その2 ダンディズム
俺は榊原 一馬。ゆるふわもてかわを目指す、クールあんどダンディボーイだ。
ダンディボーイは『ダ』にアクセントを付けて滑らかに、はい。ダンディボーイ!
ちょっと恥ずかしいが、これもモテるためだ。男には羞恥心など不要!
イケメンな兄貴の部屋にあった雑誌に書いてたんだから間違いないだろう。
ダンディボーイもその雑誌の受け売りだ。寡黙で渋い男、いや『漢』が様々な世代からモテるらしい。
様々な世代ということは中学男子である俺も例外じゃないだろう。
ところで『漢』とはどう読むのだろう?
まあ、いい。この前はちょっと失敗したが、俺は叩かれて引き延ばされるタイプだ。
今度こそモテる『漢』になってみせる!
読み方は『かん』でいいのかな?
しかし、渋い男とはどういったものなのか。
今のままでは情報が少な過ぎる。
友達の拓也曰、情報を征するものが戦いを征するというらしい。今のままではにっちもさっちも行かない。
というわけで俺は再び兄貴の部屋に忍び込むことにする。
といっても姉ちゃんの部屋と違って鍵が掛かっているわけでもないので普通に入れる。
なんか扉に紙が挟まってるのが気になるけど、まあいいか。
俺と妹の部屋と違い、それなりに散らかっているが汚くはない。
彼女が、彼女がよく遊びに来るからだ!
俺もいつか兄貴の様にモテモテになると決意を新たに物色開始。
本棚には漫画と小説が納められているが、順番がばらばらだ。
お、この漫画最新巻買ってたんだ。言ってくれりゃ良いのに。
部屋の中を見回しても他に情報の元が見つからないので漫画を見ることにする。
漫画はバイブルだ! と言ってる友達もいるし、参考になるだろう。
バイブルがなにかはわからないけど。
最新巻を読む前に一つ前の巻を探す。
内容のおさらいをしてから読むのが俺のジャスティファイ!
意味は知らないけどカッコイイ……らしい。
けっこう離れた所にあった。
「ん?」
取り出してみて何か違和感。やたら本棚の奥が黒い。
確か木目だった筈だけど……。
両隣の名前も知らない小説を二、三冊ずつ抜いてみた。片側は木目が見えた。
どうやら奥に別の何かがあって、そのせいで黒く見えたらしい。
気になるので更に何冊か抜き出して、本体を取り出してみた。
こ、これはっ!?
EROHONではないか!?
沸騰した血液が体中を駆け巡り、全身がかつてないほどに緊張する。
大量の酸素が脳を刺激し、限界以上の思考能力を発揮。
極めて冷静。かつ、迅速。
自分が置かれた状況を把握し、今後の行動をシミュレート。
あらゆる可能性を考慮し、最適解をたたき出す。
この間僅か一分にも満たない。
「よしっ」
これから俺が取るべき行動。
『その場でページをめくり、脳に全てを刻み込む』
各ページに割ける時間は長くとも一秒。
が、下手に持ち出すのは危ない。これがベストとみた!
極限まで集中した世界で、しなやかに指を躍らせページをめくる。
飛び込んでくる裸体が余す事なく心に刻まれる。
問題があるとすれば、それが逞しい男のモノであるということだ。
「かはっ!」
うぎゃあああああ!
「目がーっ、めぇぇぇええがぁああああっ!!」
浅黒い肌に輝く汗。盛り上がった筋肉。特に逞しい胸板が記憶の奥底に入り込む。
おっぱいなんだから仕方ないじゃないか!
太陽のような笑顔に馬鹿にされている気分だ。
これは忘れたくても忘れられそうにない。
いっそトラウマ。
最高に決まったポージングがグルグルと頭の中で暴れ回る。
やばい、吐きそう。
反射的に閉じた目を開き、改めて筋肉と向き合う。
記憶されたのが胸板でよかったのかもしれない。
奴は下も穿いてなかった。しかも全力だった。
こっちだったら本気で吐いていた気がする。
「兄ちゃんェ……」
「呼んだか?」
背後からの声。
「……いつから?」
「目がー目がーから」
「そんな生易しいもんじゃない!!」
あの衝撃は良くなく悪くて人生初だ!
一人大笑いする兄ちゃんに対し憮然とした俺。
いや、確かに悪いのは忍び込んだ俺だけど……。
「しかし、兄ちゃんにあんな趣味があったとは……」
「いやいやねーよ。あれはお前用の罠だ」
なんだって!
「どういうことだ兄ちゃん」
「ふ……。この前姉貴の部屋で色々あったろ? 一馬は単純だから次は俺の部屋だと思ってな」
むー。全くもってその通りだから何も言い返せない。
突っ込みどころは説明口調がわざとらしいということくらいだ。
「で、お前の行動を予想した」
「そして見事に引っ掛かったと」
その通りと笑う兄貴が憎い。だって男の俺から見てもカッコイイんだもん。
「いや、楽しませてもらったよ」
「俺は全然楽しくない!」
それどころかトラウマが出来たわ。
仕方ないと一言呟き、兄貴は切り出す。
「お前、ダンディになりたいんだろ?」
「何故それを」
「いや、解りやすく雑誌置いてたから読んだだろ?」
そこから計算済みですか。そんなに俺はわかりやすいですか。
「で、手っ取り早くダンディになる方法があるぞ」
「まじでっ!?」
「本気と書いてlaughだ」
これ流行ってるのかな。意味が分からないけど。
「零夜兄ちゃん……」
何処のNo.1ホストだよって名前と顔だけど、最高の兄ちゃん……?
「実はその本なんだが、俺の友達のモノでな」
兄貴の指は例の筋肉へと向けられている。
「で、そいつはこういうものも大好きなんだ」
取り出されたのは新たな本。
表紙に踊る『男の娘』とか『女装美少年』『○にゃん』とかとか。
嫌な予感が雷鳴の如く駆け巡る。
姉ちゃんに色々やられた記憶が……
「今日遊びに来るから、挨拶しろよ」
パ、バンッ!
俺は今、光だ。
思考より早く跳び上がり、兄貴の笑い声すら届かない速さで走る。
「いぃぃぃぃいいやああああああっ!!」
尾を引く自分の声だけ延々と延びていった。
それからの記憶は酷く曖昧だ。
兄貴の笑い声を振り切り、気付けば徒歩30分程の中学校までノンストップで来ていた。
生理的な危機が様々なリミッターを外したらしい。
この短い間に深すぎる傷を負った心が挫折しそうになる。
が、俺はまだまだ倒れちゃいない!
学校に逃げて来たのが良かった。
目標達成まで、俺の戦いはまだまだ続く!
「おーい一馬ー」
「兄ちゃん……」
「そう構えるなって」
「いや、無理だろ」
「まあまあ、この前の詫びだ」
「なにこの本」
「流石に禁なエチィのは駄目だからグラビアだ」
「兄ちゃん……!」
「雫にばれないようにな」
「わたしがどうかした?」
「「な、なんでもないぞ!」」
「?」
兄貴はセンスも最高だ!