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第二章:白き花の告げるもの8

散歩と称して出てきたものの、特に当てがあるわけではなかった。

他国の城を誰の案内も無しにふらつくのは好ましくないことだと分かってはいたが、ささくれ立った気持ちのまま部屋に閉じこもっているのは嫌だった。

愛用の毛皮をカナンの部屋に置いてきたことを思い出したが、再びあそこを訪ねるのも気が進まない。

廊下には橙色の明かりが灯されはじめていたが、その光りさえ今では癪にさわる。

タハルではこんな気分の時、どうしていただろう。


ー遠乗りか……


それこそ、許されることではない。

ふぅとため息をついたとき、背後から名を呼ばれた。

振り向けば想像通りの人物が手を振りながら、近づいてくるところだった。


「セイラ殿……どこかへ行くのかい?」


見回してみても、いつも煩いぐらいにひっついているハナの姿は見えず、セイラの手にはバスケットが握られている。


「月の綺麗な夜だから秘密の場所にね」


セイラはこれから不思議な話を始める語り部のように、人の興味をそそるような笑みを浮かべ、そっと囁いた。

もちろん、秘密の場所という単語は気になる。

しかも月が綺麗だから?


「ついていっても良いだろうか」


だめだと言われれば別の場所を探そう。

軽い気持ちで言ったナジュールに、セイラはにこりと笑みを浮かべた。


「もちろん」














日が暮れるのはあっと言う間で、空はすでに闇夜色。

何時の間にか月ものぼり、明かりが無くとも行動するには十分なほどの光りがあった。

セイラが向かったのはどうやら、庭園の一角らしい。金属の門をくぐり抜けると、わさりと四方から枝葉が伸びる。

アリオスで最初に咲く花はシルトの花だ。

その花もやっと咲き始めたばかり。

アリオスでは城であっても特別に時期をずらし、花を咲かしたりなどはしない。

それなのに、そこには甘さを含んだ不思議な香りがあった。


「ここは?」


植木の塀に囲まれた通路は細く、外から中をうかがい知る事はできない上に、その塀は何重にもあるのか、何度か角を曲がったのだがセイラが足を止める事はない。

ずんずんと先に行くセイラの姿を見失わないように足を速めながら問うと、さっと視界が開けた。


「カナンの畑だよ」


そこには、きれいに区画わけされた畑があった。


「あっちからはお城の厨房で使うようだから入っちゃだめなの」


畑の先にはもう一つ、門があり厳重に鍵がかかっている。

あきらかに、カナンのと言った畑のほうが大きい気がするのだが。

城の一角に自分の畑を持つなど、いつもにこやかな優しい老人は何者だろうか。


「カナンのお茶の材料がいっぱいあるんだよ。この良いにおいは葉っぱから出てるんだ」


差し出された葉に鼻を寄せると確かに甘い香りがする。


「甘いよ?」


試すような物言いに半信半疑で口に含めば、青臭さと共に甘みが広がった。


「驚いたな」


洗練された菓子しかしらない者にとれば、とても食べられたものではなかったがナジュールにとれば十分だ。

甘味の貴重であるタハルにどうにかして植えることができないだろうかと思案していると、目の前にカップが差し出された。

湯気が立ち、一層甘い香りが広がる。


「それを乾燥させてお茶にしたらこうなるんだよ」


いつのまにか、敷物が引かれお茶と菓子が用意されていた。


「よく、ここに来るのかい?」


「なんだか好きなんだよ。どうしてかな?」


セイラが月が綺麗な夜だからといった意味がようやく分かった。

強い光に照らせれて木々の影がくっきりと浮かび上がっている。

風に揺れて、伸び上がり、踊るように動く。

その影を踏むようにセイラ周囲を回る。

月の光りに照らされたセイラだけの舞台。


「リュウはいるかな?」


一瞬、何を言われているのか分からなかった。目の前で起こる光景に魅入られていたのだ。

リュウが大好きな物語に出てくるものだったと思い出す頃には、セイラは跳ね回るのをやめバスケットの中から焼き菓子を摘むと口に放り込んだ。いるかいないかと問われれば、いないと答えるしかない。

少なくともタハルにはそんな素晴らしい生き物はいやしない。

それど、現実的な答えでこの世界を壊すのは憚られて


「セイラ殿はへインズはリュウを倒したと思うかい?」


別の質問を返した。

終わりの無い物語。

へインズがリュウを倒して初めて終わるはずなのに、その部分だけが書かれていない。


「わかんない。でも、へインズはリュウが好きだったんだよ」


それこそが真実だと告げているような、きっぱりとした声。


「そんな馬鹿な。好きだったのに倒しに行ったというのか?」


まるで詰問めいた声を出してしまった事を恥じたが、セイラはふっと柔らかく笑った。

月光を纏った髪に彩られた笑みにどくりと心臓が音をたてる。


「私も受け売りなんだけどね。愛してたからこそ、自分が最期を与えてやろう、そう思ったんだって。他の誰にも譲ることはできなかったんだって」


大好きならば争わなければ良いのに。そう言ったセイラに母は「そうね」と悲しげに微笑んだ。

「でも、もしもリュウもへインズを愛したら」

答えなど出るはずもなく、それぞれが望む未来を夢見るのだ。



愛しさゆえに終わらない物語。

ささくれ立った気持ちもいつの間に凪いでいた。


「セイラ殿は不思議な人だな」


「そ?」


変だとかつつしみが足りないとはよく言われているが、不思議は初めてかもしれない。


「タハルの連中もそう思うだろう」


その素直さに、朗らかさに、月光に愛されたかのような姿に驚き、そして受け入れられる。

そんな様子が容易に想像できる。

砂ばかりの世界を見ても、きっと第一声は否定の言葉ではない。

そんな気がしてくると無性に見てみたくなった。


「セイラ殿、タハルに来るといい」


きょとりとした瞳が嬉しげに溶けていく瞬間、気づいてしまった。

凪いだはずの気持ちがざわめく理由を。


「うん、行く!」


そこに生まれ温度差を埋めるように、まだ暖かいお茶を流し込んだ。


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