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その3 ありのままで

俺は榊原 一馬。ゆるふわモテカワをクールに目指す、等身大の自分らしい男だ。

等身大の自分らしく、無理な英語は使わない。

自分が出来ることをありのまま、出来るかぎりを行う。それが、等身大でしょう?

子供の目から見ても綺麗な母さんが仕切ってるリビングにあった雑誌に書いていたんだ、間違いないだろう。

……間違いないのだろうか。俺には良く分からない。

つーわけで。

「母さん」

「なーにー?」

直接聞いてることにする。

「この雑誌にある『等身大の自分』てなにさ?」

「さあー? なんでしょうねー」

「母さんもわからないの?」

「だって『自分』だから、母さんは母さんの事しかわからないわー」

なんのこっちゃ。

「一馬には一馬の、お母さんにはお母さんの『自分』があるの。

 だから一馬の『等身大の自分』はお母さんにはわからないわ」

ふーむ。

「自分の事は自分しかわからないか」

「そうだねー」

母親の言葉は深い。らしい。

意味を咀嚼し飲み下そうと反芻してみるが、完全に理解出来た自信がない。

しばらく唸っていると、母さんからありがたい言葉をいただけた。

「一馬」

「なに?」

「実はさっきの言葉、その場で考えたから適当なのよー」

「……え?」

「意味なんてないんだよー」

……なんてお茶目な人だ。

「なるほど、これが年の功か……」

ぶっ叩かれた。笑顔で。

最近女性によく叩かれるなあ……。


叩かれはしたが『等身大の自分』の謎は解けないままだ。

しかし転んでもタダじゃ起きないのが俺。

改めて雑誌を読ませて貰い、気になる言葉を見つけた。

『自分探しの旅』

等身大の自分がわからない俺には、これがキーワードになるだろう。

流石にゲームのように世界を旅するわけには行かない。学校もあるし。

旅=冒険だ。

冒険=危険がいっぱい。

というわけで自分探しの為に危ない橋を渡ろうと思う。

どこと無く間違っている気もするけど……。

とりあえず外に繰り出す。

一応の目的地はちょっと遠いが大きめの公園にしておこう。

自分探しの旅だもの、ちょっとは遠出しなくっちゃ!

恰好は長袖のシャツに薄手のジャケット。下は最近履き始めたジーパンだ。

春も終わりに差し掛かっているが、まだ少し肌寒い。

公園の中も色とりどりの花ではなく、どこか頼りない緑で満ちている。

そんな中、湯気を立てながら走っている人が居た。

上下とも濃紺の長袖ジャージに僅かに乱れたショートヘア。

若干釣り目気味な瞳は力強い光に満ちている。

なのに一目で女性と判るのは、揺れる二つの膨らみが……。

「あっ!」

「ん?」

思わず声がでる。知り合いと言って良いのか微妙だが、俺はこの人を知っている。

向こうは気付いていないのだろう。突然声をあげた俺を訝しげに一瞥するが、足を緩める様子はない。

挨拶をしようとして体が強張る。トラウマの一端が首筋を撫でる。

ぐんぐん近付いてくる彼女はやはり止まらない。

このままやり過ごしてしまおうという考えが鎌首をもたげる。

いや、駄目だ。

今日は自分探しの旅。

危ない橋を渡るんだ!

「こんにちは、薫さん!」

ぴくりと反応する薫さん。僅かにスピードを緩めるが、まだ止まらない。

変わったのは、すれ違いから正面衝突するコースになっただけだ。

「え、ちょっと薫さん!?」

「ああ、やはり君か」

ぴたり。と薫さんは俺の目の前で綺麗に止まる。

文字通り目の前。身長は俺よりかなり高いから、覗き込まれる格好だ。

汗で艶やかに濡れた睫毛に、ふっくらとした唇。

なにより、触れるか触れないかの所にむ、胸が。

「確か、雪のおもうとなかずにゃ「弟の一馬です!」ん……」

間違いなく薫さんだ。

「ていうか近いです!」

トラウマを刺激されたのと顔とあれが近くにあるのとで、汗が出そうだ。

「ああ、すまない。汗くさかったかな?」

「や、そんなことは全然ないですけど」

むしろ……ごほん。

一歩だけ薫さんは退いてくれた。近すぎた距離が少し離れ、寧ろ全体像がよく見える。

どこか見覚えのある整った顔は険しく歪められていた。

「……どうしたんですか?」

「ん、いや……。私は極端に目が悪くてね。この距離でもぼやけるんだ」

「ああ、それでさっきもやたら近かったんですね」

「一応声と雰囲気でわかったんだけどね、念のため」

「大変ですね」

両目とも2.0の俺には縁遠い世界だ。

「ま、慣れだよ慣れ。普段はコンタクトや眼鏡があるしね」

眉間から険が抜け、ふっと表情が緩む。柔らかさが直接届くような綺麗な微笑。

ドキッ!

キュン!

