西銀河物語 第三巻 アンドリューとリギル 第一章 血筋と運命 (3)
第一章 血筋と運命
(3)
WGC3045、08/12。
チェスター・アーサーは、中将として第一艦隊総司令官、ロベルト・カーライルは少将として第一艦隊左翼R1G司令官になっていた。二人とも三六歳である。普通の中将が将官クラスは、五〇代以降である事を考えると異例の出世である。チェスターに着いて行ったロベルトも同じであった。
「閣下、宙賊が降伏しました。以後拘束手続きに入ります」
「頼む」
チェスター・アーサーは、第一艦隊正規体制六四八隻を率いて艦隊の訓練と整備を行うと共にペルリオン星系方面跳躍点付近に出没する宙賊の取り締まりに当たっていた。
旗艦「ヒマリア」の司令官席で既に「あうん」呼吸になりつつある艦長ウイリアム・タフト大佐と少ない言葉で仕事を進めていた。
ウイリアム・タフト大佐は、アーサーの進めもあり他の艦隊の司令官職も進めたが「ヒマリア」艦長に留まりたいとして今に至っている。
チェスターは、コムを口元にすると「R2G司令、ロベルト・カーライル少将」と言って知り合ってから既に一八年の月日が経つ友人を呼び出した。
「総司令官。お呼びですか」3D映像で映るロベルトは敬礼をしながら言った。
「艦隊はこれから一光時ミールワッツ星系方面に移動後、模擬戦闘に移る。戦闘隊形はアルファ2で行く。行動手順はいつもの通りだ」
「了解しました」それだけ言うとロベルトの映像が消えた。
アーサーは、口元にコムを置くと
「全艦に告ぐ。こちら総司令官アーサー中将だ。これよりミールワッツ星系方面跳躍点方向に一光時移動後、模擬戦闘訓練を行う。戦闘隊形はアルファ2。発進は三〇分後だ」それだけ言うとコムを上げて全艦隊の状況をスクリーンパネルで見た。
総司令官席の前にあるスクリーンパネルは、左翼艦隊R2G、中央艦隊R1Gの状況を映し出している。通常、一個艦隊で左翼、中央、右翼と分けるのが常識だが、アーサーは、艦隊を二つのデルタ隊形(三角形)にした形を好む。運用がしやすく隊形変更が機敏に行えるというのが、本人の考えだ。
三〇分後、
「全艦発進」アーサーの命令に
前方にいたビーンズ級哨戒艦が前進方向に大きく上下左右に分かれた。それを追う様にヘーメラー航宙駆逐艦が続いていく。ハインリヒ級軽航宙巡航艦がその後に続くと上下左右に開いた体系の中心位置に三角形の形をした艦隊が続く。ロックウッド級重巡航艦が三角形の先頭角を開くように進むと、その後ろにテルマー級航宙巡航戦艦、エリザベート級航宙空母が続き、後ろにシャルンホルスト級航宙戦艦、最後にライト級高速輸送艦が続く。
アーサーは、スコープビジョンに映る、全艦隊の動きに満足していた。
一〇時間後、目標地点に到着後、模擬戦闘戦を行う予定であったアーサーは、所定の位置に着いたR1GとR2Gに模擬戦闘戦の開始を伝えようとした瞬間
体の中に獲も知れぬ動揺が起こった。「なんだ」自分自身の心の中で動く何かがわからないままいると
タフト艦長が命令を出さないで考えているアーサー総司令官に
「総司令官、全艦配置に着きました。ご命令を」そう言ってアーサーの顔を見た。
先ほどまであった心の中の動揺が、タフト艦長の声でかき消されると
「全艦、模擬戦闘開始」コムに向かって叫んだ。
模擬戦闘と言っても二手に分かれて撃ち合う訳ではない。前方に仮想の敵がいると見なして艦隊運動を行うのである。これは、いざ本当の戦闘になった時、頭で考えて手足を動かさないように・・言い換えれば、命令と同時に体が勝手に反応するように覚えこませるのである。戦闘中の一秒は、宇宙では生と死をまさに分ける時間なのだ。
艦隊の動きをスコープビジョンに映された映像と予定の行動パターンの映像とを比較しながら見ていると
「第二巡航戦艦の動きが少し遅い。あれでは側面展開中に敵に討たれてしまう」独り言をつぶやきながらスコープビジョンの予定行動ラインと時間に少しずつ遅れを取っている巡航戦艦部隊の司令官ロング・マクドールド准将にイライラしていた。
突然、アーサーの前の3Dスクリーンにロベルトの映像が現れた。
「総司令官、第二巡航戦艦部隊が遅れています。重巡航艦部隊との隙間に敵の砲火が集中したら中央にいる航宙空母が全滅します。ここは航宙戦艦なり重巡航艦部隊を引き抜いてでも隙間を作らないようにしなければいけません」
自分が思っている事をロベルトに先に言われると
