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愛を囁く

 愛しています。

 青年の姿をした少女は囁く。

 愛しています。

 柔らかな布団に身を横たえた女装の男の耳に、何度でも。

 愛しています。愛しています。愛しています。

 甘く蕩かすような、けれど泣きそうな声で懇願するように。

 愛しています。愛しています。だから、どうか孕んで下さい。

 毎夜の如く抱かれ、抱きしめられ、拒む事さえ出来ない程に頭の中に浸透する愛の囁き。騒音だらけの中に居ても、その声だけはくっきりと言葉が縁どられたかのようにストンと胸の内に入ってくる。

 愛しています。だから、私の卵を孕んで下さい。

 浅井は、それでも木佐を待ち続けていた。待っているはずだった。目の前の青年にも言っている。それなのに。

 愛しています。あんな男なんて忘れて、私だけを見ていてください。

 青年へと成長したかつての少女に化粧を施され、女性のように扱われ、抱きしめられ、愛していると囁かれる。

 愛しています。愛しています。愛しています。

 遠い昔、こんな風に愛を告げられた事があった気がした。けれど、あの頃とはまるで違う。

 その愛は昔のような縋るような愛ではなく、言葉の一つ一つが見えない鎖になって首に、足に、心に絡みついてくるようだった。

 愛の囁きに縛られる。

 そうして全身を雁字搦めにされて、濃い蜜のような甘くて重たい水の中にゆっくりと沈められていく。

 逃げなければならないと思うのに、どこへ逃げて良いのか解らない。そもそも、逃げられるのかも解らない。

 設えられた巣の中で、麻酔にかけられた肉片を獣に食われていくような錯覚を覚える。体は確かに欠けるのに、麻酔にかかっているせいで痛いのか気持ち良いのかも解らない。

「秋一」

 不意にそう呼ばれて体が跳ね上がる程驚いた。

「どうしたんですか? ぼんやりして」

 忙しく目を見開いて声の方を向くと、先ほどまで浅井の首筋を舐めていた明乃が顔を上げて、じっと見つめていた。

「考えてない」

 ふるふる、浅井が細かく首を振ると、明乃はふと目を細めた。

「うそつき」

 言って、口元に浮かんだ意地の悪そうな笑みに浅井はひゃ、と息を飲む。明乃が怖かったからではない。

 浅井の中で、記憶の木佐の顔と明乃の顔が重なって見えたのだ。

「嫌だよ。あけのちゃ……もう、嫌だからっ」

 木佐と明乃が重なってはズレる。どちらがどちらだか解らなくなる。それが怖くて、慌てて尻でずり下がろうとするする浅井を、明乃は許さない。逃げる肩を両手で捕まえると薄い唇に噛み付いた。

 情欲に塗れた目を間近にして、それがますます木佐の顔と重なってくると浅井はもうどうして良いか解らない。

「愛しています」

 そう囁かれると、力が抜けた。

 体を触られて、首を噛まれると、何故か木佐に抱かれている気がした。

 でも目の前に居るのは明乃であるのも解っていた。

 それは明乃に対する背徳であり、木佐に対する冒涜であり、己に対する裏切りであり、絶対にやってはいけないはずなのに、天井に浮かんだシミがニタリと笑って『受け入れちまえよ』と言った。

 受け入れた。

 瞬きをすると、偽物の木佐が自分を抱いていた。

「秋一。愛しているよ。だから、私の卵を産んでくれるね?」

 声も顔も木佐に似ているが、それが偽物なのは解っていた。

 解っているからそれが怖くて辛くて苦しくて悲しくて、でも嬉しくて、浅井は目の前の人間を両腕で抱きしめると、泣きながら何度も頷いた。

 


終わりました。やっと終わりました。

長かった……。人によってはどうなの? って思われそうなこの話。

うん、自分でもどうなの? って何回も思いましたが、やっぱり愛は怖くなくちゃね。そんな思いで書きました。

浅井君が女性ぽいのは、殆ど女性として書いているからだったりします。でも彼の精神は女性じゃないから説明がややこしい。

何はともあれ完結いたしました。

何かご感想が頂けると幸いです。読んだよってだけでもモチベーションになりますので、何か一言もらえると幸いです。

それでは、こんなお話にお付き合いいただきありがとうございました。

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