ウィーン―――

まて、何かがおかしい。

「ず、随分この前と雰囲気が違いますね」

「ん? はは、まあね」

微笑がちょっと困ったように薄くなり、照れが見え隠れする。

「……ちょっと冷えるな。どこかお店に入ろうか」

強めの春風は確かに少し冷たい。汗だくだった薫さんには尚更だろう。

しかし、薫さんには悪いが同意出来ない理由がある。

「え、でも俺、財布持ってないんで」

「なに、軽食位なら奢るよ。この前のお詫びさ」

有無を言う前に薫さんは結構なペースで駆け出して行く。

なんて男前な人なんだろう。

線の細い後ろ姿でも、オーラが俺とは比べものにならなかった。

俺にオーラがないとかじゃなく……と思いたい。


公園から走ること暫く。軽く汗が出る程度に体が温まり、風が気持ちいい。

前を行く薫さんのペースは初めに見たときよりも随分ゆっくりだ。

「誰かと走るというのも、久しぶりだな」

「昔は、走ってたんですか」

会話が出来る程度の速度、といえばわかりやすいだろうか。

「ん、まあね……と、着いた」

「とと……!」

ぴたり。綺麗に止まる薫さん。対してたたら踏む俺。

なんとかぶつからずに済んだが、ちょっときまりが悪い。

「ふふ」

「あ、ははは……」

馬鹿にした笑いじゃないのは分かる。分かるけど、やっぱり恥ずかしい。

「ごめんごめん。なんだか懐かしくてね」

「懐かしい?」

なんでもないよと手を振って、薫さんは店の中に入っていく。

慌てて付いていくと、柔らかい声に出迎えられた。

「いらっしゃいませ」

「ただいま」

ただいま?

「あら、お帰りなさい」

お帰りなさい?

ここは飲食店だから、いらっしゃいませは正しい。そのあとがおかしい。

ただいまにお帰りなさいって、まるで家のようじゃないか。

「驚いたかい?」

見計らったかのようなタイミングで薫さんの声が滑り込む。

曖昧に頷くが、薫さんからの説明はない。そのまま奥の席に案内される。

年季の入ったテーブルに着いて、やっと薫さんは口を開いた。

「まあ、なんとなく予想しているかも知れないけど、ようこそ我が家へ」

「飲食店ですか」

「何代か前から続いている、常連頼みの小さな店さ」

ぐるりと見回してみるが、確かに大きくはない。

が、お客さんの入りは悪くない。半分ほどは埋まっている。

「さて、何が食べたい?」

声に意識を引き戻され、視線がテーブルに落ちる。

目の前にはメニューが差し出されていた。

「あ、いや、だから財布が……」

「大丈夫だよ。ここは家の店だしね」

「や、でも悪いですよ」

「なら、今度普通に食べに来てくれないかな? こんな店だから常連になってくれたら助かるし」

ツケも効くしね。と、どんどん押されていく。

「……そういうことなら」

「じゃ、今日は常連さん獲得記念に奢ってあげよう」

ツケで。という前に回り込まれてしまった。

「えー」

「あんまりしつこいとモテないゾ」

モテない。今まさにモテるための努力をしている俺には鋭過ぎる言葉。

「じゃ、また絶対来るんで、今日はご馳走になります」

「よろしい」

満足そうな薫さん。完全に言い負かされた気分だが、店に入った時点で負けていたようなもんか。

良心的な値段のメニューから、サンドイッチを一つ頼む。

注文を繰り返し、ジャージ姿の薫さんは店の奥へと消えていった。


暫くして、シャワーを浴びたらしい薫さんがサンドイッチを持ってきてくれた。

その分相当時間がかかったが、文句はない。ただだし。

「あ、おいしい」

「それはよかった」

結構ボリュームのあるサンドイッチは食べ応えがあり、味も良い。

妙にふりふりしたエプロンを着た薫さんは、とても良い匂いで上機嫌だった。

俺の方も今日は嫌な事が一つも起きておらず非常に気分が良い。

やはり自分探しな旅は成功だ「ところで一馬君」と思ったのに。

「なんですか?」

幸せを噛み締めながら食べていると、飛んで来た質問。

「これ、どう思う?」

「可愛いエプロンだと思いますよ」

「着てみないか?」

「……え?」

するりと伸びてくる腕。反射的に避けようとするが、簡単に捕まってしまう。

「ただ飯記念に一つ」

「どういう記念ですか!」

目がいつかの時の様に蕩けている。絶対変なトリガー入ってる!

有無を言わせぬ迫力に抗うことが出来ず、ズルズルと奥へと連れていかれる。

それからのことは、思い出したくもない。

危ない橋じゃなく、変態の崖から落ちそうになったっだけ言っておく。

……こんなモテ方じゃなく、ちゃんとモテるまでもうちょっとだけ続くんだ!


「一馬ー自分探しどうだったー?」

「母さん……いや、まあなんというか」

「なかなか可愛い『等身大の自分』ね」

「なんで写真持ってんの!?」

「私が薫から貰ったの見せた」

「姉ちゃん!」

「でもこれじゃ『等身大お人形』ねー」

「また面白い話?」

「雫……。お前はなんでこういうタイミングで出て来るんだ」

「あ、雫ちゃん一緒にみよー」

「うわ……」

トラウマばっか増えてる気がする。

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