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その9 当たり砕けた

俺は榊原 一馬。何の因果かゆるふわもてかわぷりてぃきゅあを等身大のままクールに目指す男。だった。

家族に弄ばれ友達に担ぎあげられ女装したりコスプレしたりトラウマを作った。

散々な目にあっただけの様にも思えるが、そうでもない。

辛い特訓を経て迎えた球技大会では親友のお節介な優しさを受け取った。

それも全ては、俺がモテるため。

いや、唯一人、好きな人に好きと言いたいがため。

自分に自信がない俺は、玉砕覚悟での告白なんて怖くて出来なかった。

だから、モテる男を目指した。告白を断られたくないから。

その考え方は間違っている。言われなくても本当は分かっている。

だけどそうするしかなかった。勇気があまりにも足りなかった。

「準備は良いか」

「はい」

それも、今日で終わりだ。

高島先生に連れられて、立入禁止の屋上へと上がる。

どこよりも高い場所。行ってみたいと思うだけじゃ、届かない場所。

青空に手が届く。太陽が笑いかける。

見下ろした土色の校庭には、白黒の集団。

更衣のこの時期限定のいびつなコントラスト。テスト明けの集会に集まった全校生徒四百余名。長い長い校長先生の話を綺麗に整列して聞いている。

これから俺は、告白する。この大人数の前で、唯一人に向けて声をぶつける。

尋常ならざる緊張。だけど、動けないわけじゃない。この半年程で産まれた数々のトラウマと引き換えに、羞恥を消し飛ばすくそ度胸が付いた。

「ほら、出番だ」

校長先生の話が終わる。空気が弛緩し、ざわめきが産まれた。

一歩。何人かが俺の存在に気付く。

二歩。親友二人と微笑みを交わす。

三歩。立ち止まり大きく息を吸う。

つかの間の静寂に割り込むように俺という存在を張り上げる。

「俺は! 榊原!! 一馬です!!」

心臓が早鐘より五月蝿い。喉が泣き叫ぶように震えて声が揺れる。吸い込んだ息を吐き切ったのに、次が吸えない。

震えが全身に伝播して、脚が体を支えられない。

だ、けど! 絶対に逃げない!!

「伝えたい事が、あります!!」

屋上の縁に手をかけ、握り、力ずくで震えを殺す。

血管がびくびくとうごめいている。沸騰しそうな頭から汗が滴る。

今から俺は、告白する。

全校生徒の前で、唯一人に向けて心をぶつけるっ!

「神崎さん! 神崎 楓さん!!」

吐き気すら込み上げてくる緊張の中、思いの丈をぶちまける。

「好きですっ!!」

本当は色々考えていた。綺麗に飾り立ててもいた。

それなのに、土壇場で出て来た言葉は、どこまでもシンプル。鋭く尖った感情。

「貴女が、好きです!!」



静寂が満ちる。

一拍。二拍。三拍程の膠着を経て、漸く時が流れ出す。

遠いざわめきの大部分は、疑問の言葉だろう。当然だ。殆どの人間には当事者の二人は他人なのだから。

役目を終えた喉は今更の様に渇きを訴える。ご褒美はもう少し待ってくれ。まだ眼が働いているから。

ふらふらと安定しない体と視線を、自分のクラスに向ける。周りと比べてまるで混乱がないからわかりやすい。

ずらずらと並ぶ友人知人を辿って、目的の人物を探す。

距離がありすぎて、表情までは見えない。見たくないだけかも知れない。

ぼんやりと、でもはっきりと。

眼が合った。

「あ」

意味を成さない、唯の音。

その音が頭にかかった靄を吹き飛ばした。

血の引く感覚と一緒に混ざり合った感情が分離していく。

一つは羞恥。一つは期待。一つは達成感。

そしてなにより、罪悪感。

俺はなにもかも納得してここに立っている。でも、彼女は?

父さんとの会話が過ぎる。最初から分かっていた。迷惑をかけるってことは。

だから、俺に出来ることは、笑顔を浮かべることだけだ。

どうなっても。どう転んでも。

「よくやった」

「高島先生」

肩に乗る大きな手。力強い優しい手。

「俺、笑えていますか?」

「ああ」

なにもかもが滲んでなにも見えない。砕け散った心がボロボロと零れているから。

彼女は、何も言わなかった。

何も言わずに、走り去った。

それが答えなんだと、思う。

どれくらい泣いていたのか。漸く落ち着いた。

自分勝手な告白と、言葉すらないその返事。解り易すぎる結末。

俺は、失恋し「「ちょっと待った!!」」

「純に……拓也?」

「テメエそれでいいのか!?」

「返事も聞かずに自己完結なんて、傲慢だと思うけど?」

「早乙女に鈴木、ここは立入禁止だぞ」

「んなこたどうでもいいだろ!」

「今は、一馬が優先ですよね」

「お前ら……どうして?」

「行くぞ馬鹿一馬」

「後悔するのはまだ早いよ」

「榊原、良い友達をもったな」

「……はい」

「っし! 行くか!」

「最終決戦だね」

涙を拭い、立ち上がる。

エンディングまで泣くんじゃない!


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