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その4 ぷり☆きゅあ

俺は榊原 一馬。ゆるふわモテカワを等身大のままクールに目指す、プリティでキュアキュアなぶっちゃけありえなボーイだ。

今まで以上に意味が分からなくて、俺もぶっちゃけありえないと思う。

だが小学六年生とは思えないほど大人びた妹の好きなものだ、大丈夫だろう。

妹を無条件で信じるのも兄の役目。

とはいえ、何がどうなっているのやら。

「おーい雫」

「なに?」

「これどうした?」

目の前に並ぶぬいぐるみやステッキらしきものに衣装などなど。

俺と雫は部屋が共用なので、こういったものがあるのは知っている。

だが大体のものは押し入れに仕舞っていた筈だ。

というか大掃除の時に一緒に片付けた。

それが勢揃いだ。

「最近カズマ、零兄ちゃんとか雪姉ちゃんに色々聞いてたでしょ」

「ああ、まあ」

ろくな目にあってないけど。

「次はわたしかなと思って、忍び込まれる前に持ってきたの」

「忍び込むも何も同じ部屋だぞ」

えー、と可愛らしく唸りながらこちらを見上げてくる。

心なしか眼が輝いて見える。いや、これは輝いている。

今回は初っ端から嫌な予感が全開だ。しかも逃げられる気がしない。

「まあいいや。ねえカズマ」

「呼び捨てやめい!」

悪あがきは大事。出来るだけ話題を逸らそうとして見る。

「ねえカズマ兄ちゃん」

うわーいつになく素直。

「一緒に着よ!」

「嫌に決まってるだろ!!」

何が悲しくてまた女装せなならんのだ!

このままでは本当に変態の崖に落ちてしまいそうだ。

「大丈夫だよ、絶対似合うから」

「なおさら嫌じゃ!!」

俺はモテる男を目指してるの!

女装が似合うモテる男なんて居てたまるか!!

「大体お前、俺が女装させられてる写真見て引いてただろ」

「あまりに似合い過ぎてたからね」

それはそれでショックだ。涙を流さず泣いておこう。

「ねえ、お願いカズマ兄ちゃん! 友達は子供っぽいからって着てくれないの!」

そりゃ雫、女児向けなんだから当然の反応だぞ。

「大体、サイズが合わないだろ」

「作ったから大丈夫」

その情熱をもっと他の所に向けなさい!

「というか、カズマ兄ちゃんはわたしの服着れるから大丈夫!」

「うぐ……」

確かに着れる。というか、雫の方が若干背が高い。

「ね、お願い!!」

「…………わかったよ」

「やったー!」

雫は妹だ。見た目関係なしに可愛いし、大切な家族だ。

それに、一年しか違わなくても俺はお兄ちゃんだ。頼られた以上は答えてやらないとな。

それが例え、女の子向けアニメの女装コスプレといえど。

……やっぱり嫌になってきた。

「それじゃあ一馬、こっちに来なさい」

「待て、姉ちゃん。どっから湧いた」

「ふ、面白そうなニオイがしたからね」

答えになってねえ。

「雪姉ちゃんには先にお願いしておきました」

ああ、元から逃げ道なかったんだな……。

「頑張れよ一馬」

「兄ちゃん……。いつから」

「面白そうなニオイがしたから」

理由と場面を同時に述べて、兄貴は腰をおちつける。

諦めきった俺の頬から一筋なにかが零れていった。兄貴はそれを笑ってた。


「二人はぷりきゅあー!」

自分の置かれた境遇を嘆くより、切り開く為に剣をとれ。

……遠い誰か、俺に剣を下さい。

「こら○ュアホース! ちゃんとしなさい!」

「ぷ、ぶりきゅあー」

ぎしぎしと筋肉を軋ませて、どうにか笑顔を作り声を搾り出す。

ぎりぎりと胃が痛む音が聞こえてくる。

対照的に俺以外が楽しそうなのがまた腹が立つ。

妹はふりふりした鮮やかな白衣を身に纏い、同色のステッキをくるくる。

満面の笑みで跳んだり跳ねたり忙しい。

それなりの露出とこだわりのハイソックスで男受けするらしいのだが、全く喜べない。

妹だから。というのもあるが、俺自身色違いなだけの黒衣を着ているせいだ。

恥ずかしい。そしてその恥ずかしさに慣れてきている自分が悲しい。

兄貴は大笑いするでもなく、温かい視線を妹に、生暖かい視線を俺に向けるだけ。

保護者のごとく遠い目をするのが尚更カンに障る。

それがまたカッコイイから手に負えない。

元凶と言えなくもない姉ちゃんは、メイクの出来に満足しきっているのか、何も言わない。

薫さんは、カメラをパシャパシャ忙しい。

「悪霊退散!」

「甘い!」

渾身の一撃は兄貴を盾に防がれた。兄貴は兄貴で綺麗に受け止めた。

「な、ん、で、薫さんが居るんですか!!」

「可愛いニオイがしたからさ!」

どんなニオイだどんな!

