★エスキモーの・・・・・・
旅に出た理性はすぐに帰って来た。
今の私は賢者だ。
「ありがとう……」
「ねぇねぇ、お兄さんソロ??」
「いや。」
「一緒に遊んでる人は今いないの?」
今、私は、出品していたハーブティを纏めて購入した女性プレイヤーにしつこく一緒に遊ばないかと誘われているところだ。
ちなみにりりんは、私とは背中合わせに腰掛けて行商をしているところで、ぴったりとくっついた背中が暖かい。
女性プレイヤーのしつこい勧誘に戸惑いながら、再度出品し直す。
……また件の彼女がそれを購入する。
いい加減、しつこくて閉口する。
「ね?
こんなに買ってあげてるんだし、いいでしょ??」
そう言いながら小首を傾げて、ねだってくるのがまた厭わしい。
全くもって不届き千万。
そのポーズが可愛らしいのは、りりんだけなのに。
図々しいにもほどがある。
ちなみに合流してから、ずっとりりんとはパーティを組んだままだ。
だからこの女性が、万が一私とパーティを組むことになったとしても二人きりでキャッキャウフフと言うのは夢のまた夢。
そもそも、組むつもりなど欠片もないから考えても無駄な事ではあるのだが。
それにしてもこんな女性にしつこく絡まれるのなら、りりんと隣り合わせに座る事をなんとしてでも押し通せばよかった。
そう考えて、思わずため息がでてしまう。
ピットリと背中をくっつけて座ると言う誘惑に、負けるべきではなかったのだ。
あの時はそれがこの上なく素敵な提案に思えたのだが、もしもその時に戻れるのなら、私は自分をぶん殴ってやりたい。
「またよろしく~♪」
「こちらこそ!」
背後からりりんの愛想の良い声が上がって、それに男性プレイヤーの応じる声が聞こえる。
――ずるい。
私もりりんともっと話したいのに。
彼女が立ち上がる気配がして、背中のぬくもりが遠ざかる。
ぬくもりが遠ざかるのが淋しくて、後ろに視線を向けると、彼女の手がふわりと私の首に巻き付いてきた。
「アル。
そろそろまた、素材採りにいこか~?」
「……うむ。」
――有難い。
これで、目の前の女性の無限勧誘地獄から抜け出せる。
りりんの出してくれた助け舟を嬉しく思いながら店じまいをして立ち上がると、先程からしつこく勧誘してきていた女性が声を荒げ、りりんに食って掛かる。
「……ちょっと、私の方が先に誘ってたんだから割り込まないでよ、ブス!」
「ブス……?」
無意識に、わたしの口から低い声が飛び出した。
りりんも驚いた顔をしているが、私自身が一番びっくりしている。
件の女性は、小さな悲鳴を上げると悪態を吐く。
「なによ、そんな子よりあたしの方が美人じゃない!!」
なんとも台詞だ。
りりんに限定で私の目は少し曇っているかもしれない。
だが、この女性よりもりりんの方が顔立ちは整っていると、10人中8人くらいは言うに違いない。
その証拠に、近くで店を開いている男性が小さく噴き出す声が聞こえてきて、件の女性に睨まれている。
心の中でその男性に大いに同意していると、りりんに腕をグイと引かれた。
「ふっふっふー♪
うちの旦那は美人だから、並ぶとお恥ずかしい限り。
お目汚しごめんね☆彡」
「……は?」
私の腕をとって甘えるようにコテンと肩に首を傾げてのりりんの言葉に、女性は一瞬、意味が分からないとでもいうように目を瞬く。
「妻帯者?!」
「うん。
ウチの自慢の旦那様♪」
「……君の方こそ、私の自慢の妻だ……!」
感じの悪い女性に、私の事を夫と言い放ち微笑むりりんを思わず抱きしめる。
相手は呆気にとられた様子だったが、誰かの「リア充爆散しろ」と言う呟きに我に返ったのか、何やら文句を口にしながら去って行った。
――ああ。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
りりん、可愛い。
「アル?
ア~ル~?
