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★初フィールド ~近接戦闘~

 りりんお手製の絶品目玉焼きは、一つで体力を5回復するアイテムらしい。

2つ食べると、私の採集で使った分の体力はすっかり回復していた。

それにしても、味覚の再現度は他の感覚と違い随分と鋭敏と言っても良い程だ。

その鋭敏な感覚を、触覚の方にも回してくれれば良いのにと思わずには居られない。

彼女に戦闘の注意点を聞きながら、外壁沿いを移動していくと程良く他の人と離れた場所に着いたところで丁度目の前に美味しそうに見える薄茶色のウサギが忽然と現れた。


「これが、この辺で一番弱いシュタールラビット。

 攻撃しようとすると、真っ直ぐに体当たりしてくるから、上手く合わせて枝を振ればいいよ。」


 そう言いつつ、「見ててね」とバックパックの中から先程私にくれたのと同じような枝を取り出してウサギに向かって構えて見せる。

すると、ウサギは弾かれた様に彼女の方に向き直ると一瞬の溜めの後、体のばねを精一杯使って彼女の腹部に向かって体当たりを仕掛けた。



――結構な早さだな。



 私は思いの外素早いウサギの動きに、少しヒヤリとする。

彼女の説明によると、このゲームはHPという概念は無い。

ただその代わりに、割と現実感のある外傷が生じるらしいのだ。

攻撃を受けた場所によっては、それにより死に戻りが発生する事もあるらしい。

ついでに、身体能力に関してはどのプレイヤーも同じものであるようだと付け加えていた。


 ハラハラしながら見守っていると、彼女は慣れた動きでソレを避け、枝をサッと打ちおろす。

枝は体当たりのスピードが乗ったままの頭部に正面からぶつかり、ウサギはもんどりうってその衝撃で1メートル程後ろに吹き飛ぶ。

ピクピクと何度か痙攣し、動かなくなったウサギを彼女はさっさと回収するとバックパックに仕舞い込む。


「結構素早いのだな……。」

「最初の内は、避ける練習のつもりでやった方がいいかも?」

「ふむ……。

 体を動かすのは不得手なのだが、善処してみよう。」

「わたしも鈍い方だけど何とかなったから大丈夫じゃない?

 多分。」


 彼女の励ましの言葉に、小さく頷いてから私もバックパックから枝を1本取り出す。

私はすぐにさっき彼女がやってみせてくれた様に、リポップしてきたウサギに向かって枝を向ける。

すると即座にソレに反応したウサギが、彼女の言う通りに真っ直ぐに突進してきた。

横で見て居た時も早いと思ったが、実際に対峙するともっと早く感じる。

慌てて避けようとしたものの一瞬遅かったのか、少し掠ってしまった。

微かに生地の裂ける音がして、チラッと自らの服を見てみると裾が少し破れてしまっている。


「あ……!

 言うの忘れてた!

 初期服も耐久あるから、あんまり攻撃貰っちゃうと破れちゃう!!」

「成程。

 参考までに、どれ位かね?」

「最大値が5。

 今のアルの服は4になってる!」

「ちなみに、0になると?」

「女性は下着姿。

 男性はびん〇っちゃま。」

「びん……???

 流石に、下着姿になるのは遠慮したいところではあるな。」


 うっかりしていたと、口に手を当て慌てるりりんも可愛い。

とはいえ、彼女の言葉に答えている間もウサギは構わず突進してきていて、空気を読まない動物だなと少し苛立たしくなった。

それでも何度かその攻撃をやり過ごす間に、段々と目が慣れてきたらしい。

最初はギリギリ避けていたのが嘘のように、余裕を持って避けられる様になってくる。



――これなら、なんとかなりそうか。



 次のタイミングで、突進してきたウサギの首をめがけて枝を打ちおろすと、以外とあっさり狙った場所に当てることが出来た。

首に一撃を受けたウサギは地面で軽くバウンドした後、動かなくなる。

やっと、戦闘終了だ。


「すぐに拾うとウサギの死体が手に入るよ。」

「戦闘直後に拾わないと、消えてしまうのかね?」


 りりんの言葉に従って、即座にウサギの死体を拾うとバックパックに放り込む。

ただ、『即座に』と食い気味に指示された理由が分からずに訊ねてみると、彼女は私の予想に対して首を横に振る。


「消えないんだけど、別のアイテムに変わっちゃうの。」

「別のアイテムかね?」

「ウサギの場合は、ウサギ肉かウサギ皮かな?」

「ふむ。

 全く異なるものではないようだが……。」

「変化するのが、肉か皮のどっちかなんだよねぇ……。」


 釈然としない雰囲気で口を尖らせるのを見て、やっと彼女にとって何が気に食わないのかがなんとなく分かった。


「両方手に入る方法があるのかね?」

「確定じゃないんだけど……。

 町の中に、『解体所』って言う施設があったの。

 そこに持って行けば、もしかしたらもしかするかも??」

「では、後で行ってみる事にしよう。」

「ん。

 1人で入るの、ちょっと怖かったんだ。」


 そう言って苦笑する彼女を、私は笑う気にはなれなかった。

彼女が思春期と呼ばれる時期に、生きた動物から毛皮を剥ぐ現場を見てしまった事があったと言う事を、当時のメールで聞いていたからだ。

動物好きな彼女は、ソレを見て卒倒してしまったらしい。


 何故、そんなものを見る機会があったのかは良く分からなかったものの、ひどくショックを受けたのだけは伝わって来たものだ。

残念な事に共感はできなかったのだが。

稀にだが、私も自らの世界では食用にする為に動物の解体を行う事がある。

その度に顔色を失っていたのでは、生きていく事はできないだろう。

ただ、『解体所』と言う施設を見て、彼女がソレを真っ先に思いだしてしまったのであろう事は容易く想像できた。


 またその事が頭を過ったのか、少し不安げな様子を見せる彼女の頭に手を伸ばして、そのふわふわの髪を思いきり掻き混ぜてやる。

そうしてから、彼女を引き寄せてギュッと抱きしめると少し気持ちが落ち着いたらしい。

腕の中からちょっと気まずそうに私を見上げて、りりんはヘニャっとした笑みを浮かべる。


「たまに思い出しちゃうんだよねぇ……。」

「それだけ、君にとって強烈な体験だったのだろう?」

「んむー……。」


 ほんの一瞬、私の胸に頭を擦りつけると彼女は腕の中からスルリと抜けだした。


「さて、最後は『魔法弾』の練習だね!

 張り切っていこ~!」


 精一杯の元気を絞り出した彼女の声に頷き、後を追う。

頑張って空元気を絞り出している彼女には申し訳ないのだが、私は腕の中に残る柔らかい感触と甘い香りに、心の底から湧きあがる喜びを噛みしめずにはいられなかった。



――本当に……本当に、このゲームを始めて良かった……!



 疑似的な物で、感触に物足りない物があるとはいえども、今まで彼女とこんな触れ合いを為す事はできていなかったのに、このゲーム内ではそれが出来る……。

なんと、なんと素晴らしい事なのだろう!!!

私が喜びに震えていると、一番近くに居た男性プレイヤーが小さな声で呟いた。


「リア充爆散しろ。」



――爆散はしない。

  しないが今なら、その言葉も甘んじて受け入れられる……!



 今の私は、リア充に限りなく近い。

それは間違いない事だろうと思う。

2018/5/9 加筆・修正を行いました。

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