★魚は意外と美味だった
幼いころに一度食べたきりだった『魚』は、りりんの手によって調理されると、信じられないほどに美味だった。
特に気に入ったのは、サディソンの骨せんべいだ。
カリカリになるまで揚げ焼きにされたソレは、触感も楽しいうえに香ばしい。
気が付くと、彼女が作ったもののほとんどを私が食べてしまっていたほどだ。
「アルは、骨せんべいが一番のお気に入りかぁ」
りりんは、ニコニコしながらそう呟く。
同じテーブルについたイカ下足君たちも、同じような表情でこちらを見ていることに気が付いて、頬に熱が集まるのを感じた。
私はあまり顔色が変わらないらしいのだが、耳まで熱いことを考えると、きっとそこは赤くなっているに違いない。
とても、恥ずかしい。
心の動きに従って、耳がパタパタと激しく上下する。
子供の頃からの癖らしいのだが、これも直したいところだ。
りりんだけでなく、イカ下足君たちの視線も私の耳に向くのを感じて、思わず両手でソレを隠す。
「あら、可愛いのに……」
ハニーちゃんのその感想に、ダーリン殿とイカ下足くんが頷く。
その乾燥は、二十五歳にもなる男に対して不適切なのではないだろうか?
助けを求めてりりんに視線を向けてみると、彼女はあからさまにがっかりした表情でこちらを見ていた。
どうやら、彼女からの助けは得られないようだ。
「それはそれとして、骨せんべいは魚臭さも感じないからアスタール君には食べやすかったみたいやね」
「だねぇ。あっという間になくなっちゃったし」
私が様子を見てイカ下足君が話題を変えると、ハニーちゃんとダーリン殿はさりげなく視線を料理の方へと逸らす。
ホッとしながら手を離すと耳がダランと下に垂れ、それに気づいたりりんが申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ナメロウは避けた方がいいかしらね」
「次は、オーソドックスなところで塩焼きはどうかな?」
その傍らでハニーちゃんとダーリン殿の二人は、次に私に食べさせるものを選んでいる。
確かに、ナメロウという料理は生の魚を使っているから心理的に手を出しづらい。
ダーリン殿に差し出された塩焼きの方を、頂戴することにしよう。
「……これも美味だ」
一口齧りついて、思わず呟く。
こんがりと焼き色のついた皮の中の身は、きちんと火が通っているのにしっとりとしていて汁気たっぷりだ。
モグモグと咀嚼して、もう一口。
大変、美味だ。
気が付いたら、食べ切ってしまっているとは……
「塩焼きも気に入ったみたいだね」
驚きつつも残念に思っていると、次の品が差し出された。
もう一尾食べたかったものの、私一人で食べ尽くすわけにもいかないだろう。
さっきの骨せんべいは、私がほとんど全て食べてしまったのだからと自分を納得させた。
「それじゃ、次は汁物をどうぞ」
礼を言って受け取ると、今度はつみれ汁とやらに口を付ける。
最初に感じたのは、潮の香だ。
それからフワリとイワシの香りが口中に広がるが、不快な香りではない。
つみれ汁も、あっという間になくなった。
「アル。香草焼きサンドウィッチも美味しいよ」
他の者からばかり受け取っているのが、りりんには面白くなかったらしい。
彼女は少し拗ねた表情だ。
正直、とても可愛い。
そう思ったのは私だけではないようで、ハニーちゃんとダーリン殿も微笑まし気に彼女のことを見ている。
ひそひそと囁き合ってはしゃいでいるのは、女性特有の行動なのだろうか?
どこの世界でも、女性というのはあまり変わらないものなのだなと、頭の隅で考えながらりりんが手にしたサンドウィッチを見つめる。
手にした状態で齧りついてやったら、どんな反応をするだろう?
ふと、そう思ってしまったら、もうやるしかないだろう。
「うむ。いただこう」
私はそう言うのと同時にりりんの手を取り、サンドウィッチにかぶりつく。
「ふえ!?」
驚きの声を上げつつ、咄嗟に身を引こうとする彼女を引き寄せると、後ろで黄色い声が上がり、りりんの頬が赤くなる。
まるで、食べごろのリエラの実のようだ。
思わず齧りつきたくなる。
驚きと羞恥に目が潤ませるのは、正直なところ悪手だろう。
もっと、やりたくなってしまうではないか。
「ちょ、アル!?」
サンドウィッチを食べるついでに指先を口に含んでみたら、りりんに頭を叩かれた。
「あ、ごめ……! 痛かった……?」
どうやら咄嗟に手が出たらしく、思いのほか衝撃がある。
よろけて膝をつくと、彼女はおろおろしながらハニーちゃんとダーリン殿に目を向ける。
「あらら」
「ちょっと、ショックだったみたいだね」
「あ~……えっと、アル? その、ワザとじゃなくってね……??」
物理的な衝撃で膝をついた姿は、ひどくショックを受けたように見えたらしい。
りりんはアワアワしながら弁明を始める。
それを見たハニーちゃんはいたずらを思いついたのか、彼女の背後でにんまり微笑む。
「サンドウィッチ、そんなに美味しかったのかしら?」
私の前にしゃがみこんでそう訊ねるハニーちゃんの表情に、私は話を合わせてみることにした。
落ち込んだ振りをして無言で頷くと、彼女は言葉を続ける。
「あんまり美味しくて、うっかりりりんちゃんの指まで食べそうになっちゃったのね」
そんな訳がない。
「うえぇ?!」
なのに、りりんはそうは思わなかったらしく、素っ頓狂な声を上げておろおろしている。
結局その後、ハニーちゃんの言葉に踊らされた彼女は、残りの料理を手ずから食べさせてくれることになった。
恥ずかしそうに「あーん」をしてくれるりりんの姿がまた可愛らしくて、私はもう死んでもいい気分になる。
ハニーちゃんもニマニマしていたから、同じようなことが考えていたのだろう。
なにはともあれ、思いのほか魚は美味だということが分かったのも含め、私としては満足だった。




