フラワシの木
魔法界には動く木がある。フラワシの木という名前で、性別は確認されていない。では、どうやって子孫を増やすのか。それは、枝に木の実が生り、重さに耐えかねて地面に落ち、落下した木の実が成長してフラワシという木が生まれる。
フラワシの木は魔法界の至る所に生息しているが、群れを成して行動しているフラワシの木は非常に珍しい。本来は、一匹狼の性質なのだが、ごくまれに親を頂点とした集団行動を好むフラワシの木が存在するのだ。
そして、フラワシの木は子供を好む。森で迷った子供を家まで送り、子供の家族にお礼を言われる事だって日常茶飯事だ。
丁度ここにも、森で迷った子供がいた。名前はダルゼン。丘の上に立つ小さな家で生まれた子供だ。親が牧場で仕事をしている内に家から抜け出し、フラワシの木が住む森に迷い込んでしまった。
ダルゼンは生意気で攻撃的な男の子。しかし、本当は怖がりで泣き虫。それを隠そうとして見栄を張り、家族の前では強気な自分を演じているだけだった。
それ故に、家族と離ればなれになると直ぐに泣き出す。無論、家族と再会すると涙を隠して一人でも平気だったというフリをしてしまう。
この時も、ダルゼンは目に涙を浮かべていた。帰り道が分からず、おまけに昼ごはんも食べていない。腹ペコと寂しさで家の方向を見失っていた。
ダルゼンは近くにあった木の下に座り込み、ついに泣き出してしまった。
「うう……」
「どうしたのかな?」
突然、ダルゼンの耳におじいさんの声が聞こえた。ダルゼンは「誰?」と呟きながら首を動かすが、誰もいない。なので、寂しさから生まれた空耳かと思い納得すると、
「こっちだこっち」
またもや、おじいさんの声が聞こえた。今度は木の枝が揺れてざわめきながら。
ダルゼンが枝の揺れに気がついて上を見上げると、それは人間の言葉を喋るフラワシの木だった。
「おじいちゃん、誰?」
ダルゼンは、フラワシの顔に向かって喋りかける。
「ワシはワシだ。名前は無い」
名前は無いというのだ。
「僕には名前があるよ」
「申してみよ」
「ダルゼン」
「良い名前だ」
「どうして?」
「ワシには名前がない。だから、羨ましいのかもしれん」
フラワシの木は寂しそうな声で言った。
「そうなんだ」
ダルゼンは家族の事を思いだし、黙ってしまった。
「今日はどうしたのだね。一人で森に入るなんて危険だよ。家族と一緒じゃないのかね?」
「迷子になっちゃった」
「それは大変だ。ワシが家まで送ってあげよう」
「本当?」
ダルゼンは嬉しそうに立ち上がる。
「そうだ。枝の上に乗りなさい」
木は、ダルゼンが登れるように枝を地面に下げた。
「ありがとう」
木はダルゼンが枝に登ったことを確認し、自分の枝を持ち上げて、土の中から足を這い上げる。そして、森から顔だけ出して、丘の上に家を発見する。
「あれだな」
木は丘の上の家に向かって歩き始めた。
「ねえねえ。じいじ」
「ほほほ、なにかな?」
フラワシの木は笑いながら聞いた。
「僕は今年の春に町の学校に行くんだ」
「それは良かったの」
「でも、おじさんの家に住むから、一週間に一回しかパパとママに会えないんだ」
すっかり心を開いたダルゼンは、フラワシの木に悩みを言った。
「そうか。それは寂しいな」
「うん。だから本当は学校に行きたくないんだ」
ダルゼンは、うつむきながら呟いた。
「学校には行かないとダメだよ」
「わかってるけど、でも」
「ワシは学校に行きたくても行けない」
「じいじは学校に行きたいの?」
「ああ。人間のように学校で勉強したかった。だからな」
「だから?」
ダルゼンは聞き返す。
「ワシの代わりに学校に行って、学校の話をしてくれんか?」
「じいじの代わりに?」
「ああ。それならワシも学校に行ってる気分が味わえる」
「……そうだね。じいじと、いっぱい学校のお話しがしたい」
「約束だよ」
悩んだ末に、ダルゼンはフラワシの木と約束を交わした。ダルゼンはその後、自分の家に戻り、元気よく学校に行っている。勿論、フラワシの木との約束は守り続け、ダルゼンが結婚し、家業を継いだ後も続いている。双子の子供が生まれた時も、フラワシの木に元気な子供の姿を見せたそうな。