★魚の思い出
結局、意図したというか意図しようとしていたものとは違うモノの、意趣返しには成功した。
ちょっぴり涙目になって羞恥のあまり肩から上が真っ赤になった彼女を堪能できて、私は至極満足だ。
その上、なにやら様子がおかしいと心配して見に来たイカ下足君達に気が付いて、挙動不審に陥った彼女を落ち着かせるという名目で思う存分抱き締める事までできてしまった。
倖せすぎて、もう、死んでも良いかもしれない。
「それで結局、君は何を言いかけていたのかね?」
「何かって??」
りりんがやっと落ち着いてきたところで、先刻話しかけていた事を改めて尋ねる。
彼女はきょとんとした表情で首を傾げ、何の話をしていたのかを考え始めた。
少し、彼女には色々と刺激が強すぎたらしい。
次はもう少し気を付けることにしよう。
「ああ、釣り竿!!」
彼女はポンと手を打つと、目を輝かせる。
「釣り竿?」
「うん。
それがあるって事はアレだ。
お魚料理が作れる事!」
「あら、海鮮料理はいいわね。」
「りりんちゃんの手料理か。
楽しみだね。」
イカ下足君の問いにりりんが答えると、ハニーちゃんとダーリン殿も表情を明るくする。
それとは対照的に、私の心中は穏やかではない。
魚には、苦いというか辛い記憶があるのだ。
平たく言うのなら、『魚怖い』という事である。
「……そんなに海鮮料理とやらは良いものなのかね?」
「あれ、アルってお魚食べた事ない??」
「確か……魚を食して死にかけた時が最初で最後だったかな……。」
私の言葉に、何故か周囲に沈黙が落ちた。
なんとなく、どういう状況でソレを口にしたのかを説明した方が良い気分になって、その時の事を思い出しながら口を開く。
「……その頃の私はまだ5歳か6歳で、何を口に入れると危険か等、まだ良く分かっていなかった。
更に、幼すぎるからと刃物や火の扱いを禁じられていたのだ。
だから、一応は食事の用意を祖父がしてくれていたのだが、何日かそれが途切れた事があって……。
最初の何日かは水と、森に自生している木の実で凌いだものの、なんだか物足りなさがあった。
そんな時に水を飲んでいると、川岸に小さな魚が落ちていたのだ。」
「え、まさか……」
ハニーちゃんが、青い顔をしながら思わずと言った様子で呟くのに頷いて肯定し、先を続ける。
「食べた事はなかったのだが、魚が食べられるのは知っていたから、ソレをこう、モグっと。」
「食べちゃったんか……」
「それって、変な味したんじゃ……」
イカ下足君が信じられないといった表情を浮かべ、りりんも顔を引きつらせる。
実際に食して死にかけた今だから分かる事だが、その時はその魚がなぜかおいしそうに見えたのだから仕方がない。
知識がないと言うのは恐ろしいものなのだ。
「うむ。
少し変な味がしたのだが、そう言うモノなのかと。」
ニチャッとした触感が気持ち悪かったな、と思い出しながらりりんの言葉に答える。
答えを聞いて、耳と尻尾をヘニャンと萎れさせる彼女の姿が可愛すぎだ。
思わず、また腕の中に閉じ込めて頬摺りしてしまった。
癒される。
「匂いは変じゃなかったのかい?」
「特に気にはならなかったから、問題なかったのだと思う。」
よく考えてみたら、正常な臭いと言うモノ自体が分からなかったな、と、ダーリン殿の問いに応えながら思う。
実際、知識のない子供だったとはいえ、危ない事をしたものだ。
――そういえば……
その時の事を思い出しながら、ふと、アル光景が脳裏をよぎる。
「その後、腹を下して大熱を出した私を祖父が看病してくれたのは嬉しかった……かな。」
普段、後継者として仕込む以外には殆ど接触してこなかった祖父が、回復するまでの間だけは私の側にずっとついていてくれた。
その時までの事が嘘のように優しくしてくれて、もしかしたら嫌われていると思っていたのは間違いだったのではないかと思ってしまったものだ。
まぁ、その後優しくしてくれたことなど片手で数えられるほどだったし、今際の際の事を考えてみれば、むしろ憎まれていたのだとは思うのだが。
少し事情を知っているりりんが、腕の中から心配そうな視線を向けてくるのに気づき、そっとその頭を撫でながら不意に、命に関わるようなこともないこの世界で彼女が調理した魚なら食べていい様な気分になった。
2018/8/25 誤字の修正を行いました。




