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★彼女と在る幸福

2017/2/3 修正を行いました。

2018/5/7 加筆・修正を行いました。

 程無く、最後の商品が売れていくと彼女はさっと立ちあがる。

ソレと同時に敷かれていたゴザが無くなると言う事は、あのゴザは販売中に彼女が口にしていた『行商』スキルによって現れる物なのだろう。


「それじゃ、またねー!」


 私が立ちあがると、両隣で同じ様に行商をしていたお仲間にそう声を掛け手を振る。

それに同じ様に「またなー」と返す彼等に、私も軽く頭を下げると目の前に彼女の手が差し出された。


「はぐれない様に、ね?」


 そう言いながらあっけらかんとした笑みを浮かべる彼女に内心でドギマギしながら、その手を握る。

残念な事に、握った手の感触は手袋越しのものに良く似ていて、微かな温もりと少しの柔らかさを伝えるだけだ。

その挙句、兄が私の愛弟子に良くやっている様に指をからめ合う事も出来ない。

こんな塩梅では五感体験型の名が泣くのではないかと、ガックリしながら彼女と肩を並べて歩く。

兄が彼女(愛弟子)と指を絡めあいながら歩いているのを見るたびに羨ましくて仕方なかったのだ。

この機会にその体験が出来るかと期待したのだが、達成することは出来なかった。

なんたる無念。

とはいえ、例え指を絡めあう事が出来なかったとしても、手と手を握り合って歩くというたったそれだけの事が何と幸せな事か……。

こんな、何でもない様な事が産まれた世界が違っていただけで叶わないとは、何とも不幸なことだ。

それと比べれば、手をつないだ時に指を絡められない事など、些細なことに思える。


「それにしても、アスタール(アル)ってば日本語上手いね。」

「必死で練習した。」

「どうやって??」

「いんたーねっとで、動画サイトを見ながら延々と真似をし続けた。」

「うわぁ……。

 真似できないなぁ……。」


 そう言えば、とばかりに訊ねられた件は、今回私が最も苦労した案件だ。

何せ、世界が違うと言う事は言語も違うと言う事。

そして、言葉が通じないというのでは私がこのゲームをする意味が半分方無くなってしまう。

りりんとこうやって歩く事は出来ても、言葉を交わす事が出来ないのでは泣くに泣けないではないか。

だが、実際にこうやってポンポンと言葉のやり取りを行えているという事は、寝る間も惜しんで学習した甲斐があったという事だ。

その上で彼女に褒められたのが、私には天に昇る程に誇らしくてたまらない。


「アルって、感情が耳に出るんだ?」

「うむ……。

 弟子に良くそう言われる。」

「今、ピコン!ピョコピョコってしてるのって、なんか嬉しい感じ?」

「うむ。

 努力が認められた事が、大変誇らしい。」


 彼女だけに呼ぶ事を許している愛称で私を呼ぶりりんはひどくご機嫌だ。

口元に笑みを浮かべ、弾むような足取りで歩きながら私の顔を覗き込んでくる。


「それにしてもさ、五感体験型って言う割に触感や痛覚は鈍いよねぇ……。」

「触感は今体験しているところだが、痛覚も鈍いのかね?」

「うん。

 取り敢えず、全職を1レベルまで育てたいから戦闘もしたんだけどねぇ……。

 瀕死の重傷だと思われる状態でも、勢いよくすっ転んだ位の痛さかな。」

「転倒した程度の痛みで瀕死なのかね?」

「そそ。」

「成程。」


 確かにそれは大分鈍い様だ。

そんな話しをしながらも、彼女はちょこちょこ私の顔を覗き込んできている。


「私の顔は面白いかね?」


 あんまりにもマジマジと見つめられるのが少し照れ臭くてそう訊ねると、彼女は含み笑いをしながら目を細めた。


「顔、弄ってるように見えないなって思って。」

「あの機能は中々面白かった。

 色々試しては見たが、君に初めて会うのに偽りの姿は嫌だったから、結局全て元に戻したのだ。」

「うん、不自然さが全然ないからもんね。

 アルが凄い美形でびっくりした。」


 ごく当たり前の感想の様に口にされたその言葉に、心臓が跳びはねる。

正直、自分の美醜などどうでもいいものだと思っていたが、彼女のその言葉はちょっと表現しがたい程に喜ばしい。

私の姿は、彼女に好意を持って受け入れられたのだと歓喜に震えていると、彼女は少し申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