「第三巡航戦艦部隊司令、マクギリアン准将。第二巡航戦艦部隊の遅れで穴の開いた位置に急行して左翼側面を防御しろ」コムに怒鳴るようにして言うとスコープビジョンに映る予定行動ラインと実態との動きを見比べていた。
開いた穴が徐々に塞がり、二つのデルタ隊形が一つ底辺の角を軸として九〇度起き上がると三角が頂点から底辺に向かって垂直軸を中心に弧を描き始めると三角柱のような体系になった。この形で開いている底辺方向に主砲を一斉に撃てば、巨大な荷電粒子の束が敵艦隊に襲い掛かる。シールドを前面張っていても敵艦隊の奥底まで荷電粒子は到達する。
更に敵の突破に対して左右に転回すれば、左右から攻撃を反抗戦で行うことが出来る。
アーサーの得意とする戦闘隊形のひとつだ。
模擬戦闘戦を始めて八時間。ひとつの区切りがついた感のあるアーサーは、ロベルトを呼び出した。重力磁場を貼り、艦長と主席参謀以外には聞こえないようしながら、3Dに映る親友を見ながら
「ロベルト。気になる胸騒ぎがする。予定より一日早いが首都星に戻る」
カーライル少将は、アーサーの真剣な眼差しの中に深いものがあることを見ると理解して
「総司令官。了解しました。帰還準備を始めます」と言って映像を切った。
それから六時間後、各艦への補給を行った第一艦隊は通常戦闘隊形でミールワッツ星系跳躍点方向から首都星に転進した。
航宙して3日、既に第五惑星「バデス」を右舷上方に見ながら進んでいた。アーサーは、
ここまで航宙しても何もない事に自分の勘違いだったのかと思い始めていた。スコープビジョンに映る多元スペクトル解析されたアンドリュー星系の各惑星は美しい輝きと色合いを発していた。総司令官席を多少リクライニングにしている。既に星系内側の為、艦隊の速度を〇.〇五高速まで落として航宙している。体系も標準航宙隊形だ。
航法管制官、レーダー管制官、通信管制官が航宙監視衛星や民間工業衛星とやり取りしていることが、下にある管制官フロアから聞こえている。
「総司令官、首都星「オリオン」より緊急連絡です」その声にリクライニングを元に戻すと声の主が多少青ざめていた。
「メッセージ転送します」
アーサーは、自分のスクリーンパネルに転送されてきたメッセージを見て血の気が引いた。
「艦長、このメッセージの照合は問題ないか」
「はっ、通信管制官と二人で三回行いました。本物です」
アーサーは、メッセージの中に自分の運命がどのように染み込んで行くのか、まだ想像も出来なかった。
「去るWGC3045、08/15、ミールワッツ星系においてリギル星系軍とミルファク星系軍が交戦状態に入った。五時間に及ぶ戦闘の後、艦隊の半数を失ったリギル星系は、首都星「ムリファン」に帰還。総司令官デリル・シャイン中将。ミルファク星系軍も相応の損害が出た模様、総司令官チャールズ・ヘンダーソン中将。以後の詳細は不明」
アーサーが参戦する事になる「第一次ミールワッツ星系戦」まで四ヶ月前のことであった。
WGC3045/11/15朝
第七惑星からペルリオン星系跳躍点方面の巡回監視に当たっていたチェスター・アーサーはシャルンホルスト級航宙戦艦第一艦隊第一分艦隊旗艦「ヒマリア」の司令官室で眠りから目覚めた。
宙賊は、各星系との物資輸送を行う商用の貨物輸送艦目当てで行動している。公式航路上では跳躍点から各惑星までの間は、有人監視衛星と無人監視衛星それに航路誘導衛星がチェックポイント毎に置かれている。
この航路を横行すればすぐに宙賊と解ってしまうので監視衛星の届かない位置から横やりの様に公式航路に入り貨物輸送艦を捕えた後、何処へともなく去っていくのである。
宙賊はその公式航路の隙間、跳躍点から一光時離れた辺りから、首都星「オリオン」から五光時離れた辺りまでの宙域で行動をしている。この辺は監視衛星もない。広大な宇宙空間を自由に自分たちのビジネスの為に動きまわれるのである。
アーサーたちが宙賊に襲われた貨物輸送艦の救難シグナルを受信しても駆け付けた時には、全て終わって宙賊の姿形も消えている事が多々ある。故に予め捜索区域を特定し、宙賊の巡回監視をしている。アンドリュー星系では、四か所ある各星系の跳躍点方面へ分艦隊を派遣し巡回監視に当っている。
巡回監視も三週間が過ぎ、あと一週間で今回の循環監視も終了する。監視が厳しくなっていることを知ってか、今回はまだ宙賊には遭遇していない。予定リストに有るペルリオン星系とアンドリュー星系を行き来する貨物輸送艦を見るだけである。
