第二章:白き花の告げるもの6
席に着いて一呼吸するとサクヤによって扉が開かれた。
期待はしていなかったが、現れたのはやはりいかにも貴族ですと言わんばかりに着飾った中年の男が二人。
痩せすぎの男は、室内を一瞥し、愛想笑いと一目で分かる笑みを浮かべ、小太りの男は鼻の下にちょろりと生えた髭を一撫ですると、此方も何かを探るように視線を巡らせた。
用意されたままの状態の部屋には彼らの興味を惹くものは生憎となかった。
「「アロー」」
進み出た二人は両手を肩の位置で掲げてみせた。
タハル流の挨拶ですと自信満面の顔に違うと言ってやりたかったがサクヤが瞳を光らせていることもあって笑みを浮かべるに止めた。
手のひらを相手に見せての挨拶は挑発しているのと同じなのだ。
お前などに正体を教えるものかと。
ルルドがいたなら目をむいたであろうが、今は隣の部屋で待機を言い渡されている。
感情と言動が直結しているルルドは、こういった場所ではトラブルを巻き起こす事になりかねないからだ。
「お会いできて光栄です。私、ランゲルと申します」
体に似合って細い声が告げると、
「エリオと申します」
野太い声が続いた。
それぞれが、自分はどの地方を治めていて、どれほど素晴らしいものなのかを声高に続けるのだが、もちろん耳には入ってきても頭にはさっぱりと入ってこない。
タハルならば楽なのに。
刺青を見れば何処のものなのかすぐに分かる。
話を聞いている限り同族でもないのに、どうして共に来たのだろうか。
その答えは、三度ほどあくびをかみ殺した後に訪れた。
「今日は、リブングル様の使いで参りました」
「なにぶん、忙しい方なので」
大げさなほど申し訳なさそうな顔をするエリオに、気にしないで下さいと微笑んだが、内心はこちらとて忙しいとふつりと怒りがわいていた。
ーこんなおっさんのためにカナン殿のお茶を逃したのか
サクヤを見やると軽く首を振られた。
やはりリブングルとやらに覚えはない。
「これは、贈り物でございます」
恭しく掲げられてきたものは皇かな布がかけられている。
その一枚とてかなりの値があるものだろう。
いやらしいほどゆっくりと布を引かれ、目の前に現れたのは光り輝く金の杯だった。
細部にまで施された細工は美しく、見るものにため息を零させる。
ナジュールの口からも息が漏れた。
それが感嘆だと受け取った二人は、顔を見合わせにやりと微笑んだ。
「これは、素晴らしく……」
―重そうだ
手にとって見ればずしりと思い。
実用より装飾性を取ったそれを日常で使うのは困難であろう。
アリオスの人間は、どうして自分たちが少数で、部屋を飾るほどのものも持たない軽装でやってきたのかは考えないようだとため息をついた。
どれほど大きく息をつこうとも、今は全て感激してのため息と取ってくれるだろうと遠慮はなかった。
ノースの道はとても厳しい。
無駄など命取りだ。
どうせなら、上にかかっていた布のほうが軽くてよいのに。
ちらちらと上目遣いが見え、内心げっそりとしながら笑みを浮かべた。
おっさんの上目遣いなど可愛いわけがない。
「リブングル殿の使いとおっしゃったが、一体どのような御用でしょう?」
何の下心もなく、貴族から贈り物をもらえるなどありえないことはよく知っている。
アリオスに比べようもないほど疲弊したタハルから得るものなど何も無い。
ならば、国内の権力争いの類だろう。
くだらない話が一刻も早く終わるように、ナジュールは贈り物に浮かれる馬鹿な王子の顔を貼り付けた。