かえってこーい??」
「は。」
「どこ行ってたのかなぁ~?」
苦笑混じりにりりんは私の腕の中から抜けだすと、改めて手を繋いで行商広場の外に向かって歩きだす。
「君が、あんまり可愛い事を言うからいけないのだ……。」
「……なんか、色んなフィルターが掛かってそうだね?」
流石に恥ずかしくなって視線を逸らしながら言うと、クスクスと笑う声が聞こえてきた。
そんな彼女も可愛くて仕方ないのだから、やはり私は大分やられているのだろう。
不快でないから問題は無いのだが。
むしろ、もっと!
と言いたい。
彼女は宣言通り、フィールドに向かった。
本当に素材集めをするつもりのようだ。
「今回は、『食材採集』を使ってみようかと思ってるんだよね。」
「ああ……。
では、私は『薬材採集』にしてみよう。」
りりんの言葉に、最初から持っているスキルの『採集』だと、自分の使わない素材も多く採れるからだろうと見当が付いた。
採集クエストを細かく見てみると、『~採集』で集めるのならばどれでも条件を満たせそうだ。
私もハーブが無くなってしまっているので、専門的に集められそうなスキルを使用する事に決めると、早速採集を始めた。
「おー!
やっぱり、拾える物が随分違うよ。」
「私の方は、ハーブと薬草が拾える確率が上がっている?
……様な気がするな。」
「なんか不明瞭だね??」
「クエスト終了までの10回の採集では仕方なかろう。
先ほどの分と合わせてもまだ、10回づつしか採集していないのだ。」
「確かに。
今やたらと葉野菜が取れたのも、運かもしれないからなぁ……。
クエ受けに戻る?」
「往復に時間もかかるから、体力の続く分はやっていかないかね?」
「言えてる。
スキル使うだけでも経験値になるし、りょーかい!
魔法師と武芸者のクエ分も残しておいてね?」
「うむ。
では、先にそちらをやってからにしないかね。」
「あー……確かにその方が、調整が楽かも。」
その後は、魔法師と武芸者のクエストを終了させてから、採集に勤しんだ。
全ての職業レベルを上げてあった甲斐もあって、体力が切れる頃には大量の採集物が集まっている。
それらを抱えて、何を作るか思案している彼女がまた可愛らしくて、私は頬が緩むのを抑えきれずにいたのだが、彼女はそれに気づく事はなかった。
採集品を加工して販売し、採集をしながら戦闘系のクエストを2種こなすと言う流れを何度か繰り返すうちに、あっという間に私がログアウトしなくてはいけない時間がやってきてしまう。
「名残惜しいが、今日はここまでの様だ……。」
「え……?
おおう……確かにいい時間だね。
なんか、楽しい時間ってあっという間だねぇ。」
私の時間切れ宣言に、彼女は眉尻を下げた。
りりんと話しながらの作業はひどく楽しかったから、私も同じ気持ちだ。
「そういえば……」
「ん?」
「チューはできなかったけど、こっちならどうだろ?」
「??」
クイクイと頭を下げるようにと指で示され、その通りにしてみると彼女の顔が近付いてきた。
近付いてくる、彼女の薄紅色の唇に目が吸い寄せられるが、至極残念な事にアレは触れ合う事の出来ないものだった。
チョン
触れ合ったのは、鼻先と鼻先。
ゆっくりと離れたりりんは、少し気恥ずかしげな笑みを浮かべている。
「こっちはできたねー。」
そう言って、クルリと背中を向けた彼女は少しだけこちらに視線を向けて頬を赤らめた。
「今のはね、『エスキモーのキス』って言うんだって。」
「えすきもー……?」
「こっちの世界の凄ーく寒いところに住んでる人達?
その人達のキスって、鼻と鼻をチョンってするんだって。
……友達がこないだ言ってたのよ。」
「キス……。」
胸にふんわりと熱が広がっていき、頬や耳まで熱くなるのを感じる。
私は背中を向けたままの彼女をそっと抱き寄せて、鼻先を触れ合わせた。
「なら、これからは君とこうやって、『エスキモーのキス』を交わす事が出来ると言う事かね?」
りりんが、私の腕の中で恥ずかしげに頷くのが愛おしくて愛おしくてたまらない。
――これが、疑似世界なのでなかったら、迷わず襲いかかってしまうのに……!
初めて、これが疑似世界である事に感謝した。
うっかり襲いかかってしまって嫌われたりなどしたら、私は生きてはいけない。
2018/5/22 加筆・修正を行いました。




