第二章:白き花の告げるもの9
秘密の場所とやらに出かけて行ったセイラがいつ帰ってきてもいいように、ハナの手によって寝室は完璧に整えられていた。
秘密のといっても城の中のことだ。
ある程度予想はついているので、あまり心配してはいない。
もう帰ってくるだろうと思う頃には、必ずただいまと扉が開くのだ。
セイラは、今日も同じように満足げな顔をして帰ってきた。
一つ違うのは、バスケットの重さが予想以上に軽いことだ。
いつも、一人では食べきれないほどのお茶とお菓子を持っていくのだが、それが全く残っていない。
「セイラ様、誰かとご一緒でした?」
今までも道すがら知り合いに会えば分けていたようだから、何気ない一言だった。
ジョゼかケイトあたりの名が浮ぶと思っていたのに、予想外の名に飛び上がった。
「途中でナジュール殿に会ってね。一緒に食べたんだよ」
ハナの予想ではセイラ出かけていくのはカナンの畑だ。
一度案内された時、ひどく気に入った様子だったので自由に入っていいというお許しを頂いたのだ。
周りから隔絶された場所は秘密というに相応しい。
けれど、そんな場所でナジュールと二人きり。ハナはさっと青ざめた。
「セイラ様! 何もされなかったでしょうね! 抱きつかれたり、抱きつかれたりなんて……」
「されてないよ。葉っぱ食べさせて、お茶飲んで、リュウの話をしただけ」
気になる言葉が出てきたが、見事に聞き流した。
葉っぱを食べたぐらいで、お腹を壊すような軟弱さは持ち合わせていないだろう。
「気をつけてくださいませ。あんな、あんな方と二人きりなんて……」
ハナの中でナジュールの評価は地の底のようだ。
目の据わったハナの迫力に押され、曖昧に頷くセイラにふぅとため息一つ。
「変な噂でも立てられたら大変ですわ」
噂が立つのはあっと言う間。
事実に尾ひれ背びれがついて、世間を渡っていくのは目に見えている。
今は、皆もうすぐ始まる祭りに気を取られているところだが、二人きりの姿など見られてしまえば、関心は一気に切り替わる事だろう。
「ハナは心配性だなぁ」
「心配にもなりますわ。……ジン様のことだって」
「ジンがどうかした?」
ハナはゆるく首を振った。
ハナとて侍女仲間の一人に聞いたに過ぎない。
「最近、ジルフォード様、クロエといるのを見かけるけれど、あの人がジルフォード様付になるの?」
その娘は、ハナに事実を問うように尋ねたが、寝耳に水の話だった。
「最近、クロエという侍女といるところをよく見かけられるらしくて」
それ自体はたいして問題ではないのだ。
ジルフォードの理解者が増えるのは喜ばしい事に違いない。
けれど、そこに権力争いや貴族たちの思惑は絡んで、ジルフォードを利用しようと言う魂胆なら見過ごす事なんて出来ない。
「クロエって、すらっとした美人さんのことかな?」
「知っているんですか?」
「書庫で一回話したのと、何回か見かけてことがあるよ」
「……そうですか」
彼女が近づいた真意を探らなければ。
そう決意したハナの前で、セイラはくわっと猫がするようにあくびをし長椅子に倒れこむ。
緊張感のカケラもない姿が、「彼女のことは心配する事ないよ」そう言っているように見えた。