「姉ちゃん!」

「いや、私は知らないわよ」

「あー俺が呼んだ」

手を挙げる愉快犯。兄貴。

理由を聞いたらどうせ面白そうだからとか言うに決まってる。

「そういうことだ」

「心を読むな!」

「ねー、つまらない」

くいくいと裾を引っ張る雫。

「今日はわたしの日でしょ」

「雫……」

「今はキ○アドロップ!」

俺に味方は居ませんか?

「みんなーお茶が入ったわよー」

独特の間延びした声。母さんだ。

収まり切らないこの場に、さらに嵐がくるのか……。

茫然としていると、裾を引く力が強くなってきた。

「ドロップ?」

「今日はわたしの日なの!」

引っ張られるままに窓際まで体が動く。

雫は裾を離し、何の躊躇いもなく、飛んだ。

まて、ここ二階だぞ!

全身が粟立ち、血が逆流する。

気付けば体は空にあった。

「んの馬鹿!」

斜め上に飛んだ雫と、真横に跳んだ俺。

僅かな角度の違いが俺と雫の放物線を結ぶ。

ぎりぎりで抱き留め、窓を振り返る。兄貴が体を投げ出す様に手を伸ばしているが、遠い。

浮遊感が消え、重力が全身をはい回る。

心音が遠い。引き延ばされた感覚が僅かながらも思考時間を捻り出す。

体中のバネを軋ませて、雫が上になるように捻る。

刹那の空白。誰の声も聞こえない、落下の瞬間。

乖離していた現実が、たたき付けられる。

ぼふん。

ゴッ

柔らかい衝撃とめり込む肘。

「がふっ!? 痛っ……。生きてる!?」

荒くなった呼吸と心音が、逆に生命を強く意識させる。

巡る血流が熱い。ちかちかと視界が明滅している。

「雫!!」

「大丈夫だよ」

聞き慣れた声が耳朶を打ち、漸く安堵が全身に拡がる。

死ぬかと思った。

いや、冷静になれば家の二階から落ちた位じゃ死なないか。打ち所さえ悪くなければ。

脱力感に従い、両腕を投げ出す。そこで初めて気付く。

妙に地面が柔らかい。

「ごめんな一馬」

「……父さん」

見回してみると、テレビで見るような巨大なクッションが下にあった。

「ちゃんと準備してたから大丈夫だよ……」

「……ふざけるなよ」

悪いとは思っているのだろう。語調に力がない。

でも、これはそういう問題じゃない。

「雫!」

かっとなる。その言葉を実感する。

感情が言葉にならない。行動が制御出来ない。

振り上げた掌は、父さんに掴まれていた。

「一馬」

静かな声。名前を呼ぶだけの、小さな声。

その声に含まれる物を、俺には読み取ることが出来ない。

そして、目の前で震えている妹を叩くのも、出来そうになかった。

「大丈夫!?」

「雫! 一馬!」

「二人とも怪我してないー?」

「……無事の様だね」

姉ちゃん、兄貴、母さん、薫さん。

皆が慌てて下りてきた。

いろんな物を飲み込んで、小さく息を吐く。

「雫」

「ひっく……えっく……」

鳴咽を噛み殺す妹を抱きしめて、とんとんと背を叩く。

「一緒に謝ろうな」

「がずまはわるぐない」

「俺も飛び降りたから」

「でも」

「な?」

きっと、女装してなかったら決まってただろうな。



「……カズマ兄ちゃん」

「んー?」

「この前はごめんね」

「もうするなよ。それか、事前に言っとけよ」

「うん」

「よろしい」

「それでね、お礼がしたいんだけど」

「ん?」

「こっち向いて?」

「……なにこれ」

「この前の衣装。あげる」

「……え?」

「似合ってたから!」

「いやちょっと待て!!」

変なキャラがついてしまった!?

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