第二章:白き花の告げるもの7
「先の話、どう思う?」
当たり障りのない返事をして、二人の貴族を見送る頃には空は赤く変じていた。
その、どろんと重たげな色と同じように、ナジュールの声は重い。
疲れ半分、怒り半分。
彼らがとうとうと語った内容は無駄を省けば、半日もかかるものではない。
「権利の回復という部分は同意いたしますが…」
話の間中、ぴくりとも表情を変えず、立ち続けていたサクヤは称賛に値する。
その姿に感心しながらも、サクヤがいなければ、どうにかして逃げ出したのに。
そんな思考を呼んだのが、疲れ知らずの厳しい瞳がナジュールを射ぬいた。
「そこは、私も納得するが……」
三流貴族にしては、話の出始めは良かった。
尊い身分の方ながら、不当な扱いを受けている女性がおりますと。
どうもきな臭い話ではあったが、どうせなら話の中心はおっさんより、女性の方がいい。
しかも、相手は美人なようで、セイラにも関わりがあるらしい。
ちょっとばかり話を聞いてやってもいいかと思っていると、彼らのネタばらしは早かった。
その女性とは、元王妃のサンディアだった。
うっとおしい泣きまねまでしながら、どうかサンディア様が、もとのように暮らせるように力を貸してくださいと。
彼らの言う権利の回復すなわち、権力の回復ということだ。
争いを生むのは必然。
「結局は政権を握りたいから、力を貸せということだろう。サンデァア殿はおまけだ」
こんなにも苛立つのは、この状況を己と重ねているからか。
仲の良い兄弟の間に亀裂を生むのは、いつだって強欲なとりまきたちのせいだ。
サンディアを取り込めば、その魔の手はジルフォードへと伸ばされていくに違いない。
「どちらへ?」
すくりと立ち上がったナジュールにすぐさまサクヤが問いかける。
「散歩だ。付いて来るなよ。半日我慢したんだからな自由時間ぐらいくれてもいいだろう」
ナジュールが上面を貼り付けるのがうまいだけで、けして気が長いほうではないことを十分に知っているサクヤは静かに頭を下げた。
「あれが本当にタハルの王子かのう。」
「あれぐらいの贈り物で頭を地に着けんばかり」
ひげた忍び笑いが二人の男の口からもれ出て、不快に空気を振動させた。
二人は前方からやってくる二人連れを見つけ一瞬目を丸くすると、すぐさま笑みを貼り付けた。
「これは、これはキース将軍にアイベリー将軍。お二人揃ってなど珍しい」
肩を並べて現れたのは、月影、陽炎、両軍の将軍だ。
長身の二人に見下ろされて、彼らはへこりと頭を下げると逃げるように去っていった。
「誰だ、あいつら」
「ランゲル殿とエリオ殿だ」
二人はそれなりに名の通った貴族なのだが、ジョゼにはまったく覚えがない。
聞いておきながらどうでもいいような返事を返したジョゼを睨みつけるとラルドは軽く息を吐く。
逆に覚えていたら恐ろしい。
彼のお気に入りで無い限り、どうやってひどい目にあわせてやろうかと画策しているほど嫌な相手ということになる。
「数年前まで、アリオスも野蛮な国だと言われてたってのに」
「うむ」
「これでは、どちらが礼儀も知らぬうつけだか」
誰が通るかも分からぬ廊下で隣国の王子の悪口をおおっぴらに口にするとは。
「もう少し、遅かったら戦争だったかもな」
貴族たちが歩いてきた方向からナジュールが姿を現したのだ。
「おや、両将軍。アロー」
二人は会釈で答えた。
とくに、話も無いのでそのまますれ違おうとすると、二人の目の前でナジュールが足を止めた。
二人に負けぬくらい、ナジュールも背が高い。
ちょうど向き合った強い色の瞳には、いつもの人当たりのよい笑みは無い。
「もしよければ伝えてくれないだろうか。賄賂は金の杯よりも食料がいいと。タハルでは万年食糧不足でね、金の杯など貰ったところで食べれないし、あんな浅いものでは水を汲む役にすらたたん。無下に断って心象が悪くなるのは困ると思って笑顔で貰っておいたが、はっきり言って邪魔だ。ああ、人材ならば大いに結構。」
頷く暇も与えず、まくし立て言いたいことが終わるとナジュールは去っていく。
言葉さえ飾る事を止めたナジュールに違和感はない。
むしろ、これが素の彼なのだと妙に納得できる。
やはり、最初に受けた強烈な印象こそが本質なのだ。
「本当にどちらがうつけか」
ラルドの顔に苦い笑みが浮んだ。
完全に手のひらの上で転がされているのだ。
きっと影で嘲っている事も知っているのだろう。
「あいつはルーファ型だな」
「ルーファ王? ……なんのことだ?」
「俺流、人間観察。今のところ、ルーファ型と嬢ちゃん型とラルド型がある」
今のところと言うあたり、いい加減さが漂っている気がしないでもないのだが、知っている名が出てくると妙に気になるものだ。
しかも、自分の名が在るのならばなお更。
「ルーファ型は裏表がある。完璧に使い分けるから性質が悪い」
「ルーファ王がか?」
「今度、休み時間の執務室に入ってみろ。逃げ出したくなるさ」
心配していた妻がけろりとした顔で戻ってきたので、現在の執務室も逃げ出したくなる有様だろう。
ジョゼも、ダリアが席を立った瞬間をついて逃げ出してきたのだ。
「嬢ちゃんというのはセイラ様のことか?」
渋い表情が、その呼び名は相応しくないと言っているがジョゼの知った事ではない。
本人がいいと言ったのだからと肩をすくめ、ふっと笑う。
「能天気に好き勝手に突っ走るタイプだな。それでいて、確信に近いとこにいるから怖い。それで、ラルド型はだな」
喜色満面。
「くそ真面目で一直線。信念を貫き通す姿勢は天晴れだが、時々うざい。」
「……」
どういう反応を返していいものかラルドは困った。
これは、褒められているのだろうか。
「……それは、褒められているのか?」
くそ真面目のラルドは直球勝負。
分からないのならば、聞いてしまうのがいい。
「そう聞こえたか?」
「いや、うざいとはどう考えても褒め言葉とは思えん」
「じゃぁ、そうなんだろう」
口を引き結んだラルドの顔が面白くて、ついに噴出した。
「褒めてんだよ。そういう暑苦しい奴もたまには必要だ」
「誰が暑苦しいだと」
さすがに、これにはむっときた。
ぴりっとした気を感じ取ると、ジョゼはニッと口の端を上げた。
「最近、書類整理で体がなまってんだよ。」
ジョゼの思惑を正確に読んで、ラルドはしかめっ面で頷いた。
「望むところだ」
二人の足は、誰もいなくなった調練場へと向かっていた。