「ロベルト、今回は平和な航宙で終わるかな」
「今のところ発見していませんが、宙賊の数は減ってはいません。たまたま見つからないだけでしょう」
「そうか」
アーサーは、旗艦「ヒマリア」を中心に上下前後左右に哨戒艦を展開させている。ビーンズ級哨戒艦は、全長一五〇メートル、全幅三〇メートル、全高三〇メートル、前部及び両舷側に直径三〇メートルのレーダーを持ち、半径七光時の全象限を索敵範囲に持つ、索敵レーダー艦である。自艦防御としてレールキャノンがレーダーの隙間から前方に四門、両舷側に四門ずつ配置されている。プローブは、1艦当り一〇〇〇個搭載している。今回は移動しながらの哨戒の為、プローブは使わず、哨戒艦のレーダーが頼りだ。
レーダーの干渉を避けるため、自分の位置から見て分艦隊と反対方向を走査する。ちょうど分艦隊の周りに四角い箱の壁がありその外側を見ている様な感じだ。
分艦隊の前方を走査している哨戒艦「パレネ」のレーダー士官は、レーダー管制室で前方に展開しているレーダーが映し出すスクリーンパネルを瞬きもせず覗き込んでいる。
「レイリー、珍しいな。巡回監視に出て三週間だ。宙賊の連中が一隻もいないなんて」
「ヤック、たまにはいいじゃないか。ほれあれ見ろ、艦長だってあくびしているぜ」
「ところで、聞いたか。噂だけどな。リギル星系軍とミルファク星系軍がミールワッツ星系で交戦したんだと。双方大変な被害が出たらしいぞ。変に巻き込まれなきゃ良いけどな」
「なーんで、他星系の話だろ。なんでうちの星系が関わるんだよ」
「お前解ってないな。リギルとアンドリューは、同盟を結んでいるだろう。同盟星系が始めたら助けに行くってのが筋だろう」
「しかし、リギルとミルファクだろ。うちの星系と比べたら戦力が違いすぎる。参加したら、巡回監視や、輸送艦の護衛はどうするんだよ」
「そりゃ、上が考えるだろうが」
「まあ、俺達哨戒艦乗りは、戦闘に入っても正面に立つ訳でもないしな」
「ところでレイリー、これ見てくれ。可愛いだろ。この巡回監視が終わったらデートの約束したんだ」
「あ、おまえ、この子、高速輸送艦「フェンリル」に乗っている医務班の子じゃないか。いつのまに」
「お前だって知っているじゃないか」
「当たり前だ、我艦隊じゃ有名だ」
「レイリー、ヤック、レーダースクリーンから目を離すな」
ヤマアラシの様にとんがり頭の艦長の声に、レイリーは、胸ポケットから出した航宙軍医務班の制服を着た栗色の髪の毛をした女の子の写真を仕舞った。
「早く終わらないかな」
レイリーの声が幸運の女神に届いたかは謎だが。
「司令官、首都星「オリオン」より緊急メッセージです。すぐに転送します」
司令官席でスコープビジョンを見ながら何も考えず頭を空白にしていたアーサーは、少しリクライニングにしていたシートを元に戻すと自席前のスクリーンパネルに転送されてきたメッセージに目を向けた。
「To:第一艦隊司令長官チェスター・アーサー中将
巡回監視を中断し、すぐに第一軍事衛星「ミラン」に帰還せよ。
From:軍事統括アルフレッド・アーサー大将
Date:WGC3035/11/15、09:00」
「タフト艦長、メッセージはこれだけか」
「はっ、以後のメッセージはありません」
アーサーは、解っているがあまりにも短い電文に一瞬戸惑いを覚えたが、軍事統括の命令では聞き返す必要もない。
「ヘンドル主席参謀、全艦を集結させて帰還準備が整うまでどのくらい必要だ」
「四時間半です」アーサーの質問に既に答えを用意していたヘンドル主席参謀は、振向いたままの顔を司令官に真直ぐ向け、すぐに答え「集合命令をだしますか」と聞いた。
アーサーは、顎を引いて頷くとヘンドル主席参謀は、前を向きなおしスクリーンパネルに短く何かを打ち込んだ。それから数秒後、
旗艦「ヒマリア」の管制官フロアが、急に騒がしくなって行く。
「右舷第三哨戒グループ、すぐに戻れ」
「航法管制、艦隊方向を首都星「オリオン」に向ける。航路確認」
「レーダー管制、航路方向に未確認物体ないか」
「第二警戒態勢にシフト」
「戦闘管制モード、第一シフト。メインセレクターオン」
その様子を見ながらアーサーは、タフト艦長に
「艦長、私の名前で返答メッセージを頼む」それだけ言うとアーサーは、おおよそ想像の付いている範囲だろうと考えながら集合作業を行っている分艦隊の状況をスクリーンビジョンで見ていた。