあり」と露天商の声が続いた。


「ナジュール殿、これは……」


「気分を沈ませてしまったお詫びだよ。なに、気にすることは無いよ。どこかの奇特な方々が素晴らしい贈り物をしてくれたからね。」


にこりと笑ったナジュールには、思わず頷いてしまうような強さがあった。

助けを求めるようにルルドを見れば、


「贈り物を突き返して、ナジュールに恥をかかせるつもりか」


と、赤い顔をしたままあらぬ方向を向いてしまったのだ。


「ありがとう」


ルルドの言うとおり、せっかくの好意をつき返すのは憚られてありがたく受け取ることにしたのだ。

先ほど突き出された青い布はルルドからの侘びだったのだろう。

そして、もう一つ言わなければならない言葉がある。


「君たちが謝る必要なんて無いよ。私は、もっとタハルのこと知りたいと思ってる」


ナジュールの語ったのは紛れもない事実。

知らなかった、知らなければならない事実。


「あんな話を聞いても、タハルに来たいと思うかい?」


「うん」


ナジュールはどこかで、ほんの少しでも迷ってくれればいいのにと思っている自分がいることに気がついた。

もし返答に躊躇いが含まれていたならば、きっと諦めもついたのに。


「やはり、セイラ殿は不思議な人だな」


「……ただの阿呆ですよ」


ぽつりと呟かれた言葉に、ルルドが聞き取れないほど小さな悪態が天に向かって零したが、陽気な歌にかき消されてどこにも届く事はなかった。

振り仰いだ視線の先で見えたものにルルドが思考を停止している間に、違う露天商がセイラとナジュールを手招きしていた。


「なぜ?」


呆然と呟いた問いに答えてくれる者は生憎といなかった。











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