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その7 ろまんちっく

俺は榊原 一馬。ブチブチと雑草を根本から引き抜いている。

球技大会から土日を挟んで三日。朝一に体育教師の高島に呼び出され、こうして放課後に草むしりすることになった。

九月の太陽はじりじりと肌を焼き、中腰の姿勢が疲労を増加させる。

噴き出る汗で目が痛い。

ちらりと視線をあげると、一緒に罰を受けている二人が見える。

純は体力があるためか、それとも野球部の雑用で慣れているのか、わりと涼しい顔で作業をこなす。

皮膚は既に真っ黒に焼けているのでこれ以上の日焼けを気にする様子もない。

縦に長く、横もそれなりにあるがっちりとした身体を深く落とし、力強く草を抜いていく。

それに比べてもう一人の親友拓也は辛そうだ。

純と対照的に小柄な身体は日焼けとは無縁な生活をおくっていたため、今日一日で真っ赤になっている。

いつもふわふわの猫っ毛さえも、汗を吸ったためか萎れている。

それでも表情だけは笑顔を作っているのは拓也らしい。

「疲れたね」

「そうだな」

「休憩しようぜー」

視線に反応した拓也から会話が始まり、一気に空気が緩くなる。

抜いた雑草を入れたゴミ袋は結構な大きさに膨らんでいる。少しくらい休憩しても良いだろう。

中腰から立ち上がり、思いっ切り伸びをする。

こきこきと小気味よい音。全身から僅かながら疲れが抜けた。気がする。

そろぞれが思い思いの方法で体力を取り戻す。

ちょうどよく間が開いた。

「それにしても、ごめんな」

言わなければならないこと。言いたかったこと。

「俺の我が儘に付き合わせたせいでお前らまで草むしりをすることになった」

「なーにいってんだよ、らしくねぇ」

「こういうときは、ありがとうって言おうよ」

即答。なんの気負いもない返答。

それがなにより嬉しかった。

「しっかしなぁ、いい加減聞いときたいんだが」

「ん?」

「一馬お前、告白したいのされたいのどっちだ?」

どんっと心臓が跳ねる。

「何言ってんの純?」

勤めて平静に、とぼけてみるが。

「うわ、こいつ気付かれてないと思ってやがる」

「どう見てもバレバレなのにね」

ジト目の二人はお見通しとにやにや笑うばかりだ。ごまかすことは出来ないだろう。

それに、本当ならもっと早く言っておくべきことだ。

「いつから気付いてた?」

「割と最初から」

「俺も六月には気付いたな」

「んなばかな」

そんなに分かりやすいのか、俺。

「ちなみに、相手もバレてる?」

「当然」

「でも一馬の口から言うべきだよね」

ぐぬぬ。

「わかったよ……」

諦めと羞恥と願望を混ぜて、そもそもの始まりを二人に話す。

俺がモテる男になりたい理由。

字面自体も嘘じゃない。含まれる意図も間違っていない。

ただ、モテたい相手は限定的だ。

「あーつまり、好きな人ができた」

「んなこたわかってんだよ」

「誰かもね」

うぐぅ。

その人と話をしたくて、その人を見ていたくて。

話しかけてほしくて、見ていてほしくて。

「それがモテる男になりたい理由だ」

「まあその気持ち自体はわからないでもないが……」

「いろいろ間違ってるよね……」

家族に強烈な女性がいるせいで同い年の女子ってよくわからないんだよ!

「んで、誰なんだ?」

「ちゃんと言いなよ」

ぐちぐちと引き延ばしてみたが、二人から逃れる方法はなさそうだ。

それに、言うべきだ。

俺のためにここまでしてくれたのだから。

「…んざきさん……」

「誰だって?」

「そんなんじゃ伝わらないよ」

「神崎さんが好きなんだよ!」

「話は聞かせてもらった!」

野太い声に俺達三人は全力で振り向く。

黒の短パンから伸びるこん棒のようにごつごつした足。ぴちぴちのシャツに包まれた上半身の筋肉。

そしてなにより輝く禿頭。

御歳59歳ということを一部を除き微塵に感じさせない体育教師。

高島先生だ。

いつからそこに!? などと聞いてはいけない。

無言のプレッシャーに逆らってはいけないのだ。

「榊原!」

「は、はい!」

「お前の魂の叫び、確かに聞かせてもらった」

「忘れてください!」

恥ずかしい!

「だが断る」

うぉい!

「この高島 厳のもっとも好きなことの一つは、悩める少年を導いてやることだ」

「とてもいい趣味してらっしゃいますね!」

なんというあくに……ん?

「えー、それはどういうことですか?」

「わしが手伝ってやる」

ぽかんと、思考が抜ける。

ナーニイッテンダこのハゲは。

ゴン!

「イタい!!」

ゲンコツ一発。じんじんと芯まで響く。馬鹿になったらどうするんだ!

「榊原、声に出てるぞ」

既に馬鹿でした。

気を取り直して咳ばらい。痛みが響く。

「えーと、高島先生?」

「なんだ?」

「手伝うとはどういうことですか?」

「お前の魂の叫びを伝える場を用意してやる」

「というと?」

「来月末の全校集会で時間をやろう」

「結構です!」

そんな場所で告白なんて出来るか! やっぱ嫌がらせかこのスキンヘッド!

ゴン!

「学習せん奴だな」

す、スキンヘッドは決して悪口ではないと思います……。

「なら、放送室を貸してやろう。気持ちを歌や詩に込めて伝えるんだ」

この太陽光反射頭の中身は何が詰まってるんだ?  病的なまでにドラマチックを求めてどうする!

「無理です! 恥ずかしいです」

よし、今度は建前を口にできた。

ゴイン!

「なぜに!?」

「ふむ、失礼な気配がしてな」

畜生このエスパー・ハゲが!

ゴツン!

「話が進まん」

「すいません」

多少理不尽でも我慢する俺かっこいい。そういうことにしとこう。

「とにかく、高島先生。俺にはそんな大それたことできません」

そんな度胸があるならこんなところで草むしりなんてしていない。

「そんなことないと思うよ」

しばらく黙っていた拓也が、俺の拒否の言葉を否定する。

「確かに、昔の一馬には無理だったろうが、今の一馬なら」

純まで拓也の言葉に乗っかかり、俺から逃げ場を奪っていく。

「よし、決まりだな」

「マジですか」

にんまりとミスターが笑う。反射光が眩しい。

両肩をがっしりと掴まれて、動くことが出来ない。

「頑張れよ少年」

脂っこくも爽やかな笑みが、きらきらと輝いていた。



「どうしてこうなった」

「まあ良かったじゃねぇか、目立つぜ?」

「恥ずかしいだろ!」

「いまさらじゃない? ほら」

「うげ、拓也!? どうしてその写真を!?」

「この前遊びに行ったときにね」

「雪さんが見せてくれたぜ」

「こんなことが出来るなら告白くらい余裕だよ」

「そういう問題か!」

親友二人にトラウマを握られた。

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