第一章:見放された地より7
「ん〜うまぁい」
たっぷりと蜜のかかったパンにかぶりつきながら、少年は至福のひと時を過ごしていた。
「そうだろ。そうだろう」
とろけそうな少年の笑顔に店主も笑みを浮かべた。
「お前さん、どこから来たんだい? 見かけない格好だね」
少年が纏っているのは緻密な文様が織り込まれた布地のようだ。
袖口がでろんと広く、腰に巻いているひも状のもので結んでいるだけのように見えるのに、どれほどうまいと暴れても肌蹴てしまわないのが不思議だった。
「ずーっとね、北からきたんだよう」
「ローラ山脈のあたりかい?」
「まぁ、そんなとこ」
少年は二つ目をかぶりつきながら気の無い返事をした。
口いっぱいに広がる幸せな甘さに夢中なのだ。
あの山脈の近くには少数民族が点在していると聞く。
アリオスが豊かになるに従っていろいろな場所から人が集まってくるようになった。
ここも随分とにぎやかに、そして色彩豊かになったと思う。
店主は感慨深げに見せの外に視線をやった。
特別に早く咲かせたシルトの花が街中を彩って陽気な歌が流れてくる。
戦ばかりだったころとは大違いだ。
このまま、この平穏がずっと続けばいいと思う。
「そういやぁ、変なのが城に入っていったなぁ」
小さな呟きを漏らして、店主は呼ぶ声に応じて奥へと引っ込んでいく。
「変なのだって」
きゃはりと少年は高い声で笑う。
口の端に蜜を垂らしながら、変なのが入っていた城門を見つめていた。
おかしげに細まる瞳は、無邪気な残酷さを秘めていた。
「彼らも無事に着いたみたいだね。さぁて、これからどうやって接触しようかな」
「時期が来れば、おのずと会えよう」
少年は先ほどからパンにも手をつけず、話にも乗ってこない女にぷぅと頬を膨らませて見せた。
「ぼくはねぇ、早く会いたいんだよぅ。時期っていつ来るのさ!」
「そのときになれば、分かる。勝手をして城に忍び込んだりするな」
「むっ!」
まさにやろうとしていたことを当てられてしまい、少年は口を引き結んだ。
駄々をこねる子どもの顔だ。
「必ず会える。それが運命だからな」
まだ納得しかねる少年を置いて、女は席をたった。