「そっかぁ……。

 でも、私の方は……ちょっと弄っちゃった。

 なんかごめん。」

「何故謝るのかね?」

「なんか、アルの気持ちに泥を塗った様な気分に……。」


 彼女の言葉に、『ああ』と合点がいった。

最初に見つけた時に、年齢の割には若く見えると思ったのだが、アレは気のせいではなかったらしい。


「しかし……君が弄ったのは髪や瞳の色以外だと、年齢位なのではないのかね?」

「!!

 ナンデワカルシ?!」

「少し、年齢の割に幼く見える気がしたのだ。」


 動揺の余り、妙な喋り方になった彼女もまた、例えようもなく可愛らしい。

それに、今までの2Dゲームや3Dゲームでは見る事の出来なかった、こういった細かい表情の変化が見られるのはやはり素晴らしい。

触感や、指を絡める事ができなかったりする事には不満を感じるが、やはりこのゲームを始めて良かったと心から思う。

次のアップデートでは、是非、触感の向上と指を絡めたりする事ができるように細部の再現に力を入れて貰いたい。

伏して伏して希い奉る。


「あー……。

 まぁ、出来心と申しましょうか。

 なんというか、25にもなってネットゲームに夢中なのもどうかと思ってねぇ……。」

「大した問題ではあるまい。

 私としては、君と今こうしていられる事の方が重要だ。」

「そう言って貰えると嬉しいけど、なんか照れるね。」

「そうかね?」

「うん。

 ちょっと恥ずかしい。

 嬉しいけどさ……。」


 

――そうか。

  嬉しいのなら、また機会があったら口にする事にしよう。

  はにかむ彼女もまた可愛らしい。



 そう心に決めながらも、そろそろ話題を変える事にする。

彼女と共に在れる喜びならばいくらでも口に出来るが、その内にいたたまれなくなったりりんが逃げ出すのが目に見えていたからだ。


「ところで、フィールドに行く訳ではないのかね?」

「あ。

 言うの忘れてた。

 えっとね、どの職業についていても、各職業ギルドで1個づつクエストを請けられるの。

 だから、クエストを請けてからフィールドに出た方がいいと思って。

 それで今は、ギルドのある方向に向かってるの。」

「ふむ。私は探索者で始めたのだが、他の職のものも請けられるのかね?」

「うん。

 なんかねー、初心者クエストっぽい奴は誰でも何度でも請けられるみたい。」

「成程。」


 今向かっている場所について訊ねると、彼女はその話題に喜んで飛び付いた。

少し不得手な話題が変わるのが有難いのもあるのだろうが、彼女は人に物を教えるのも好きなのだ。


「アルが来る前に、私は商売人以外の職のクエは2回づつ終らせて全部1レベルにしたところ。」

「レベルを上げると何かいい事があるのかね?」

「このゲームは、HPやMPって概念がないんだけど、変わりに体力と精神力っていうのあってね。

 各職業のレベルが上がると、それが固定値で上がっていくの。

 1レベル位なら上げやすいから、取り敢えずそこまでは上げちゃった方がいいと思う。」

「君のお気の召すままに。」


 わざと丁寧なもの言いで返してみると、リリンはプーッと膨れて、空いている方の手で私の腕をピシピシと叩き始める。

ただ、じゃれあう為だけのその行為だ。

そんな他愛もない触れ合いに、改めて幸福感を噛みしめる。



――ああ。

  本当にこのゲームを始めて良かった……。



 膨れっ面になりながらも、握った手を離そうとはしない彼女がまた愛おしくてたまらない。

私はりりんを宥めるフリをしながら、各ギルドのクエストを請けて行った。

アスタール:ちなみに、『美形補正』と言うのを試してみたのだが……。

       何故か顔の部分が光り出して直視できなかったのだ。

       どういう事かと訊ねたら、『直視できないレベルになるからです』と言う返答が来た。

りりん:うわ、ないわぁ。

アスタール:うむ……。ネタとしてはアリかね?

りりん:ネタならアリかもwww


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